第二章 ローレル荘のブラック・レディたち 1
翌日の月曜日である。
エレンは白い絹のブラウスと黒い琥珀織のスカートといういつもの仕事着に、縁に白いパイピングを施した濃紺のケープを羽織り、古びているが上等の大型の茶色いトランクを携えて、本物の馬二頭の引くタウンコーチ型の貸し馬車に揺られて、タメシス市域北東のハッティントン地区へと向かっていた。
王室の冬の鴨猟の場であり、日ごろは乗馬用の公園として公開されている広大なジキル・パークを中心としたハッティントン一帯は、聖ルーク教会の鐘の音の聞こえる範囲で生きて死ぬ生粋のタメシスっ子たちからは、血の泪もなく「あの田舎」と評される郊外の住宅地だ。
この地区には、大商人たちの永遠の憬れたる田園地帯の荘園邸を模した庭付き一戸建ての「別荘」が、広大なパークを囲むようにして点々と連なっている。
その中でも古株で格式高いらしいリヴィングストン家の「月桂樹荘」はパークの北側にある。
そのあたりは、タメシスの誇る最新技術、馬型の自動機械人形に引かせる自動辻馬車網の範囲外になるため、自家用馬車がない場合は、こうして本物の馬の引く貸し馬車を雇う他ないのだ。
ガタガタとよく揺れる馬車のなかでワインレッドの革表紙のノートを捲りながら、エレンは昨日アシュレ・リヴィングストンから聞いた脅迫事件のあらましを反芻していた。
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「――ロートボーゲン男爵閣下からシビルに求婚があったことを、私は六月二十二日、聖ヨハネ祭の前夜に、別荘で家族だけ集まった昼餐会の席でみなに報せたんだ」と、アシュレ・リヴィングストンは疲れた顔で話した。「ちょうどその日に、長男のアーサーがステアブリッジ大学から、末娘のグリンダがターブの女子寄宿学校から帰ってきていたからね」
「お嬢様三人とご子息お一人と、同席されたご家族は他には?」
「私の老母のアルマと、それに娘たちの画と外国語の教師をしてくれているミセス・ロングフェローだ」
「男爵閣下からの求婚の話を知らされたミス・リヴィングストンの反応は?」
「真っ青になって震えたかと思うと、わっと泣き出してしまった」と、アシュレは深い、深いため息をついた。「そしてガシャンっとカトラリーを投げるなり、『わたくしは誰とも結婚いたしません! アントニオの他は誰とも!』と叫んで寝室に閉じこもってしまった。すると、今度は老母のアルマが癇癪をおこしてね、いい齢をした長女があんな様子じゃ可哀そうなエセルとグリンダまで嫁き遅れると怒り出して、昼餐の席はさんざんだった」
アシュレはそこで言葉を切って、いかにも疲れ切った様子でふーッとため息をついた。
「何とも色々大変だよ! 知っての通り来週は市長選挙だろう? 私が継続することはほぼ確定事項とはいえ、そちらのほうも色々と忙しなくてね」
「ミスター・リヴィングストン、どうかご無理をなさらず。ところで、ミス・リヴィングストンは、その聖ヨハネ祭の前夜の昼餐会から、今までずっとお部屋に閉じこもりきりなのですか?」
「ほぼそんな具合だ。日曜の礼拝にだけは出てきているが。―-実は、その日曜の礼拝――聖ヨハネ祭のすぐ次の週だったから六月三十日かな? その日に初めの事件が起こったんだ」
アシュレの話では、第一の事件は約二か月前、六月三十日の日曜日に起こったのだという。
その日、別荘に住む三人の「黒貴婦人たち」―-すなわち、アシュレの老母アルマと長女シビル、不本意ながらの長い服喪を余儀なくされている次女のエセルの三人は、いつものように連れ立って自家用馬車に乗り込み、ジキル・パークの東側の聖ブリジット教会へ礼拝に向かった。
そして、昼頃帰宅してみると、門の鍵も家の鍵も完全にかかっていたのに、二階にあるシビルの部屋だけが滅茶滅茶荒らされていて、そこに金色を帯びて輝く朱赤の小さな羽が落ちていたのだという。
「母が言うには、シビルはその部屋の惨状を見るなり真っ青になって、『アントニオだわ』と一言いって倒れてしまったんだそうだ。その翌日に脅迫状が届いたんだ」