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第一章 タメシス市長の来訪 3

「ミスター・リヴィングストン、恋人と引き離されたお気の毒なミス・リヴィングストンは――」これは勿論シビルのことだ。「――今はずっと別荘(ヴィラ)にお籠りなのですか?」


「ああ」と、父親は苦々しく頷いた。「私の妻が――あれがべったりと懐いていた母親のローズマリーが生きていたころには、それでも多少は母親の付添で観劇や展覧会程度には出かけていたんだが、二年前にローズマリーが死んでからは、まるでこの世が終わってしまったみたいに沈み込んでね、いまだに真っ黒な喪服姿で、閉じこもって巧くもない画ばかり描いているんだ。

 長女がその状態なのに次女だけ社交の場に出たら、まるでエセルが礼節を弁えない軽佻浮薄な娘みたいに思われてしまうだろう?」

「……だからミス・エセルも一緒に別荘に籠らせていると?」

「他にどうしようもない」と、アシュレは苦々しく頷いた。

 エレンは複雑な気分になった。


 

 ――ということは、ミス・エセルは二十一から二十三まで、社交シーズンの夫捜しの最後のボーナスチャンスみたいな二年間を、意気消沈するお姉さまに付き合って一緒に喪に服し続けているってわけね? ミスター・リヴィングストンの言う通り、それはあんまりお気の毒だわ。でも、実際そうしなかったら、意地悪な世間がなんと噂するか分からない……



 考えるうちにエレンは頭がぐるぐるしてきた。

 何かに対してものすごく腹が立つのに、何に対して怒っていいのか分からなくなってきたのだ。


 と、そのとき、アシュレがふいに笑みを浮かべ、

「しかしね、ミス・エレン」と、口を切った。

「何ですの?」

「ここに天の助けが現れたんだよ! シビルに求婚者が現れたんだ!」

「え、別邸にこもりきりなのに?」

「そうなんだ。なんでも彼は八年前に保養地ヘッセンヴァッサーであの娘を見初めていたらしい」

「八年前? それがなぜ今ごろになって?」

「コルレオン戦役でこっちに亡命してきたからさ。そしてかつての初恋の相手が今もって独り身だと知ったというわけだ。ロマンチックだろう?」

 と、アシュレが言葉を切り、相手の素性を訊ねてくれー―という期待をみなぎらせた目でエレンを見つめてきた。


 エレンは諦めて礼儀として訊ねた。

「ええ、とてもロマンチックですわ。どんな大商人ですの?」

「大商人じゃないんだな、これが」と、アシュレは得意そうに鼻をぴくぴくさせた。「王太子妃殿下の故郷たる南アルマンはファーデン選帝侯国御出身のヨハン・ゲオルク・フォン・ロートボーゲン男爵閣下だ。閣下は人目につかないよう内密に私の事務所(オフィス)を訪ねていらしてね、、『誉ある市長閣下(ロード・メイジャー)、遠く輝ける少年の夏ヘッセンヴァッサーで出会った我が永遠の紅薔薇(ロゼンロート)、ミス・リヴィングストンをどうかわが生涯の伴侶に』と、こう仰せになったのだよ! どうだい、さすがにアルマン貴族らしい詩的な求婚だろう?」

 アシュレ・リヴィングストン六一歳の明るい水色の眸はまるで自分が求婚されたみたいにキラキラと輝いていた。

「ええ、とても詩的ですわね」と、エレンは事務的に答えた。


 もしその求婚の台詞が原文そのままなのだとしたら、ヨハン・ゲオルク某男爵とやらはあまりエレンの好みではなかった。


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