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第一話 足音もせずにそれが姿を現した刹那、世界から音が消えた。

新連載始めました!完結まで週5更新予定です、よろしくお願いします!

「ねぇ、さっちゃーん。ねぇってばー」

 ヤマク村で暮らすヤネリは今年で五歳になる。ヤマク村は村人たちがタカマ山と呼ぶ高峰の(ふもと)にある、人口二百人ほどの大きな集落だった。ヤネリは家の手伝いで、水を()んで森の中を歩いている。一緒にいるのは二つ年上の兄であるサクと隣に住んでいる村長の娘で、一つ年上のナギだった。

「どうしたの?」

 土を焼いて作った水瓶を両端にくくりつけた木の棒を右肩に乗せたまま、サクはヤネリを振り向く。

「もうぼく、肩が痛いよぉ。やすもう?」

 ヤネリはサクとナギから数歩遅れてなんとか離れずに歩いているが、よたよたと不規則に歩いている。不機嫌そうに唇を(とが)らせ、全身で疲れた、と訴えている。

「お父さんとお母さんが夜ご飯を()ってくるから、水がないと困るんだよ。がんばろう?」

 先輩風を吹かせたいナギはヤネリを励ます。

「あーるーけーなーいー」

 ヤネリは駄々をこね、自分が(かつ)いでいた水瓶を地面に置いて座り込む。ヤネリはまだ家の手伝いを始めたばかりで、水汲みは仕事だが遊びでもあった。

「やっちゃん、貸して」

 しょうがないな、と(つぶや)いてサクはヤネリに手を差し出す。少し前まではサクの兄、ヒウチがヤネリの面倒を見ていたが、サクはそれにくっついてヤネリの面倒を見たがった。ヒウチが鍛冶場で働き出すようになってから、ヤネリの面倒はサクが見るようになった。

「ありがと、さっちゃん!」

 ヤネリの顔は、ぱっと明るくなり水瓶をサクに差し出した。

「もう、さっちゃんはやっちゃんに甘いよ。やっちゃんも自分のことは自分でやらなきゃ」

 ナギは一人っ子で、ヤネリにはいつもお姉さんぶっている。弟がほしいのだ。いつもヤネリの家に遊びに来て、ちょっかいをかけたり面倒を見たりしていた。

「今度やるもん」

 ヤネリはにこにこしながら、左右の肩に水瓶を担いだサクの後をついていく。道に落ちていた小枝を拾い、茂みに向かって振り回している。

「平気?一個持とうか?」

 ナギがサクを気遣う。

「だいじょうぶ。両肩に(かつ)いだほうが安定するよ」

 実際、サクは危なげなく歩き続けている。晩春の朝、森の中に心地よい風が吹き抜ける。木々の葉はさらさらと音を立て、木漏れ日が影を揺らした。


 三人が森を進んでいくと、空に黒っぽい煙がたなびいていた。村はずれの鍛冶場が近づいてきており、青銅の精製過程で上がる煙が木々の隙間から垣間見(かいまみ)える。

「おとうさんとひゅーちゃんいるかな!」

 すっかり元気になったヤネリが()け出す。鍛冶場まで、まだ森の中をしばらく進んで行かなければならないが、待ちきれなかったのだ。

 ヤネリの父サマトと兄のヒウチ、それと鍛冶場の主であるウチナリがそこで働いている。ヤネリにはまだヒウチと発音するのが難しいので、ヒウチのことをひゅーちゃんと呼んでいる。兄のヒウチがウチナリから鍛冶について教わっているので、ウチナリのことを先生と呼んでいた。

「やっちゃん、転ばないでよ」

 ナギは釘を刺す。

「だいじょうぶだも〜ん」

 ヤネリが弾むように駆けていくと、前の茂みからガサガサという音が聞こえてきた。なんだろう、と足を緩めた途端(とたん)、目の前に狼が飛び出す。

 思わず息を()み、体が(すく)む。持っていた小枝はいつの間にか落としていた。後ろからも(うな)り声が聞こえるが、目前の狼から視線を()らして振り向くことも、逃げ出すこともできない。両親には、狼が出たら水瓶を捨ててすぐに逃げるよう言われていた。

『やっちゃん!』

 サクとナギの震える声が重なる。サクは無意識に担いでいた水瓶を放り出し、くくりつけていた木の棒を引き抜く。横倒しになる水瓶。(こぼ)れた水は乾いた地面に染み込んでいく。

「なっちゃんは先生とお父さんに(しら)せて!」

 ナギはがくがくと震えながら(うなず)き、森の中をふらつきながら駆けていく。ヤネリを囲んでいる狼は三匹。サクは狼とナギの間に立ってナギを送り出す。

「うわああああ!」

 目の前の狼に棒を振り下ろす。しかし、狼は余裕を持って身を(かわ)す。それでも少しだけ隙間は生まれ、サクはヤネリのもとへ滑り込む。

「やっちゃん、離れちゃだめだよ」

 ヤネリはコクコクと頷き、震えが止まらない小さな手でサクの貫頭衣(ふく)の端を握る。おそれや不安を紛らわせたくて、握り込んだサクの貫頭衣(ふく)にありったけの祈りを込める。

 唸り声を上げながらサクとヤネリを囲んでいた狼たちだが、不意(ふい)にヤネリたちから注意を()らした。正面にいた狼が片耳を傾け、道を空けて下がる。


 ゆらり、と静かに。足音もせずにそれが姿を現した刹那(せつな)、世界から音が消えた。


 サクとヤネリは、呼吸を忘れる。動けば死ぬ。本能がそう判断した。


「人の子にしては、勇気がある。……いや、我らを知らぬだけか」

最後まで読んでくださってありがとうございます!

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