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第六章 フォートナム魔術工房 1

 アルマとエセルとミセス・ロングフェローにまで、「アントニオ・リカルディはまともではない!」と強弁されたシビルは、大人たちに集団でしかられた少女みたいに項垂れて黙り込んでしまった。

 その肩を妹のエセルが、まるで面倒見のいい姉さんみたいに抱いて囁く。

「ね、シビル。ひとまず部屋に戻りましょう。あなた疲れているのよ」

「大丈夫よエセル。――ごめんなさいね。わたくしの問題であなたには迷惑ばかりかけている」

「何を言っているの――」

 そのとき、扉のあいたままだった正面玄関から、赤く輝く火蜥蜴はまっすぐに飛び込んできた。


「ヒイイイイ! ま、また何か来おった!」と、厩番が悲鳴をあげる。


「大丈夫よサム! わたくしの契約魔です!」

 エレンは慌ててとりなすと、右腕を伸ばしながら訊ねた。


「サラ、追跡の結果は?」

「すまんエレン、取り逃がした」

「どういうこと?」

「彼奴め、鳥どもに紛れて公園(パーク)の木立のなかに紛れおった。おそらくいずこかの木の洞にでも隠れて、また鳥どもが飛び立つとき、改めて飛び立つつもりじゃろう。儂と違って体が輝くわけではないからのう」

「じゃ、人面鳥(ハーピィ)は今もジキル・パーク内にいるのね?」

「そういうことじゃ」

「そこまで分かれば十分だわ。ありがとうサラ。助かったわ」

「なんの。いつでも呼べ」

 火蜥蜴はポッと小さな焔の粒を吐いて、いつのまにか暗んでいた玄関広間のシャンデリアの蝋燭に火を燈してから、エレンの掌越しにどこかへと消えていった。



「ミス・エレンーー」

 火蜥蜴が消えきるのを待って、老アルマが怯えた声で呼ぶ。

「この邸は安全なんだろうね? あなたがきちんと守ってくれるんだろうね?」

「ええミセス・リヴィングストン」と、エレンは職業的な――怖がる顧客を安心させるための余裕に充ちてみえる笑顔を拵えて頷いた。「必ずお守りしますとも。翼もつ焔の伴侶たるエレン・ディグビーの名にかけてね」

「だけどミス・エレン」と、思いがけず、シビルがか細い声を挟んでくる。「アントニオはわたくしを害したりしないわ。絶対にそれだけはない」

「ええ。勿論分かっていますわ」

 エレンはとりあえずそう答え、一同の視線を意識しながら、見えない人型を抱くようにして両手を広げた。



空気精霊(エアリアル)。わが魔力(グラマー)を与える。夜明けまで顕現しなさい」


 途端、エレンの腕のあいだから、爽やかな月桂樹と似た濃い薫りが立ち昇り、エレンの耳元のおくれ毛を巻き上げながら微風が慄いた。



 ――お呼びか女主人(ミストレス)……



 ビブラートのかかったヴィオラのような微かな声が響く。


「ええ。この丘地のすぐ南、壁に囲まれた公園の木立のなかから、風の性の幻獣たる真紅の人面鳥を捜し出しなさい。そしてその鳥が帰る場所に――」

 と、エレンは一瞬躊躇ってから、自分自身のストロベリーブロンドを一本引き抜いて、腕のなかで渦巻く薫り高い風の中央へと差し入れた。

「この髪を置いてくること」



 ――承った……



 再び耳元でビブラートのかかった声が震えたかと思うと、腕のなかの風の渦巻きが力を増し、季節外れの月桂樹めいた芳香を振りまきながら、一陣の疾風となって玄関から外へと滑り出ていった。


 空気精霊はその日の真夜中近く、エレンの部屋の窓ガラスをガタガタと震わせて戻ってきた。

 窓を開けるなり、月桂樹めいた芳香を宿した風が吹き込み、耳元で声が震える。



 --髪を置いてきた。森の南西。円い壁の東の門のそば――



「ご苦労様。助かったわ」

 告げるなり風が止む。

 空気精霊が消滅したのだ。


「円い壁……ね」

 エレンは窓を開けたまま顎に手を当てて呟いた。


 公園(パーク)の南西の円い壁といったら考えるまでもない。

 大タメシス行政区の中心にして市庁舎(ギルドホール)の所在地、タメシス市内(シティ)の壁だ。

 東の門はオールドゲート。


 人面鳥の使役者は随分と近くに潜んでいたらしい。


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