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第七章 ジキル・パークで会いましょう 1

 混乱したままフォートナム魔術工房をあとにしたエレンは、そのまま徒歩でオールドゲートから市内(シティ)の壁の内へと入り、喧騒に満ちたテンプル・スクエアを抜けて、ブルックストリート通り三番地の魔術師組合の会館(ハウス)へと向かった。


「開け胡麻」


 入口を護る一対の九フィート丈の古色蒼然たる甲冑型の自動機械人(オートマタ)形に、331年前から変わらない古色蒼然たる合言葉を告げると、X形に組み合わされた槍の柄があがって、後ろの黒い大扉が自動的に開いてゆく。


 入れば中はわりと普通の玄関広間だ。

 白と薔薇色の大理石張りで、正面に階段がある。

 そこにいた数名の魔術師たち――みな中年の男性だ――が、エレンの姿を目にするなりぎょっとしたように目を見開き、ややあって、心許なそうに訊ねてくる。


「ええと――お嬢さん? ここはタメシス魔術師組合の会館ですよ?」

「ええ、勿論弁えていますわ」と、エレンは、顔だけは一応見知っている魔術師相手に職業的な笑顔を向けた。「わたくし、セルカークのエレン・ディグビーと申します。タメシス警視庁任命の諮問魔術師です」

「あ、なんだ、ミス・ディグビーでしたか! ――その服装はお仕事関係の変装で? 今度はどんな事件の捜査を?」

「勿論秘密ですわ。少々調べ物がありますの。失礼いたしますね」


 階段を上がり、正面の扉のグリフィンを象った黄金のノッカーの頭を撫でる。

「レオン、組合長はいらっしゃる? わたくしはエレン・ディグビーよ」

 名乗りながら指を介して微細な魔力を流し込むと、グリフィンが口を開いて男の声で答える。

「入られよレディ」


 扉の先はごく普通の事務所のような部屋だ。

 窓の前に大きな書類机が置かれて、ゴージャスな金褐色の巻き毛の古典彫刻みたいな美男子が熱心に書類仕事をしている。


「失礼いたしますサー」

 エレンが声をかけると、タメシス魔術師組合の若きーーようやく三十半ばの――組合長、サー・フレデリック・エルフィンストーンが顔をあげ、鮮やかなブルーの目を細めて笑った。

「やあミス・ディグビー。珍しい服装だね」

「似合います?」

「そのブラウスはとてもいいね。今日はどうしたんだい?」

「会員名簿の原本の確認をさせてください。それから、アントニオ・リカルディという魔術師をご存じですか? 八年ほど前にタメシスに来ていたロマニア人のようなのですけれど」

「リカルディ? 聞いたことがないなあ。名簿は好きに確かめるといい」と、鍵付きの引出しから黒い表紙のノートを無造作に渡してくれる。「居間を使いなさい。何か飲み物を支度させようか?」

「いえ結構です。ありがとうございます」

 隣接する小ぢんまりした居間を借りて会員名簿を確かめる。


 捜す名はすぐに見つかった。



 トニー・ウィルソン

 1803年12月加盟


・タメシス出身。

・1790年から1795年まで自動機械人形職人レオン・フォートナムの工房で修行。

・1795年、市庁舎(ギルドホール)の儀典長の助手として就職。

・1796年、ロマニアに渡航して修行、1803年コルレオン戦役のために帰国。独立職人(ジャーニイマン)としてフォートナム工房に雇用される。


人面鳥(ハーピィ)を使役する。



「これは――」

 エレンは思わず声を出していた。


 経歴を見れば一目瞭然、八年前――一七九六年に市庁舎のパーティーでシビルが出会った「魔術師」は間違いなくトニー・ウィルソンだ。


 しかし、あのシビルの素描は?

 あの画に描かれていた「アントニオ・リカルディ」は、不器量で誠実そうなトニー・ウィルソンとは全く似ていなかった。

 ウィルソンが今《目晦まし》を使っていないのは確かだ。



そうなると――



「……――可能性は二つね」


 エレンはまた声に出して呟いていた。

 背中がピリリと痛むような緊張を感じていた。

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