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第九章 シャル・ウィ・ダンス? 1

 樽は暖炉にみっちりと隙間なく突っ込まれていたため、エレンとリヴィングストン一族が本邸から別邸(ヴィラ)へと馬車で駆けつけたときにも、人面鳥(ハーピィ)は依然として奇声を上げ続けていた。(近隣住民は鎧戸を占めて家の中で震えていた)。


 エレンは即刻樽に蓋をして騒音封じの魔術をかけてから、再び火蜥蜴(サラマンダー)を使いに立てて、フォートナム魔術工房のトニー・ウィルソンに、諮問魔術師エレン・ディグビーの名で、夜が明けたらすぐにローレル荘へ来るようにと伝言した。



 ウィルソンは翌日の早朝に貸し馬車でやってきた。

 そして、玄関広間に入るなり、奇声をあげながら羽ばたいてくる真っ赤な人面鳥(ハーピィ)と顔面衝突したのだった。

 シビルはその様を見るなり、華奢な掌で口元を抑えて幾度も目を瞬かせ、じきに掠れた声で訊ねた。


「……アントニオ? あなたアントニオなの?」



「ええシビルーーいえ、ミス・リヴィングストン」と、若い職人は肩に留まって女性っぽい顔を頬に摺り寄せてくる真紅の人面鳥(ハーピィ)の頭を撫でてやりながら、多くを諦めた家畜みたいに哀しげな目つきで頷いた。

「わたくしが《アントニオ・リカルディ》です。――あなたの御心をとらえたリカルディという男は、この世には存在していないのです」

 ウィルソンは低く震えがちな声で言い、

「お戻り。もういいよ。ありがとう」

 と、人面鳥に告げて、古ぼけた茶の革靴のつま先で、大理石張りの床をトンと叩いた。

 途端、無数の鈴を鳴らすような軽く高い音が響いたか思うと、真紅の人面鳥(ハーピィ)の姿がみるみる小さく縮んで、すぐさま見えなくなった。



「……その子に何を命じていたの?」

 と、シビルがしきりと瞬きをしながら訊ねる。

 ウィルソンは沈んだ声で答えた。

「あなたにお預けした《(しるべ)月長石(ムーンストーン)》を取り戻してくるようにと」


「それはもう、わたくしを愛していないということ?」

 シビルがまっすぐに顔を上げて訊ねた。

 ウィルソンが目を逸らす。

「――僕はあなたには相応しくない」


「そんなことはどうでもいいのよ!」と、シビルが声を荒げたかと思うと、黒いヴェール付きの帽子をむしり取るように外しながら、意外なほどの大股でウィルソンの前へと駆け寄りながら訊ねた。

「アントニオーーいえ、トニー・ウィルソン、答えなさい! あなたはわたくしを愛しているの、いないの?」


 その瞬間――

 ウィルソンが堪えかねたように顔をあげ、今にも泣き出しそうな声で答えた。


「愛していますとも、当然! だからこそあなたには幸せになってもらいたいんです! あなたみたいな人を一介の貧しい職人の妻になんかできるもんか!」




「あ――その――」

 と、それまで部屋の隅のほうで長女と職人の愁嘆場を居心地悪そうに眺めていた気の毒なアシュレ・リヴィングストンが口を挟んできた。


 それまでアシュレの存在に気付いていなかったらしいウィルソンが顔色を変える。

「し、失礼いたしました市長閣下(ロード・メイヤー)! 朝からお騒がせを!」


「あ、いや、そこはいいんだが」と、アシュレが咳払いをする。「ええと、ミスター・ウィルソンといったな? 君がそういうつもりであの化け物鳥を不法侵入させたのだとしたら、なんでまた次の日に脅迫状なんか寄越したんだ?」

「え、脅迫状?」

 案の定ウィルソンがきょとんとする。


「その件については」と、エレンは口を挟んだ。「おそらく彼の仕業ではありませんわ」

 言いながらまず視線をマントルピースの脇の書棚にやり、次に、そのすぐそばで立ち尽くしているエセルへと向ける。

 一同の目が一斉に集まる。

 エセルは無表情のままだ。



「――エセル、まさかお前が?」

 アシュレが掠れた声で訊ねる。


 エセルは赤い薔薇を思わせる口元に歪んだ笑みを浮かべて頷いた。

「ええ、そうよお父様。わたくしね、わたくしをこうして閉じ込め続けるお姉さまが最後に大きな幸運を掴むなんて筋立てがどうしても納得いかなかったの」


「嘘よ」

 と、間髪入れずにシビルが言う。

「あなたが脅迫状を偽造したのなら、理由はわたくしのために決まっている。わたくしがアントニオを――トニーをずっと待っていたいと思っていたから、わざわざあんな手紙を作ってくれたのでしょう?」

 言いながらシビルが目を潤ませていた。


 エセルがハッと喉を鳴らして嗤う。

「シビル・リヴィングストン、あなたは本当に天使ね! この世のどんな男性だってあなたを一目見れば恋するに決まっている! どうぞその職人とお幸せに。気の毒なヨハン・ゲオルク! ――私は寝るわ。夜からずっと起きていてとてもくたびれたの」

 一息にそれだけ言ってから、黒い喪服の裾を翻して階段を上っていってしまう。

 残された一同は気まずく黙り込んだ。



 このまま何も言わなければみな永遠に立ち尽くしていそうだ。


 そろそろ空腹を感じてきたエレンは、この場の騒動に最も関係のない部外者として口を挟んでやることにした。

「ところで市長閣下」

「なんだねミス・エレン?」

「誉あるタメシス魔術師組合の一員と御令嬢との婚姻を閣下がお許しになるなら、われら魔術師一同は大いに光栄に思います。魔術師組合と縁の深い画家組合や鍛冶師組合、金細工師組合といった職人たちも、きっとさぞ喜ぶと思いますわ。―-職人たちはたいてい外国人嫌いですし、貴族も嫌いですしね」


「ああ、それはそうかもしれないね」と、意外にもアルマ大奥様が賛同する。

 シビルとウィルソンは横に二人で並んで、物言いたげな目つきでじっとアシュレを見つめていた。

 アシュレはしばらく考えこんでから、諦めたように頷いた。

「よかろうミスター・ウィルソン。君が娘に求婚することを許可しよう。しかし、条件がひとつある」


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