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退職した最強の神様、古代世界で人として暮らす〜狼とゾンビに抗い、村を守るために戦います〜(WEB版/原題:月宮奇譚1 狼と骸の王)  作者: いふや坂えみし
第二章 月宮

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第一話 世界の始まり

 男は気がつくと、広々とした板の間に胡座(あぐら)をかいて座っていた。その部屋は白い土壁で囲われており、出入り口には木製の引き戸が()え付けられている。隣には女性が正座をしていた。目は閉じている。眠っているのかもしれない。自分はどこにいるのかと男は(いぶか)しんだ。いや、それよりもいままで自分が何をしていたのか、自分が誰なのかも思い出すことができない。見覚えのない部屋と人、着た覚えのない袍と袴(ふく)、思い出せない記憶。ひどく心許(こころもと)ない。

「あの、よろしいでしょうか」

 男は不意に話しかけられ、虚を突かれた。隣で眠っていると思われた女性がいつのまにか目を開き、男を見つめている。

「はい、なんでしょう」

 男はとくにすることもないので、会話に応じる。

「ここはどこなのでしょう?」

 女性は不安気な表情をしている。

「申し訳ありません。私も知らないのです」

 問われるが、男にもわからない。女性は少し残念そうだ。

「あなたは、私の知り合いの方なのでしょうか?」

 重ねて女性に問われるが、やはりわからない。男の知っていることなど何も無かった。

「……いえ、もしかしたら知り合いなのかもしれませんが、記憶すらないのでわからないのです」

 男は答えながら少し申し訳なくなってきた。

「ああ、いえ。私の方こそ質問ばかりしてしまって申し訳ありません。状況がよくわからなくて」

 この女性も男と同じ状況のようだ。

「それは少し心強いですね。私もあなたと同じ状態なのです」

 男が微笑(ほほえ)むと、女性も微笑んだ。不意に、引き戸が引かれて男性が広間に入ってくる。

「待たせたな、お前ら。何もわからないと思うから、今からざっくり説明する。楽にして聞いてくれ」

 唐突に現れた男は、ゆっくりと話し始めた。


 それは、世界の始まりの話だった。


 始まりの世界は、混沌としておりすべてが混じり合っていた。自分や他人、物の区別などはなかった。どのくらいの長い間、世界がそうだったのかは判然としない。

 そうした永遠の中で、ある瞬間、意識が芽生えた。始まりの神の誕生だった。その名をウジという。

 ウジはまず、自分の身体を生み出した。続けて、自分の立つ地面がほしいと願った。すると、混沌は激しく炎を吹き上げ、天と地に別れた。激しく吹き上げた炎もまた意思を持ち、ホムラという神が生まれた。別れた天と地の概念に意思が宿った。天の神と地の神の名をそれぞれ、クハラとムスビという。いま説明をしている男がクハラだった。

 ムスビは草木や動物の神を生み始めた。クハラとムスビが生まれた後、ホムラは地上に降りて放浪を始め、ウジは姿を隠した。

 クハラは闇に覆われた世界を照らすために、ウジに祈りを捧げると太陽が生まれた。クハラは太陽の概念に意思を与えヒルメという神を生んだ。続けて、神々の住む世界を望み、ウジに祈りを捧げると月が生まれた。クハラは月の概念に意思を与えヒノワという神を生んだ。

 ムスビが生んだ草木や獣たちは、元気に生活していたが、しばらく経つと草木は枯れ、獣たちは元気が無くなっていった。クハラはムスビから相談を受け、ウジに祈りを捧げると風が生まれた。クハラは風の概念に意思を与えイセという神を生んだ。

 地に風が吹くと、ムスビは鳥や虫を生んだ。草木は枯れ、動物は元気のないままだったので、ムスビはまたクハラに相談した。クハラはウジに祈りを捧げると水が生まれた。クハラは水の概念に意思を与えミツハという神を生んだ。

 地が水で満たされると、ムスビは魚や貝、海草を生んだ。しばらくすると、生き物たちは暑さで元気をなくしたので、ムスビはクハラに相談した。クハラはウジに祈りを捧げると雲が生まれた。クハラは雲の概念に意思を与えミカゴという神を生んだ。

 雲が生まれると地は安らぎ、生き物は元気を取り戻した。ムスビは自分が役割を終えたことを悟り、神であることを辞めて地上に降りて暮らし始めた。


「ここまでが、今までこの世界で起きた出来事だ。ここは神の住む月の世界で、月宮(つきみや)と呼ばれている。俺の役割は神を生むことだ。お前たちには、月宮に住む神々を治める役割を与えた」

 クハラは説明を終えた。

「私たちはいま生まれたということでしょうか?」

 クハラの説明によるとそういう理解になるだろうか。

「そのとおり。お前らがなにもわからないのは、そういう理由だよ」

 記憶すらないのだから、そういうことなのだろう。

「クハラ様。私と、この方の名前を教えていただけますか」

 自分には月宮を治める役割が与えられたようだが、名前がわからないと居場所がないように思えた。

「お前の名はシラスだ。」

 シラス。その名を知り、自分は望まれて生まれてきたのだと少しだけ感じた。続けて、クハラは隣の女性に視線を移す。

「お前はキサイだ。……月宮を治めると言っても、わからないことだらけだろうから、お前たちの相談役も用意しておいた。シキ、入ってくれ」

 クハラが呼びかけると広間の戸が開かれ一柱の童女が現れた。紫色の(上衣)と丈の長い黒の(スカート)を身に着けていたが、特徴的なのは、文字のような模様のようなものが書かれた白い目隠しだった。神秘的な雰囲気を持っている。

「初めまして。私はシキという知恵の神だ。君たちの補佐をすることになっている。以後、よろしく頼む」

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