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第八章 切抜帳と月長石 1

 ジキル・パークでエドガーと密かに会った日の夕方、エレンは一度事務所兼下宿に帰ってまっとうな仕事着に着替えてから、本物の馬の引く貸し馬車で改めて公園(パーク)の北側のローリエ荘へと向かった。


 ガタガタ揺れる車内で愛用のノートを膝に広げ、今の時点でわかっていることを箇条書きにしてゆく。




・八年前に市庁舎でシビルがあった《アントニオ・リカルディ》はトニー・ウィルソン本人である可能性が高い。

・ウィルソンは今《目晦まし》を用いていない。



 二項目書いたところで結論付ける。


 この二つがほぼ間違いない事実だとしたら、考えられる答えはひとつだ。


 つまり、逆だったのだ。

 1795年から儀典長(セレモニー・マスター)の助手として市庁舎(ギルド・ホール)に勤めていたウィルソンなら、休暇のたびにタメシスで遊び回っていただろう若き放蕩貴族スタンレー卿の貌を見知っていてもおかしくはない。


 彼はその翌年、社交デューを果たしたばかりのリヴィングストン家の御令嬢と出会ったとき、当時も洒落者と名高かっただろうスタンレー卿の姿を模した《目晦まし》を用いたのだ。


 シビルはその偽の姿のウィルソンと恋に落ちた。


 

 ――ウィルソンはおそらく魔術師の修行を始める前に絵描きとしての修行も積んでいたのでしょう。鍛冶師や絵描きとの兼業は、有力な後ろ盾を持たない生まれの術師には珍しくないわ。市庁舎での仕事はきっと画も含まれていた。だから、彼はつねに松精油(ターペンタイン)の匂いをまとっていたはず。



 その匂いが、ウィルソンの魔力(グラマー)の特色であるあの薄荷めいた匂いをかき消していたのだろう。


 

 --そしてウィルソンは大陸へ渡った。きっと客地で修行を積んでシビルに求婚できるだけの地位を――たとえばどこか外国の宮廷魔術師か何かの高い地位を手に入れようとしたんだわ。でも、あの忌々しいコルレオン戦役のために帰国を余儀なくされ、一介の工房勤めの職人になるしかなかった。そんなとき、シビルがずっと独り身で別荘に籠っていると知った――……そのあとの行動原理が、どうにもよく分からないのよね……



 たった一回会っただけだが、トニー・ウィルソンの目つきや言動から偏執狂的な異常さは感じなかった。

 今の彼は、シビルとは釣り合わない自分の身分を諦めて受け入れ、彼女がふさわしい相手と結ばれることをこそ、願っているように見えた。


 しかし、そうなると、六月三十日に人面鳥(ハーピィ)を使ってシビルの部屋を荒らした目的は何なのか?

 翌日届いたという例の脅迫状、《シビルは私のものだ》という切り抜き文字の脅迫状は、本当にあのウィルソンが届けさせたものだったのか?


 そのあたりがどうにも分からなかった。



 考え事に耽っているあいだに、いつのまにかローレル荘の門前についていた。

 車を降りて運賃を払い、《ブリキの木こり》に今週の合言葉を告げる。

「バロン・ジョン・ジョージ」

 自動機械人形がギギギギギっと動いて扉を開けてくれる。


 路はもう暗かった。

 左右に茂る山毛欅の木が夕風に葉をざわめかせている。

 玄関前の階段を上がって呼び鈴を引くとすぐにエセルが現れた。


「お帰りなさいミス・エレン。どうなの? 捜査の進捗は」

「まずまずよ」と、エレンは口を濁し、しばらく迷ってから付け加えた。

「安心して。《リカルディ》は実際近くに潜んでいそうだけれど、彼はミス・リヴィングストンに危害を加えるつもりはなさそうだから」

「そうなの?」

「ええ。たぶんね。ところでミス・リヴィングストンは?」

「《絵画室》でミセス・ロングフェローといるわ。あなたの指示通り、シビルは決して一人にはしていません。夜もわたくしと一緒よ。ああ入って。お腹が空いているでしょ? 夕方のお茶にしましょう」

 人面鳥の追跡の一件から多少の信頼を得たのか、エレンも今は階下で一家と一緒にお茶にありつく権利を手に入れている。

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