第九章 シャル・ウィ・ダンス? 2
ホワイトブロンドの巻き毛の貴族――推定ロートボーゲン男爵は、きょろきょろと視線を彷徨わせてから、リヴィングストン姉妹を見とめて手放しの笑顔を浮かべた。
「ミス・リヴィングストン! わが紅薔薇! 今夜のあなたは本当に深紅の薔薇のようです!」
Rに過剰な巻き舌の入るアルマン訛りで言いながら大股に近づいてくる。
そして――
ウィルソンと並んで蒼褪めているシビルをするっと無視して、まさしく大輪の紅薔薇のようなエセルの前へと大股で足を進めた。
「再会を主に感謝します! エセル、あなたは何と美しくなったのでしょう!」
「あ、ありがとうヨハン・ゲオルク?」と、エセルが引き気味に答える。「シビルはそっちよ? 気の毒だけど、彼女はもう――」
「あ、お久しぶりですミス・シビル・リヴィングストン。とてもお可愛らしいドレスですね」と、ヨハン・ゲオルクは儀礼的な愛想の良さで挨拶をし、隣のトニー・ウィルソンを見てふしぎそうに首を傾げた。
「風変わりなお付添ですね?」
途端、ウィルソンの善良そうな馬面が羞恥のためかカッと赤黒くなった
彼はそのまま拳を握って震えながら俯いていたが、じきに顔をあげると、震える手でシビルの肩を抱きながらまっすぐにヨハン・ゲオルクを見据えて告げた。
「わたくしは魔術師のウィルソンと言います。お父上にも御認めいただいた彼女の求婚者です。今夜の舞踏会で正式に彼女に求婚するつもりです」
「おや、そうだったのですか。白雪のようにお優しくお美しいミス・シビルはとうにご結婚していると思っていました」と、ヨハン・ゲオルクはてらいなく答え、緊張しきった無表情で成り行きを見守っていたエセルへと笑いかけた。
「そうすると求婚者が二人になりますね! あなたはもちろん少年少女の時代の約束を忘れてはいませんね?」
「それは勿論、覚えているけれど」と、エセルがぎこちなく答える。
よく見ればその耳は真っ赤だった。
「ミス・エセル、約束とは?」と、ミセス・ロングフェローが食い気味の小声で訊ねる。
エセルは今度は頬まで赤くなった。
「子供のころの話よ。わたくしがたった十五だったころの。大人になったら近くで暮らして、毎日一緒に乗馬ができるようにしようって」
「私はずっとその約束を覚えていました」と、ヨハン・ゲオルクが胸を張る。
ここで唐突に、背後で静かに聞いていたなぜか陸軍将校姿のエドガーが口を挟んだ。
「なあロートボーゲン、取込み中申し訳ないんだが」
「なんですスタンレー。後にしてもらえませんか?」
「いや、さっき聞いた話では、君はいよいよ今夜、ずっと密かに焦がれていたミス・リヴィングストンに求婚する予定だったんだろう?」
「そうですよ? だからこうしてまず旧交を温めているのですが」
「しかしね、彼女はミス・エセルだよ?」
「? そうですよ?」
貴公子二人の会話は全くかみ合っていなかった。
この場では完全に傍観者であるエレンが一番初めに気付いた。
「失礼ながら男爵閣下――」
「なんでしょう?」と、ヨハン・ゲオルクがあからさまに迷惑そうに答える。
エレンは厳格な家庭教師の口調で教えた。
「わたくしどもの習慣では、家名にそのまま敬称を冠して呼ばれるのは通常その家の長女のみです。ミス・リヴィングストンと呼んだ場合、それはミス・シビル・リヴィングストンを指すのです」
「あ、そうなのですか」と、ヨハン・ゲオルクは心底面倒そうに答えた。「それは知らずに失礼いたしました。小さな世界には小さな習慣がこまごまと色々あるものですね!」
「--ヨハン・ゲオルク、ミス・エレンにそんな言い方をしないでよ!」と、エセルがむっとした声で咎めてから、一転して不安げに眉をよせて訊ねた。
「それじゃ、もしかしてあなたは、初めからわたくしに求婚しようとしていたの?」
「もちろんですよ?」と、ヨハン・ゲオルクがまた不思議そうに首をかしげた。「私があなた以外の誰に求婚するというんです?」
まるで、太陽は東から昇ります――とでもいうような口調だった。
エセルはしばらく呆然と相手の顔を見あげていたが、じきに口元を抑えて目を潤ませた。
途端、ヨハン・ゲオルクが狼狽える。
「エ、エセル? もしかして嫌でしたか? 本当はもう新しい恋人がいるのですか? もしかして――」と、疑念と怒りに満ち満ちた顔で傍らのエドガーを見やる。「スタンレー、まさかあなた」
今度はエドガーが慌てた。「誤解だロートボーゲン! 僕が今夜ダンスに誘いたい相手は他にいるんだ。どうか君らは人目を気にせずその愉快な求婚劇を続けてくれ! ほら、みんな結末が気になっているみたいだし」
気が付けば広々とした舞踏の大広間に集った正装の市民諸氏が、老若男女静まり返って、興味津々とした視線をこちらへ向けているのだった。
シビルがさっと顔を赤らめる。
ミセス・ロングフェローが果敢に睨み返す。
エセル羞恥のためか真っ赤になっていたが、じきにまっすぐ首をあげると、まさしく紅薔薇みたいな笑顔を浮かべてヨハン・ゲオルクを見あげた。
「嫌なわけないでしょ! 私があなた以外の誰と結婚すると言うの!」
途端、広間中から一斉に拍手と歓声があがった。
恋物語の結末はいつだってハッピーエンドが望まれるのだ。




