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第五章 屋根の上の番人 3

 ミセス・ウォリスが出ていったあとで、エレンは手早くもうひとつのサンドイッチーーこっちはプラムジャムが挟んであったーーとブランマンジェを大急ぎで平らげ、食器を外に出してから、右手を広げて呼んだ。


「サラ、出てきて頂戴。頼みたいことがあるの」


 途端、掌の上に淡金色の光の柱が立ち昇って紅玉(ルビー)みたいな火蜥蜴(サラマンダー)が顕現する。


「なんじゃエレン。今度は火消しか?」

「いいえ。ちょっとした監視よ。今すぐに暖炉の煙突から外に出て、後庭側の西から二番目の煙突から入って、二階の東側の部屋の暖炉で、その部屋に住んでいる人物を監視してもらいたいの。――彼女なのか彼なのか、それを見極めたい」

「ふむ。その何やらが《目晦ましの魔術》を用いているのじゃな? ご婦人ばかりの所帯に身を窶した男が忍び込むなど実にけしからん。任せろエレン。そうした不届きな輩は儂が必ずひっとらえてやるゆえの」

「待って待ってサラ、捕縛まではしなくていいのよ。とにかく監視をお願い」

 未婚の若いご婦人の素行に関しては保守的な大叔父さんみたいに頭の固い火蜥蜴はしばらくブツブツいっていたものの、

「急いでってばサラ! あなたが屋根で目立たずにいられるのは入日が射しているあいだだけでしょ? 今回は極秘の仕事なの。この家のお嬢さんの名誉に関わるのよ」

 と、エレンが両手を組み合わせて言い募ると、「分かった分かった」と首を振りつつ暖炉に飛び込んでいった。

 監視先はもちろんミセス・麝香(ムスク)ことミセス・イライザ・ロングフェローの私室だ。



 ――彼女がもし《彼》だったとしたら……本当の姿はスタンレー卿と似ている、のかしら?



 それとも、「魔術師アントニオ・リカルディ」はやはりエドガーの偽名で、個人雇いの魔術師が彼に使われているのだろうか?



 ――もしそうだとしたら、スタンレー卿は今もシビル・リヴィングストンを愛していて、彼女がアルマン人の亡命貴族と結婚するのを何としても阻止したと思っている――ということ?



 そう思うなりむしゃくしゃした。



 ――ありえないわ。ありえない。わたくしの考え過ぎよ。



 自分自身にそう言い聞かせようとしても、頭の中に次々と不本意な想像が浮かんできてしまう。



 --そもそも、あの方はどうして今もって独身で、婚約者一人いらっしゃらないのかしら? もしかして、御父君が亡くなって爵位を継いだ暁にはシビルを迎えようと思って? だからわざわざ放蕩者のふりをいまだに続けているのかしら……



 考えれば考えるほど、なんだかその予想が当たっているような気がしてきてしまう。


 エレンははーッとため息をつくと、気分を変えようと、愛用のワインレッドの革表紙のノートを開いて、今のところ分かっている情報を時系列順にまとめることにした。


 そのとき、家の外の屋根の上のほうから、キェエエエエエ――ッと凄まじく甲高い何かの鳴き声が響いたかと思うと、邸の周囲から一斉に鳥の群れが羽ばたくような音がした。



「え、何? 何事?」

 


 エレンが思わず立ち上がったとき、火の入らない小さい暖炉の開口部から、赤く輝く火蜥蜴が焔の弾丸みたいに飛び出しながら叫んだ。


「エレンよ、屋根に先客がおったぞ! 真紅の人面鳥(ハーピィ)じゃ! 追うならば今すぐ――」

 サラがそこまで口にしたとき、廊下側のドアが外から乱暴に叩かれ、エレンが返事をする前に開けられたかと思うと、真っ青な顔をしたエセルが駆け込んできた。


「ミス・エレン、すぐに階下(した)に来て! 屋根に何かがいたの!」


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