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第五章 屋根の上の番人 4

「――サラ、すぐに追って頂戴!」

 頼みながら窓を押し上げるなり、火蜥蜴が「引き受けよう」と応じて、小さな赤い弾丸みたいに外へと飛び出していった。


 エレンは顔面蒼白のエセルに伴われて階下へと急いだ。


 正面玄関の大扉が開いて、玄関広間のシャンデリアの下に七人もの人がいる。

 アルマとシビル、ミセス・ロングフェロー。二人のメイド、それに厩番のサムと、さっき出ていったばかりのミセス・ウォリスだ。


 人の環の中心にいるのはミセス・ウォリスだった。

 ひどく怯えた面持ちで、案じ顔の厩番に体を支えられている。


「皆さまどうなさったの!」

 エレンが階段から降りていくなり、ミセス・ウォリスが縋りつくように叫んだ。


「ミス・ディグビー、屋根に何かがおったんです! あっちのあの、西側の煙突のあいだから、あたしが外に出た途端、パッと何かが飛び立って、キエーーって怪物(モンスター)みたいな声をあげて! そしたらお邸の周りの木から一斉に鳥が飛び立って、真っ黒い雲みたいになって公園(パーク)のほうに飛んでいっちまったんです! サム、サム、あんたも見たよねえ!?」

「ああ、見たともロバータ。ちっと落ち着けって。大奥様がいらっしゃるんだぞ?」

 厩番のサムが気安い口調で宥める。

 アルマ大奥様が険しい目つきでエレンを見あげてくる。


「諮問魔術師どの、これはどういう事態ですの? あなたは一体わたくしどもの邸に何を連れてきたのです?」

「お言葉ながらミセス・リヴィングストン」と、エレンは職業的な冷静さで答えた。「この事態のきっかけは、なるほどわたくしがお宅のお屋根に、念のための見張りとして契約魔を上らせようとしたことですが、飛び立った怪物はわたくしとは無関係ですわ。契約魔が目視したところでは、真紅の羽の人面鳥(ハーピィ)だったとか」

 その言葉を口にした途端、アルマの背後でガタリと音がした。


 見れば、シビルが、今にも失神寸前といった風情でよろめいて、暖炉の傍らのサイドテーブルに縋りついたところだった。妹のエセルが顔色を変えて駆け寄る。

「シビル、しっかりして! ルイーズ、気付け薬を!」

「はいミス・エセル!」

 メイドがマントルピースの上からカットグラスの繊細な小瓶をとって蓋を開けるなり、鼻をツンと刺激する松精油(ターペンタイン)の刺激臭が漂ってきた。

 気付け薬には通常アンモニアが使われるものだが、この邸では画材にも用いる松精油を使っているらしい。


「シビル、シビルしっかりして」

 エセルが華奢な姉の胴を左腕で抱くようにして鼻先に小瓶を寄せる。

 シビルは眉間に皴をよせて呻いてから、ようやくに体勢を整え直した。

「大丈夫よエセル。ありがとう。そこのソファに座らせてくれる?」

 エセルが――大事な精巧なお人形を扱うみたいな手つきで――姉の体をソファに安置する。


 シビルがぐったりと背もたれに身を任せたところを見計らって、アルマが不審そうに訊ねた。

「シビル、人面鳥がどうしたのかい?」

「――あの人の使い魔ですわ」と、シビルは細い声で答え、やおらヴェール付きの帽子を外すと、赤い入日の射しこむ玄関の外へと食い入るような視線を向けた。

「思ったとおり、あの人は近くにいるんだわ。今もずっと近くから、私が何をしているのかを見守っているんだわ」


 その言葉に色を失ったのはミセス・ロングフェローだった。

「ミス・リヴィングストン、そのあの人というのは、例のロマニア人魔術師のこと?」

「ええ、そうよ。わたくしのアントニオよ」と、シビルが待ちわびていた援軍を得た指揮官みたいな自信に満ちた声で答える。


 傍のエセルが口元に手を当てる。

「シビルーー」


「じゃ、その男は、夜も昼もひそかに屋根のうえに使い魔をおいて、お前がどう暮らしているかを監視していたのかい?」と、老アルマが怖ろしげに訊ねる。「それはどう考えたって普通ではないよ」


 老アルマの言うことは逐一癇に障るものの、その点に関してはエレンも完全に同感だった。

 

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