第四話 腹に食いついた狼を引きずって
「サマト、使え!」
狼の相手をしていた鍛冶師のウチナリは、余裕ができた一瞬でヤネリたちの父サマトに戈を放り投げる。ウチナリとともに狼と戦い続け、サマトが武器として使っていた青銅製の刃先のついた鍬はすでに折れていた。無いよりましなので、折れた柄と、分かれて短くなった鍬を両手に持って戦い続けていた。
戈は、長い柄の先に鉤爪のように曲がった細い刃先がついており、それを相手に突き刺す武器である。振り下ろして使うため、鍬と同じように動かす。そのため、農作業をしている村人にも武器として扱いやすい。去年まで農業をしていたサマトにとって手に馴染む武器だった。
「助かる!」
サマトは折れた鍬の刃先を狼の口に突き入れ、戈を拾い上げる。体のあちこちから噛み傷による出血が見られる。サマトは去年まで米や豆を栽培していたが、村の人口が増えたことで青銅を用いた狩猟具や農具の需要が増えた。ウチナリのところへ青銅製の農具を交換しに行くといつも忙しそうにしていた。そのため、働く場所を鍛冶場に変えることにした。一年働いてみて少しずつ慣れてきたが、まだまだ覚えることは多い。年下だが村長夫妻の手ほどきを受けて立派な鍛冶師となったウチナリを尊敬している。
村長夫妻から手ほどきを受けたウチナリと違い、戦う術に秀でてはいなかった。それでも、身籠った妻と三人の子どもを残して死ぬわけにはいかない。
最初の異変は、村人が報せてきた。村に狼が現れ、人が襲われている、と。ウチナリとサマトは武器を手に村の中心へ向かう。しかし、鍛冶場と村の間に狼の群れが陣取り、突破するのに苦労した。やっとの思いで駆けつけたが、連携をとる狼と農具を手に抵抗する村人では、明らかに村人たちの分が悪い。
生き残った村人とともに鍛冶場まで後退し、鍛冶場の農具や武器を村人に渡して応戦を続けている状況だった。
村長夫妻や狩人のオトヤとアズサの兄妹がいれば、状況はもっと違ったものになっていただろう。だが、彼らはみな狩りで遠出しているため、残った村人の中ではウチナリが一番の手練れだ。ウチナリは周りの地面に剣や矛を何本も突き立て、前線で必死に狼を迎え撃つことで辛うじて均衡を保っていた。
ウチナリ一人だけならば、この場にいる数十匹の狼が相手でも逃げ出すことは可能だろう。だが、そうすれば村人たちは全滅する。
また一つウチナリの剣が折れる。折れた剣を捨てて手近な矛を引き抜き、狼に振るう。鍛冶場の壁を背にして狼から狙われる方向を限定することでまだ勝負になっている。右から飛びかかってきた狼の喉に矛を突き刺し、引き抜く勢いを利用して左の狼の額を柄で打ち据える。正面から噛みついてきた狼を剣で突き、矛を横に薙いで正面の狼の前足を切り裂く。
甲高い女性の叫び声が響く。また、村人が一人犠牲になったのか。
「ヨミヤぁあ!!ヒウチぃ!!」
サマトの叫び声が聞こえる。やられたのは、サマトの妻、ヨミヤなのか。彼女は工房の中に避難していた、サマトたちの長男ヒウチも出てきてしまったらしい。ヒウチはまだ十歳だが、物覚えのよい優秀な弟子だ。ヒウチが生まれたときから面倒を見てきたので絶対に失いたくない。水汲みに出かけたヒウチの弟のサクとヤネリ、村長の娘のナギもまだ小さな子どもだ。無事でいてほしい。ウチナリの中の焦りが膨らむ。考えたら動けなくなるので、意識して焦りを無視し、息を吐く。
このままでは、落ち着きを失っているサマトまで犠牲になってしまう。むちゃくちゃに戈を振り回しながら突進していくサマトを横目に見ながら、矛を地面に突き刺して剣を両手に持つ。
体力のあるサマトまでやられてしまったら、いよいよ均衡が崩れるかもしれない。陣地を離れて加勢しよう。サマトを連れ戻すまでに二本とも剣が折れることはないだろう。十数本の武器が突き立てられた陣地を離れると、好機と見た狼たちがウチナリに殺到する。
「どけえぇ!!」
左手の剣を後ろに薙いで後ろから迫る狼を牽制し、右手で正面の狼を斬り伏せる。その剣の柄で右の狼の鼻を打ち、腹を蹴り上げる。両手の剣を交互に横に薙ぎ、狼を後退させる。その狼の向こうに、腹に食いついた狼を引きずってヨミヤの元へ歩くサマトの姿が垣間見えた。
「サマトぉ!!」
ウチナリは駆け出し、右手の剣を逆手に持ち替える。正面の狼の頭に剣を突き刺し、棒高跳びの要領で一気にサマトまでの距離を詰める。剣を一本失ってしまったが、今は時間が惜しい。
「無事か、サマト!」
狼から庇うように位置取り、サマトに呼びかけるが応えない。目は狼に向けたままだが、腹から血を流して動かないサマトの姿を目の端に捉えた。
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