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退職した最強の神様、古代世界で人として暮らす〜狼とゾンビに抗い、村を守るために戦います〜(WEB版/原題:月宮奇譚1 狼と骸の王)  作者: いふや坂えみし
終章 未来

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第七話 あいつ今日おかしいよ

 意識を取り戻したツグノは、タオツキとともに狂い人の世話を始めた。ツグノもまた、タオツキほどではないが人間離れした力を獲得していた。幼い頃に熊に襲われているところをタオツキが助けてくれたことは、ツグノにとってとても大切な記憶だ。ツグノが意識を取り戻すことができたのは、その記憶を揺さぶられたことが影響しているのではないかと考えている。タオツキの記憶が戻ったのも、まるで若い頃にタカハから稽古をつけられていたときのように戦っていたところへ、ツグノが飛び込んできた影響が大きい。

 タオツキとツグノはそんなふうに推測したので、ヨハ、ヨサリ、ヤトビや、オトヤとアズサの両親にもできるだけ昔の思い出を語りかけるように助言した。この推測が当たっていれば、遠からず記憶を取り戻すことができるかもしれない。


 ヤネリはウチナリに引き取られ、午前中はウチナリから鍛冶を学び、午後になると村長の家で狩りと戦う術を学ぶ生活が始まっていた。ナギと仔狼のタルケも面白がって一緒に学んでいる。狩人のオトヤとアズサが狂い人になってしまったため、ヤマク村の食物の捕獲量は減るかと思われた。だが、減った分以上にタオツキたち狂い人がヤマク村への贖罪(しょくざい)として獲物を捕まえるようになったため、ワケノとタカハは以前よりも楽をできるようになっていた。狼と狂い人の襲撃で人口が減ったことも影響している。ワケノとタカハが狩りに出かけている間、生まれたばかりのマホの面倒をナギとタルケが見ている。タルケはマホのことを家族だと認識しているようだ。近くにナベナも住んでいて、それとなく様子を見てくれている。


 そんな生活を数カ月続けていたが、ある日ヤネリが村長の家へ稽古に向かっていると、村の男たちがこそこそ話しているところへ出くわした。

「神獣様なんて言ってるが、あれは村を襲った狼の生き残りだろう」

「ああ、あんな赤い毛並(けな)みをしているが、俺の家族の血でも浴びたんじゃないだろうな」

 ヤネリは話している村人たちへ近寄っていく。

「……おじさん、それ本当?」

 おずおずとヤネリが尋ねる。

「おおヤネリじゃないか。なんでもあの狼、山の主の子どもって噂だ」

 ヤネリの顔が強張(こわば)る。目の前で兄のサクを狼に()み殺された場面が脳裏(のうり)(よぎ)る。

「今は仔犬みたいなもんだが、大きくなったら人を襲いだすかもしれんな。ヤネリも気をつけるんだぞ」

「……そうなんだ。ええと、ぼく稽古に行ってくるよ」

「がんばれよヤネリ。強くなって狼にも狂い人にも負けないようにな」

 村人と別れてヤネリは村長宅の敷地に入る。庭で放し飼いにされていたタルケが出迎えた。まだ大人の狼に比べると小さいが、数カ月前から比べると体の大きさが倍以上になっている。

「いらっしゃいヤネリ!」

 ヤネリに近づいてきたタルケは()でられるためにおすわりする。ヤネリはタルケに会ったときはいつも撫でてくれる。タルケはヤネリに会えて嬉しいが尻尾は振らない。狼と犬は違うのだ。

「……うん」

 ヤネリはタルケを撫でずにそのまま竪穴住居(いえ)の中へ入ってしまった。タルケは首を(かし)げる。

「どうしたんだあいつ」


「ヤネリです、こんにちは!」

 もやもやしていたが振り切るように大きな声を出してヤネリが挨拶すると、ナギが笑顔で出迎える。

「いらっしゃい、やっちゃん」

「ねえ、なっちゃん」

 ヤネリの顔は曇ったままだ。

「なに?」

「タルケってさ、狼なの?」

 今までそれを確認したことはなかった。狼のことを考えると家族を失って一人になってしまったことが思い出されて悲しくなるからだ。

「うん、そうだよ。それがどうかしたの?」

「……ううん、なんでもない」

 ヤネリは奥へ進み、ワケノとタカハに挨拶する。それから武術の稽古が始まった。稽古はいつも外にある広い庭で行われていた。稽古中、ワケノとタカハは交代でマホの面倒を見ていた。

 今日の稽古中ヤネリは集中力を欠き、ワケノとタカハから容赦なく(すき)を突かれてボロボロになった。続いて、ヤネリとナギとタルケがお互い相手になる稽古へ移る。タルケが稽古に加わると獣の動きに対する稽古ができるので、ワケノとタカハは重宝(ちょうほう)していた。

 ヤネリは木剣、ナギは(やじり)のついていない弓矢を構えてタルケと対峙(たいじ)する。タルケは仔狼だから、ヤネリの家族を殺したわけではない。けれど、あの大きな狼が群れを率いてヤマク村を襲った。それがなければヤネリの家族は死ななかった。

 タルケが悪くないのはわかる。頭では。だが今まで抑えてきた悲しさは、はけ口を求めていた。ナギの矢がタルケの左前足に当たると、タルケは左前足を使わずに移動を始める。殺傷力のある武器は使っていないので、そういう決まりで稽古をしていた。動きの鈍ったタルケにヤネリは斬りかかる。木剣がタルケの首に当たる。

「そこまで!」

 タカハは静止の声をかける。ヤネリは止まらず、タルケに(またが)って木剣を逆手に持ち、振り上げる。

「ヤネリ、そこまでだ!」

 ヤネリの体重を乗せた木剣がタルケの背に当たる。木製なので刺さることはないが、タルケはヤネリが自分を傷つけようとしている意思を感じとる。首をのけぞらせ、ヤネリの腕に噛みつく。ただし、タルケは自分の牙が凶器であることがわかっていたので、(あご)に力は込めない。ヤネリに向かって(うな)り声を上げ、ヤネリの腕から牙を離して木剣を噛み砕いた。

 タカハは駆け寄ってタルケの背とヤネリの尻の間に左手を突き入れ、右(てのひら)はヤネリの胸に添える。それから思い切りヤネリの胸を押して吹っ飛ばした。ヤネリは受け身を取りながら地面を転がる。

「ヤネリ、俺の声が聞こえなかったのか?」

 むくりと起き上がったヤネリは顔を伏せて黙っている。頭の中に渦巻(うずま)く感情は言葉にならない。

「どうなんだ、ヤネリ」

 ヤネリは顔を上げてタカハを(にら)みつけると、何も言わず走って庭から出ていった。

「タルケ、よくこらえてくれた」

 タカハはタルケの首筋をぽんぽん、と叩く。

「あいつ今日おかしいよ」

 タルケはタカハを見上げる。

「お父さん、さっきやっちゃんね、私に『タルケって狼なの?』って聞いてきたよ」

 ナギの言葉にタカハは顔を(しか)める。

「あー……そういうことか」

「ヤネリが立ち直るにはまだまだ時間が足りなすぎるな」

 マホを抱いたワケノはヤネリが走り去った方を眺める。

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