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退職した最強の神様、古代世界で人として暮らす〜狼とゾンビに抗い、村を守るために戦います〜(WEB版/原題:月宮奇譚1 狼と骸の王)  作者: いふや坂えみし
第四章 狂い人

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第四話 うちの女たちはどうしてこう、頼りになるかね

 月が明るい。手を動かすとくっきりした影がついてくる。見慣れた景色でも色がないだけでなんだか別の世界に来てしまったみたいだ。一眠りしてしまったからだろうか。いつもならぐっすり眠っている時間だが、ヤネリはすっきりと目覚めていた。ウチナリに連れられて村長宅の大きな高床倉庫に避難し、縁側から(さく)に手をかけて外を眺めている。いつもなら入ると怒られるのでばれないように入り込んで遊んでいたが、今日は特別だった。大人たちは不安そうにしてまだ起きているが、避難してきた子どもたちは眠っている。ナギも竪穴住居(いえ)ではなく高床倉庫に避難して眠っている。ヒウチやサクがいたら良かったのに、と考えて気分が沈む。

 村長の夫のタカハは高床倉庫の下で棍棒を持って警戒している。よくわからないが、おかしくなった村人たちが襲ってくるらしい。

「タカハさん、また来たぞ!」

 高床倉庫の縁側から、村の大人がタカハに注意する。ゆらゆらと頼りない足取りで数人の狂い人が近づいてきた。

 タカハは流れるような動きで襲ってきた狂い人たちを打ち据え、手早く縛り上げていく。次々と襲ってくる狂い人たちの中に、ヤネリは母ヨミヤの姿を見つけた。

「お母さん!」

 思わずヤネリは叫ぶ。ヨミヤもゆっくりとヤネリの方を向いたが、目の焦点は合っていない。タカハの動きも一瞬止まる。タカハはヨミヤの足に棍棒を絡ませて転がし、隙をついて縛り上げた。

 今回襲ってきた狂い人はこれで打ち止めだった。タカハは縛り上げて転がしておいた狂い人たちを村長宅へ押し込んでいく。ヤネリは高床倉庫の梯子(はしご)を降りていく。ヤマク村の梯子は、一本の丸太を等間隔に(えぐ)って足掛けをつけたものだ。

「お母さん……」

 そう言ってヨミヤに駆け寄るヤネリを、タカハは痛ましげに見やる。ヨミヤが亡くなったことはすでに確認していた。だからあの時、腹を()いて赤子を取り出す判断を下した。

「そばにいていい?」

 ヤネリはタカハを見上げる。

「俺がもうだめだって言ったら、素直に離れられるか?」

 ヤネリの両目は揺れたが、こくりと(うなず)く。タカハは自分が酷なことを言っているという自覚があり、素直に離れてはくれないだろうな、という予感もあった。だが、ヤネリには必要な時間だろうということもやはりわかっていたので、許すことにした。

「よし。約束だぞ」

 タカハは縛ったヨミヤを竪穴住居(いえ)には入れず、目の届く外の壁に寄りかけた。ヤネリはヨミヤに抱きつく。ヨミヤはヤネリの方を向いているが、相変わらず目の焦点は合っていない。


 村長宅にツグノ一家を連れたオトヤが辿り着いた。村長宅の敷地内には高床倉庫が四つあり、避難してきた村人は軽く五十人を超え、いまも徐々に増えている。ヤマク村の住人は狼の襲撃を生き延びた者たちだけで百人以上いるが、全員避難したとしても高床倉庫に入りきる余裕のある広さだった。

「タカハさん!」

 ツグノはタカハの姿を見てもう大丈夫だと安心して声をかけた。

「おぉツグノ、無事だったか。ニシギとヒオミも無事だな」

 ニシギとヒオミはツグノの両親で、声をかけられて会釈する。

「タカハさん、僕はすぐ出ます」

「ああ、気をつけてな」

 俊敏に頷くとオトヤは走って出ていった。

「タカハさん、あれ……」

 ツグノは死んだはずのヨミヤが縛られ、そこに引っ付いているヤネリに気づいた。

「ああ。死人が蘇ってる。それだけじゃなく、無事だった村人の中にもおかしくなった狂い人がいる。もうだいぶ捕まえたがな」

「狂い人か。たしかにあれは狂ってるね。みんな避難できてるの?」

「ワケノとウチナリがどのくらい対処したかわからねぇが、まだ見つかってない村人と狂い人は、合わせてあと四十人くらいか。まぁ、朝までには終わるだろう」

「わかった。じゃあ、私はご飯でも作ってるよ。おなかすくだろ?」

 ツグノがにっこりと笑う。

「いや、ここは危険だ。高床倉庫(うえ)に避難しとけ」

「何言ってんのさ。私たちの村は私たちみんなで守るもんだよ」

 ツグノにまっすぐ見つめられ、タカハは苦笑して息を吐く。

「まったく、敵わねぇな。うちの女たちはどうしてこう、頼りになるかねぇ。よし、頼んだ。そこの竈門(かまど)と倉庫の食料、好きに使ってくれ」

 何かあればすぐに対応できるよう気をつけて見ているしかないか、と考え直す。腹は減っている。食事を取ればもっと頑張れるのもたしかだ。

「任されたよ!」

 ツグノはてきぱきと村人たちを動かして、ご飯を作る女たちと警備をする男たちに分けた。男たちは村長宅にある()を持って倉庫と竈門小屋、村長宅の敷地を囲う柵を守る。それぞれの村人たちの竪穴住居(いえ)の中に炉はあるが、換気の環境がそれほど整っていないため、暖を取ったり湯を沸かすくらいにしか使われない。調理をするときは、外にある竈門小屋を使うのが普通だった。ヤマク村の中には数カ所の竈門小屋が設けられていた。

 ツグノたちが握り飯を作っている間、村人の保護を続けている村長のワケノは、村長宅と逃げ遅れた村民の竪穴住居(いえ)を三往復していた。

「タカハさんもそうだけど、ワケノさんって体力どうなってんの?」

 握り飯を渡しながら、ツグノが尋ねる。

「うん、鍛え方が違うとだけ言っとこう。私の真似をしようなんて思うなよ。うまかった」

 ワケノはぺろりと指を舐めながらそう言い残し、また風のように走り去った。

「真似できるなんて思うわけないよねえ」

 ご飯を作っていたナベナが呆れる。

「違いないね」

 ツグノも同意する。村の英雄は健在らしい。


 タオツキは村に放った仲間が戻らないことに苛立(いらだ)っていた。明らかにおかしい。目に見えて命令を守らない仲間が増えている。すでに倒されてしまっている可能性が高い。ただの村人にこんなことができるわけがない。こんなことができるのは——ああ、そうだ。なぜ忘れていたのだろう?こんなことができるのは、村長夫妻と、最近現れたわけのわからない力を使うあの男くらいだ。タオツキは、村長の家を直接叩くことにした。命令が届く仲間たちを引き連れ、村長宅へ歩みを進める。

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