第八章 切抜帳と月長石 2
エセルと連れ立って応接室に入れば、青いソファの定位置にアルマ大奥様が鎮座して、片眼鏡を光らせながら、スケッチブックを思わせる薄い大型の黒表紙のノートを捲っていた。
「お祖母さま、ミス・エレンがお戻りよ。そろそろお茶にしましょう」
「お待たせいたしました、ミセス・リヴィングストン」
「かまわないさ。どうだい、捜査の調子は」
老アルマの口調はこの頃ぐっと打ち解けてきている。
「まずまずですわね」と、エレンは笑ってごまかした。「今ご覧になっているのはミス・リヴィングストンの素描ですの?」
話題を逸らそうと訊ねると、アルマは首を横に振った。
「切抜帳さ。うちでは大抵――」
アルマがそこまで口にしたとき、エセルがマントルピースの上の鐘をことさらに大きく振り鳴らした。
話をさえぎられたアルマが不機嫌に眉をしかめる。
「エセルや、私がしゃべっているんだよ? いきなり大きい音を立てないでおくれよ」
「ごめんなさい、お祖母さま。ミス・エレンもきっとご空腹だろうと思って。――待っていらして。すぐにシビルたちを呼んできますから」
と、口早に言って玄関広間へ出て行ってしまう。
残されたアルマが肩を竦め、また膝の上に広げた切抜帳に視線を落とした。
じきにメイドのルイーズが茶器を運んでくる。
手持無沙汰になったエレンは、マントルピースの脇の装飾的な書棚に立てかけられたもう一冊のノートを手に取って開いてみた。
そちらも切抜帳だった。
新聞や雑誌の挿絵、デザイン画やレシピやレース編みの図案などを取り混ぜて綺麗に貼った切抜帳作りは、連合王国の中産階級の娘にはごく一般的な趣味だ。
ローレル荘の切抜帳はなかなかセンスが良かった。
全体にすっきりとまとめられていて、細かい活字の切り抜きを貼り合わせてページごとに小題がつけられている。
その几帳面に切り抜かれた活字の並びを見たとき、エレンの脳裏に、今も預かったままになっているあの脅迫状の文面が閃いた。
この別荘に備え付けられた上等の便箋に、灰色の小さな活字を切り張りして几帳面に綴られていた一節――
《シビルは私のものだ》
――あの脅迫状が、わたくしが初めに予想した通り、外から持ち込まれたのではなくこの別荘内で作られたのだとしたら、一番自然にその作業ができるのは、いつも切抜帳を作っている人物だわ。
そう思った瞬間、先ほどのエセルの不自然な態度が思い出された。
「――ねえルイーズ」
エレンは茶器の支度をしているメイドにさりげなく訊ねた。
「このお邸の切抜帳はとても素敵ね。いつもどなたが作っていらっしゃるの?」
すると、メイドの代わりに老アルマが得意そうに答えた。
「エセルだよ。あの娘は人前で褒められるのを嫌うところがあってね」
ややあって、エセル当人が、シビルとミセス・ロングフェローを伴って二階から戻ってきた。
「お待たせしましたミス・エレン。お茶にいたしましょうね」
そう言って笑うエセルの声は、エレンには不自然なほど明るく感じられた。
「ところで皆さま、今回の事件の解決に向けて、ひとつご提案したいことがあるのですけれど――」
上辺ばかりは和やかな夕のお茶が半ばほど進んだところで、エレンは慎重に切り出した。
一同の視線が一斉に集まってくる。
「なんだいミス・ディグビー?」
と、老アルマが恐る恐る訊ねる。
怯えた顔のシビルの手を、隣に座ったミセス・ロングフェローがそっと握ってやっている。
エセルは無表情だった。
エレンは全員の反応をざっと検めてから続けた。
「今夜からしばらく、わたくしとミス・リヴィングストンの寝室を入れ替えていただきたいんですの」
「――つまり、わたくしが《薔薇の間》で休むということ?」
「ええ。そういうことです」
「シビルを独りにするのかい?」
「いえ、ミセス・ロングフェローはご一緒で問題ありません」
「じゃあ、シビルの部屋には?」
「わたくしと、このところお姉さまとご一緒に休んでいるというミス・エセルの二人が休みます。それからもうひとつ、試していただきたいことが――」




