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第七章 ジキル・パークで会いましょう 3

 エドガーの口調は気安く親しげだった。

 エレンは笑って応じかけて、不意にシビルの部屋で見た肖像画を思い出した。



 ――シビルのあの《(しるべ)月長石(ムーンストーン)》を用意したり、ローレル荘の屋根に人面鳥(ハーピィ)を張り付かせていたりしたのは間違いなくトニー・ウィルソンだわ。でも、それがもしこの方の依頼によるものだったら?



 その場合、エドガーはもしかしたら今でもシビル・リヴィングストンを愛しているのかもしれない。



 ――だとしたら、同い年で同じ階級のわたくしに気安く馴れ馴れしく振る舞うのは、決して会えない本当の恋人への愛おしさを紛らわすため? 



 そう勘繰るなり胸が苦しくなった。


「ミス・ディグビー?」

 エドガーが怪訝そうに訊ねる。「どうしたんだ? なにかよっぽど捜査で行き詰まることがあるのか?」


「いえ」

 エレンは慌ててごまかすと、職業的なぎこちない笑顔を拵えて訊ねた。

「ただ、あなたにお訊きしたいことがありますの」

「何だい?」

「――大分昔のことですから、覚えておいでか分かりませんけれど、八年前の聖ヨハネ祭の日に市庁舎(ギルドホール)で開かれた仮面舞踏会には、卿はご参加になっていらっしゃいました?」

 できるかぎり平然と、何の含みもなさそうな口ぶりを装って訊ねる。

 エドガーはわずかに眉を寄せてから即答した。

「出ていないな」


 その答えのあまりの速さにエレンは不審を覚えた。

 八年前のエドガーは二十三歳――大学を卒業して首府近辺で放蕩に耽っていた年頃だ。



「八年前ですわよ? 卿はさぞ多くの舞踏会にご参加なさっていたはず。それなのに、なぜたった一つの舞踏会について、覚書も日記も確かめずに、『出ていない』と即答できますの?」

 エレンが思わず平常心を忘れて猟犬みたいに問い詰めると、エドガーが眉をあげた。

「おや、もしかしてこれ尋問だったのかい? その質問に応えるのは簡単さ。八年前というと一七九六年だろ?」

「ええ、そうなりますわね」

「僕はその年の四月から、家庭教師の監視のもとで大陸に大旅行(グレートジャーニー)に発っているんだ。あの頃はまだ忌々しいルテチアの皇帝僭称者の影も形もない旧き善き時代だったからね」

 エドガーが答えてにやりと笑う。

「どうだい諮問魔術師どの、不在証明(アリバイ)として充分かな?」

「ええ卿、充分ですわー―」

 エレンは軽く顎をあげて気取った声で答えようとしたが、途中で言葉に詰まった。


 嬉しさのためか安堵のためか、いきなり両目から涙が湧き上がってきたのだ。



「え、おいミス・ディグビー、どうしたんだ?」 

 エドガーが慌ててエレンの顔を覗き込む。


 エレンも大慌てて目元を手の甲で拭った。

「いえ、何でもありません。その――ちょっと目に羽虫が入りましたの!」


「羽虫?」

 エドガーが呆れ声を出し、堪えかねたように声を立てて笑った。

「君はどこまでも素直じゃないな! 何が何だか知らないけど、僕にかかりかけていた嫌疑が晴れて嬉しかった。そういうことなんだろ?」


「ええまあ、そういうことですわね」

 エレンが渋々認めると、エドガーは満足そうに頷き、性懲りもなく訊ねてきた。

「で、今は何の捜査をしているんだい?」

「もちろん秘密です」

 エレンは今度こそつんと顎をあげて応えた。



 八年前、エドガーはそもそもタメシスにはいなかったのだ。

 となると、シビルが市庁舎の舞踏会で会った「アントニオ・リカルディ」は、やはりトニー・ウィルソン本人である可能性が高くなった。

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