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退職した最強の神様、古代世界で人として暮らす〜狼とゾンビに抗い、村を守るために戦います〜(WEB版/原題:月宮奇譚1 狼と骸の王)  作者: いふや坂えみし
第一章 狼

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第十一話 その仔を返すなら、我も人の子を見逃そう

「その子のそばから離れなさい!」

 オオシがヤネリに牙を突き立てようとしているところに、敵意のこもった警告が届く。その声に抗うことがなぜか躊躇(ためら)われ、振り向いた。

 そこには、今にも剣を抜く気配を見せている男と、その奥に弓を構えた女がいた。ひと目見て、只者ではないと気圧(けお)される。初めてヤマク村の村長夫妻と対峙したときことが脳裏(のうり)に浮かんだ。

 この人の子から離れたら、命はない。そう確信できた。特に男の方。命を()り取ることに何の躊躇(ためら)いも見せそうになかった。オオシの逡巡(しゅんじゅん)の隙をつき、人の子が男たちの方へ向かって駆け出した。咄嗟(とっさ)に押し倒して抑えつけようと爪を伸ばす。だが、人の子は故意か偶然か、転んで爪をすり抜ける。

 さらに追おうとしたところで肩に激痛が走った。気づけば信じられないほど素早く男が距離を詰め、オオシの肩に剣を突き立てていた。その時、甲高(かんだか)い鳴き声を上げながら小さな仔狼が走り寄り、男に向かって()え立てた。数か月前にオオシが産んだ仔だった。

 オオシの中に焦りが生まれる。なぜこの場に仔狼がいるのか。巣穴に残し、念のため数匹の狼も近くに残してきていた。また、あの男の襲撃があったのか。

 仔狼に向けて逃げるようにオオシは吠えるが、男は剣をオオシの肩から引き抜き、あっというまに仔狼を捕まえた。男は仔狼をぶら下げ、剣をその首筋に当てる。仔狼は剣の怖さを知らないのか、手足をばたつかせて暴れている。

「ミヒル様!?」

 女の叫び声は、仔狼を気遣(きづか)うものだ。男は反応せず、オオシの目を(にら)みつけている。

「その仔を返すなら、我も人の子を見逃そう」

 オオシの言葉に、男は驚いたように目を見開く。

「……いいでしょう。ゆっくりとその子から離れなさい」

 オオシが人の子から距離を取ると、男は仔狼をオオシに向かって放り投げた。(くわ)えようと(あご)を上げる。と同時に男の剣が一閃し、オオシの首は地に落ちた。遅れて、オオシの身体が崩れ落ちる。

 地面に転がり落ちた仔狼はオオシの頭に(すが)りつき、悲鳴を上げた。


「……ミヒル様……」

 イセイは悲しんでいる仔狼を痛ましそうに眺める。責められているように感じ、ミヒルは早口で言葉を(つむ)ぐ。

「人の言葉を話す知恵をつけた狼が子どもを襲っていたんです。生かしておくのは危険でしょう。それより、この子どもを村まで送りましょう。近くにあるはずです」

 子どもは起き上がり、ミヒルに(おび)えた視線を向ける。イセイに近づき、(上衣)の裾を掴んだ。ミヒルはため息をつく。

「行きましょう。私たちも忙しい身分です」

 子供には衝撃的な光景だっただろうか。子供から少し離れてイセイに出発を促す。

「あなた、どこからきたのかわかる?」

 イセイが子供に話しかけると村の方を指差し、三人はその場を後にした。イセイは少し気になって振り返ると、仔狼は悲痛に鳴き続け、親狼の頭に身体をこすりつけていた。


 三人が立ち去り、仔狼は鳴き疲れてオオシの頭の側で眠っていると、気配を感じたので目を覚ました。

 仔狼のそばには女が立っており、オオシの頭を眺めている。得体のしれない気味の悪さを感じ、女に向かって甲高(かんだか)い鳴き声で吠え立てる。

「静かにしてくれ」

 女と目が合うと命を(つか)まれた気がして思わず尻尾(しっぽ)を丸めて後退(あとずさ)る。そのまま警戒していると、女の表情が(やわ)らぐ。オオシの目は開かれていた。

「ぁアあぁあ……」

 (のど)から斬り離された頭が(うめ)く。オオシがオオシではなくなったように感じ、もう見ていたくなくて仔狼はその場から逃げ出した。オオシの額には、鈍く光る黒い珠が埋められていた。

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