エ☬レ¶℄ーター
「高校生にもなってエスカレーターとエレベーターの区別もつかないとか…」
「エ…なんとかで始まってレーターだかベーターだかで終わるし、カタカナで言葉の意味自体は分かんないし、、むずくない?咄嗟には出ないよ。」
「いやいや、しっかり考えた上で間違ってたじゃん。」
「うるさい!うるさい!レタスとキャベツとか、カリフラワーとブロッコリーとか皆分かってないでしょ?」
「分かるわ!そんなん。見た目から食感から何もかも違うじゃん。」
「マジで???でも区別がついてないっていう俺の方が多数派だと思うよ。分かる方が稀だって~」
「うんにゃ。今日び小学1年生でも間違えん。」
「またまた~。あ、でも醤油とソースの違いは俺分かるよ。」
「そんなん分かるかっ!どっちも真っ黒な液体じゃん。味が違うとかふざけた事を言うなよ。あと、入れてる容器で見分けてるとか下らない事もな。」
「………」
「図星かっ!」
ド田舎にある高校の1年生。夏休み期間中の全員参加である補習の休み時間、中学からの友人と男2人で駄弁る。先週、3階建てのショッピングモールが近場で完成し、一時の賑わいを見せていたからだ。1~3階の階層の移動にエスカレーター、エレベーター、階段を選べるのだが、何しろ田舎。エスカレーターとエレベーターに乗るのが初めてという人も多くいた。何を隠そうこの男子2人もそう。これまでの人生でエスカレーターとエレベーターに乗ったことが無かったのだ。都会(?)にあるのだという噂に聞いていたエスカレーターとエレベーターの話をしていた。
「私も!私も!エスカレーターとエレベーターに乗った事無いよ~。2人はあのショッピングモールに行くの?」
「「あっ、、月島さん。」」
男子2人で話していたところにクラスの人気者である月島さんが話しかけてきた。マドンナというとイメージではない。見た目はころころしていてちんちくりん。おそらく身長は140cm程しかないがとても可愛らしく、何せコミュ力お化け。相手が陰キャだろうが、陽キャだろうが、ヤンキーだろうが、生活指導の怖い先生であろうが、態度を変えずに懐に飛び込み積極的に話しかけ誰にでも好かれる。見た目も相まってクラス皆の妹系ヒロインだ。
「私もまだショッピングモールに行った事無くてさ~。女子茶道部のマネージャーの用事で明日、土曜日にショッピングモールに買い出しに行こうとしてたんだよね。」
「そうなの?俺達2人も明日初めてショッピングモール行こうって言ってて…さ。な?」
「うん。偶然。ほんと偶然にも明日ね。まぁ特に用事っていう用事は無いんだけど。」
「え!?そうだったの?じゃあさ~…この3人で一緒に行こうよ!なんか一人で行くの怖かったからちょうど良かった~!」
「「えぇっ!」」
「あれ?駄目だった?」
「「いいよ!いいよ!全然いいよ!」」
女子茶道部のマネージャーというパワーワードや、一人で行くの怖いという謎の発言が吹っ飛ぶぐらいに思春期男子2人には衝撃的な展開。間もなくチャイムが鳴って授業が始まったのだが、直前に月島さんと連絡先を交換した男子2人は授業の内容が全く頭に入って来なかった。そして夜に月島さんから2人に連絡があり翌日の待ち合わせ場所と時刻を決める
そして翌日
待ち合わせ場所はショッピングモールではなくそこから少し離れた本屋。月島さんがメッセージで言うには
「せっかく3人とも初めて行くんだから近づいていく時の景色っていうか、大きさっていうのかな?その雰囲気を感じておきたくない?」
…うん?うーん。まぁ、、、分からないでも無い。
クラスの休み時間では目立ちたいから2人で少し大きめの声で会話しガハハと笑う反面、クラスがやや静まると恥ずかしいからとボリュームを落としてこそこそ会話をする思春期の男子2人。月島さんがグループに加わると何が起こるかは火を見るより明らかである。借りてきた猫のように静かに、唯々諾々と月島さんの提案に従うのだ。ただ2人はまんざらでもない。夏休み中に月島さんに会えることやその私服を見れる事でテンションが上がっていた。
「お待たせ~!!」
月島さんは学校指定のジャージで来た。そういえば部活の買い出しと言っていたな…。家にある中でも一番気合の入った服を着てきた男子2人は少し恥ずかしくなった。
「へ~。二人とも私服はかっこいい感じなんだね~。いいじゃ~ん。」
「「えへへ。」」
陰キャ男子なんて単純なものである。そして特に本屋に用事があった訳ではないので早速ショッピングモールに向けて3人で歩き出す。
「夏休み最後に模試があるじゃん?2人は勉強してる~?」
「え?あ、うーん、、あんまりしてないかな。」
「うん。俺も。過去問とか解いてみたけど中学までとは難易度全然違い過ぎて手が出ないっていうか…」
月島さんはこちらを振り返りながら背が低いので上目遣いで男子2人に話題をふってくる。模試のこと、部活のこと、クラスのこと、何だか男子2人は月島さんの手の上で転がされているようで楽しみつつも少し情けなくなってきた。
「お~~~~っ!!」
角を曲がるとショッピングモールが50m程先に見えた。
「高いね~。飛び降りたら死んじゃう建物がとうとう我が町にやってきたのか~。」
「月島さん、怖い怖い怖い!」
「あっはっは。やっぱり月島さんは面白いね。」
特に会話が止まって気まずくなるような事は無く3人はやり取りを続ける。確実に月島さんのMC力によるものではあるが男子2人は非常に楽しめていた。
3人で足並み揃えてショッピングモールに入場する。これまでの肌にまとわりついていた熱気は一転。ショッピングモールの境界をまたぐとエアコンががんがんきいていてとても涼しくて世界が変わる。
「学校のエアコンもこれくらいしっかり効いてくれればいいんだけどね~?」
「だよね。送風しかしてないんじゃないかと思う時あるよね。」
「しかも雨の日とか臭っさい風が出てくる時あるしね。」
「分かりみ~。業者とか呼んで掃除とかしてくれないかな~?」
汗は一気にひき、興味は店内の内装に移る。1階からして10店舗以上が入っているようで案内板の前で3人は店の場所を確認する。その地点はエアコンの涼しい風が当たるように設計されているのか、体に溜まっていた熱すら吹き飛ぶ。
「あ~。天国ってここにあったのね。もう一回学校に戻らないといけないとか考えたくない~!」
「月島さんは部活の買い出しだっけ?急いで学校に戻らないといけないの?」
「ううん。部室が開いてる間に戻れればいいから、、えっと結構のんびりできるよ?3人でプリでも撮る?」
プリクラ。陽キャの友人。ゲームセンター(コーナー)。お金。の必要なリア充(偏見)が行なう行為など、男子2人は当然…未経験である。月島さんは先ほどの案内版で場所の確認を終えたのかスタスタと先を進む。男子2人はその後を追いかける。
「ここのモールにはゲームコーナーは入ってないんだけど、証明写真撮れる所の横にプリ機あるらしいんだよね~。」
月島さんが後ろにいる2人に話しかける。月島さんもここに来るのは初めてだと言っていたが、確か月島さんには社会人のお姉さんがいたはずなので、お姉さんから聞いていたんだろうなと男子2人は思った。そして本当に人生初のプリクラを月島さんと撮れるのか、粗相しないかとドキドキしていた。
1階に入っている食料品スーパーを横目で見ながら左に曲がり、モールがいくつか入っている通路を進む。ペットショップや服屋、美容院、アイスクリーム店など色々なお店が入っている。
「あったあった!ほら証明写真のすぐ隣にプリ機!」
証明写真が撮ることができるシンプルな筐体のすぐ隣に3倍ぐらいある大きさのプリクラの筐体がある。西口の出入口も近いので、誰かが自動ドアを開けるたびに生暖かい空気を感じる。
「プリクラの料金は…えっと、475円だって。一人当たり…えっと、、160円ね。」
「「はーい。」」
何でそんなに中途半端なのかと男子2人は首を傾げるが、月島さんは特に気にしていないようだ。男子2人がこそこそと話す。
「なぁこういう筐体って普通400円とか500円とかキリの良い金額にするもんじゃないの?」
「いや…分かんない。こんなの初めてだし。」
「だって消費税の10%で小銭になってるとしたら432円に10%で475円だぜ。意味不明だろ?8%だった時は440円に8%で475円だけど、何で軽減税率なんだよ。」
「プリクラの消費税ってそもそもあんまり意味分かんないけどな。それと…お前、計算早いな。俺は、、、全然良いんだけど、月島さんが5円得する事が引っかかったけどな。」
「こら!ちょっと男子。こそこそ喋ってないで中入って来て!」
「「はいーっ!」」
ガコン
撮影したシートが排出されて、その出来を確認する。男子2人は硬い笑顔で全カットで証明写真感が拭えない。一方で月島さんは撮られ慣れているようで、画面のセンターではっちゃけたポーズを取っている。目をギュッとつむりタコのように唇を突き出しているカットや、ウインクしながらアゴにピースを置くカット、白目を剝いて変なポーズをしているカットでさえ男子2人にはとても可愛らしいと感じられた。
月島さんはその場で裁縫用の小さなハサミでプリクラのシートを切って、どれが良い?とそれぞれに配る。
「じゃ次の目的地に行こうか!」
「あ、月島さんは買い出しに来たんだっけ?茶道部ので使う何を買いに来たの?」
「え?そうだっけ?あ、、、忘れてた!私買い出しに来てたんだった!」
「はははは。月島さん、それ忘れちゃ駄目だよ。…となると、次の目的地って?どこを考えてたの?」
「それは勿論!…………エスカレーター!」
月島さんが右手を上げてエスカレーターを指さしながら歩き始める。
「ふふっ。タダで乗り放題のアトラクションね。そうそう。あとね、、ここのエスカレーターにはある噂があってね。」
「「噂?」」
「うん。エスカレーターである事をすると裏面にいけるんだって。」
先週オープンしたショッピングモールのエスカレーターに噂があるとは早すぎないだろうか?しかもよく意味が分からない。裏面の意味も分からず男子2人の頭に?が浮かぶ。
「ここ!ここ!」
「「おー。」」
エスカレーターが小さく【ぶーーんガタンガタン】と音を鳴らしながら2階に向かって自動で階段を形作りながら昇っている。直感的にどのように利用すればよいかは初めてであっても分かる。
「じゃまずは普通に乗ってみようか!」
普通に乗る以外に何があるのかと考えながら男子2人はうなずく。
月島さんは
「押すなよ?絶対に押すなよ?」
とふざけている。
「いやいや、危ないから本当に押さないからね。」
「ちょっと最初の一歩怖いな。乗ったらこけないかな?」
「あはは。手すりもあるし大丈夫でしょ。」
月島さんがぴょんと一歩踏み出し、男子2人も遅れる訳にはいかないとほぼ同時に乗り込む。
「「「おーーっ」」」
乗っている足場が自然と階段の形になりそのまま2階へと連れて行ってくれる。
「いいねこれ!自宅に欲しい!」
「電気代馬鹿みたいにかかりそうだけどね。」
「使う時だけならそんなにかかんないんじゃない?」
「今はショッピングモールの中でBGMとか音楽流れてるからいいけど、家だと轟音なんじゃない?」
無事にエスカレーターに乗れた3人ではあるが2階部分でエスカレーターから降りるという次なる試練に不安が迫る。
「動いてる階段から飛び降りるのちょっと怖いよね。ボーっとしてたら服とか足が機械に巻き込まれるかもしれないし…」
月島さんがそう言った事で男子2人も急に怖くなる。
とは言っても現役の高校生。難なく降りられ3人は初エスカレーターの感想を述べていた。
「上の方まで上がった時に1階の店舗を高い視点で見渡せるの良いよね。」
「あぁ。言われてみたら確かに。」
「ドキドキしててあんまり回り見て無かった…」
「うふふ。今日は私の奢りだから乗り放題だよ!」
「あはは。」
「あ、そういえば月島さんが言ってたエスカレーターの噂ってのは何だったの?」
「それはね~。まだ内緒!先にエレベーターに乗ろうよ。2階から1階に降りてみよう!」
「「了解!」」
そして2階のモールに入っている百均や文房具屋、本屋、ゲームショップなどに少し入りながらエレベーターの前に着く。エレベーターは2階に止まっておらず上部の電光では1階と表示されている。
「え!?これ△と▽あるけどどっち押せばいいの?エレベーターがたぶん1階にあるから△で持ち上げるの?それとも私達が下に行きたいから▽?」
「えー…分かんない。」
「エレベーターを呼びたいだけなら矢印いらないはずだから、上か下どっちに行きたいかじゃないの?」
「うわ!賢っ!きっとそうだよ。じゃ1階に降りたいから▽ボタン押してみるね。ポチッとな!」
月島さんが短い人差し指で▽ボタンを押すと、LEDが付き押されたと見て分かる。
「あ、、何となく△と▽を上と下の矢印だと思ってたけど違ってたらどうしよう。あなたの体型はどっちですか?だったりして…??」
「ははは。ここで体型を洋ナシかマッチョか申告する意味分かんないけどね。」
「そういえば、体重制限はあるよね?3人一緒に乗れたりするのかな?」
すると上部の電光が2に変わり、エレベーターのドアが左右に開く。誰も乗っていないことが幸か不幸か。使い方を観察する事ができない。
「早く乗ろう!ドアに挟まれたら死んじゃう死んじゃう!」
「そんな恐ろしい乗り物が日本中あちこちにあったら怖いけどね。」
とは言うもののやはり分厚い自動のドアに挟まれることを想像すると怖いので速足でエレベーターに乗り込む。そして①②③と開ける、閉めるのボタン。③階は確か駐車場だったはず。10秒程すると勝手に自動ドアが締まり、3人はビクッとする。
「閉まるボタンあったから、押したら閉まるのかと思ってたけど、時間が経っても勝手に閉まるんだね。ビックリした!」
「うん。やっぱり試してみないと気付かない事ってあるよね。」
「じゃ、①のボタン押してみるけど、、、押してみたいって希望はある?」
「「いいよいいよ。月島さんが押して。」」
「うふふ。ありがとう。じゃ、、ポチっとな!」
月島さんが①のボタンを強く押し込むと、ガタンと少し揺れた後に下に降り、少し内臓が浮く感覚があった。そしてすぐにチーンと音がしてからドアが自動で開く。先ほど乗り込んだ時と同様に、降りる時も自動で閉まる事が予想できたので3人は開くや否やドアの外にささっと移動した。
「うん。ちょっと浮遊感あったね!エレベーターの方が移動そのものは早かったけど、来るの待ってる時間は長かったからエスカレーターの勝利かな!?」
「1階層とか2階層分の移動だとエスカレーターの方が良いかもね。でも3階層以上を移動するならエレベーターの方が一気に行けて良いかも。」
「確かに!でも人がいっぱいいたらエレベーターは乗れるまでの時間がかかったり、乗ったり降りたりが難しそうでまた違ってくるかもねー。」
男子2人だけであったならばエスカレーターもエレベーターも道中をほぼほぼ無言で冷めた感想しか言っていなかったのかもしれない。やっている事はただの移動なのである。しかし、月島さんがいるだけで大した事の無いやり取りも忘れられない行事に変わった。今日も、そしてこれからもこういう付き合いがずっと続いていて欲しいが月島さんは皆の月島さんである。明日以降を思い男子2人はもうすでに少し寂しくなってきていた。
「じゃ、こっから2周目だね!」
「ははは。月島さんが楽しめてそうで何よりだよ。」
「うん。噂の検証も残ってるし。エスカレーターに行こう!」
月島さんが1階エスカレーターに向けて歩き出すので、当然のように男子2人も後を追う。
「あぁ。そういえばさっきそんな事言ってたよね。誰から聞いたどんな噂なの?」
「うん。℄☬✇¶から聞いたんだよ。裏面に行けるってやつ。」
「「ん??何て??」」
「℄☬✇¶だよ。なんかね、エスカレーターに乗ってから前半で正面を向きながら後ろに2段降りて、エスカレーターの後半で2段昇って、そのまま両脚を揃えたまま目を瞑っていると裏面に行けるんだって。」
「うん??名前は海外の方かな?よく分からなかったけど、最後に目を瞑るの危なくない??」
「だよね。ちょっと怖いけどここまで来たんだから試してみようと思う!最初2人は下で見ててよ。人が来てない時を狙って私がやってみるからさ!」
「「あ、うん。」」
男子2人は裏面なるものの意味も分からないので不思議な現象が起こるという話を当然信じられない。月島さんが2階に上がったところでつんのめってこけてしまわないかは心配であったが1階から見ていてと言われては了承するしかなかった。
「じゃ行ってくるね。私、声掛けられても振り返れないからね。見守っててね♡」
「「お、おう。」」
幸いエスカレーターを利用しそうな人も含めて周りに人がいないタイミングであったので、月島さんが先ほどと同様にエスカレーターにぴょんと飛び乗り上がっていく。その様子を男子2人が下から見上げて
「何か下で見ててって言われたけど変態ぽくない…?」
「うーん、、まぁいいんじゃね。…あ、2段下がった。」
「先に上に行って待ってた方が良かった気がするけどな。まぁ別にどっちでもいっか、お、2段上がった。そろそろか。」
月島さんの体が2階に運ばれエスカレーターから降りるというタイミング。背後からでは分からないが今はたぶん目を瞑っているのだろう。そして到着するというタイミング。月島さんの体が消えた。
「「…………………ん”ん”ん”っ!!??」」
角度的に見えなくなったとかでは無い。驚かせるために急いでしゃがんだとかそういう感じでもない。動画編集で雑に繋いだかのようにパッと消えたのだ。そのわずか2,3秒後に
「おーーーーい!!」
月島さんの声が聞こえる。男子2人は辺りを見渡す。すると1階のエスカレーターの反対側、はるか20m程後ろから月島さんが走ってやってきた。
「いやいや!!!絶対にあり得ないって」
「これが裏面効果ってやつ!?」
月島さんが近くまでやってきて
「どうだった??」
と聞く。男子2人は月島さんがエスカレーターで2階に到達したと同時に消えたこと。ほんの少し後に1階の後ろ側から走ってやってきたことを興奮しながら月島さんに伝えた。
「へー。2人からはそういう風に見えてたんだ。私は裏面に行ってたんだよ。エスカレーターで2階に着く時に足裏にちょっとガクンってつんのめる感じがした瞬間に目を開けたら、色が反転してる世界!エスカレーターの下りに乗ってたんだ。凄い不思議な世界だったよ!周りはほとんどが真っ暗だったんだけど、辺りを照らす真っ暗っていうかね。その暗さのおかげでものの輪郭がはっきりしてる感じかな?少し離れたところに3人か4人ぐらい人がいたけど声を掛けるにはかなり遠かったからね~。で、2人を待たせちゃいけないから出口みたいなところを探してたの。一応案内板の表示のところに行ったら、何か所かに出口って書いてあるところがあったのね。それでエスカレーターに程近いところの出口ってドアを開けたらここに帰ってこられたの。時間にしたら5分くらいだったと思うけど、一瞬だったの?ヤバ!」
ゲームのバグのように裏面に行けたのだと言う月島さん。時間の進み方が違う点、色が反転(?)している点、裏側に人がいた点などいくつか不思議な事があるが男子2人もその不思議現象を試してみて、誰か(家族)に自慢してみたい!と思った。
「次、俺やってみる!」
「え?先やりたい」
じゃんけんで先に行く方を決めて2人は順に何度か試してみたが、、、うまく行く事はなかった。
「あれだよ。きっと賢い人には行けない裏面なんだよ!」
「いや、、俺達の学力はお察しなんだけど…」
「………ごめん」
「「あぁ!謝らないで!余計みじめになる!」」
「あはは。冗談冗談!面白いね。でも大丈夫!」
「「ん?」」
「エレベーターの方にも裏面に行ける裏技あるよ!」
「「マジ!?」」
先週オープンしたはずであるのに攻略班が優秀過ぎる。まぁ攻略班なんてものがあるのかどうかは知らないのだが、エレベーターに3人で歩いて向かいながら、どのように裏面に行けるのかを月島さんに尋ねてみる。
「こっちはエスカレーターより安全と言えば安全かな。なんかね。1階から乗り込んでから左奥で目を瞑って待機するんだって。1分ぐらいで地面をすり抜けて下に、、、裏面に行けるんだって!」
「「おー!」」
エスカレーターの方では2階部分で何度かこけそうになったが、エレベーターでは待機しているだけで良いらしい。ただこれは他の客が乗ってきた時の社会的ダメージが大きい気がする。階層のボタンを押さずに壁際で何やってんだと…。まぁ3人いるからそこは大丈夫か。
「じゃ私からやってみるね!」
月島さんから試してみる。今回は3人で乗り込んでも問題が無いのだそうだ。すでに1階に止まっていたエレベーターのドアを開けて3人は乗り込み、月島さんが左奥に行き目を瞑っている。少し経ち自動でドアが閉まる。ボタンの操作をしなければエレベーターは移動をしないようだ。男子2人は何だか会話することが憚られ、じっと月島さんの方を眺める。1分はゆうに超えて2分近く経ったかと思われる頃、パッと目の前の月島さんが消える。
「「うわっ!!!!」」
先ほどのエスカレーターと異なり密室で目の前から消えた事に男子2人はただただ驚く。
「マジか!?」
「実はちょっとドッキリか何かを疑ってたけど、これは無いわ!」
するとボタンの類は押していないのだがエレベーターがガクンと少し揺れて動き出す。上に向かっているらしい。
「あれ?他の客かな?」
「上の階でエレベーターを呼んだ人がいるのかな?」
「じゃじゃじゃじゃーーーん!」
3階に到着してドアが開くとそこには月島さんが得意気に立って、プリクラの時のようにポーズを決めていた。か、かわいい。じゃなくて、凄い!他に客が乗っている可能性を考えていない!
「すげーー!」
「今回はどうだったの??」
月島さんはエレベーターに乗り込み1階のボタンを押しながら説明してくれる。
「えっとねぇ。左奥で目を瞑ってしばらくしてから、体が一瞬だけ落ちていく浮遊感があったの。で目を開いてみるとまた色の反転した世界の中のエレベーターに乗っていてね。またまた裏面に到達ね!そのエレベーターの中では2人はいなかったの。開けるボタンを押して外に出てみるとやっぱり色の反転した不思議な空間よ。このショッピングモールの1階に酷似してるんだけど何か違うのよね。あ!そうそうまたまた遠目で何人かがいたんだけど、さっきとは雰囲気が違う人だったわ。少し進んで試しにエスカレーターに乗ろうと思ってみたら下りしかないのよね。更に下にいけるのかな?と思って降りて、降りて、、、
すると目の前に出口があったから出てみたら、こっちの世界の3階にいて…。何だかよく分からなかったけど近くにエレベーターがあったから2人がたぶん乗ってるだろうと思って3階に呼んでみたの!」
月島さんの話からすると裏面とやらは上下が反転しているのだろうか?1階部分から2階層分降りると3階にいるという不思議さ。また向こうの世界にまた人がいるという現象。男子2人も実際に体験してみようと1階から月島さんと同じように何度もやってみたのだが裏面に行ける事は無かった。
「あはは。やっぱり何かの条件があるのかもねー?」
「うー、悔しいなー。」
「でも、月島さんが実証してくれたから噂は本当だって分かったよ。」
「えへへー。凄いでしょー。私も今日は楽しかったー!私はもう学校に戻るけど二人はどうする?」
「うん。まぁ俺らももう帰るよ。」
「だな。十分満喫できたし、良い思い出になったよ。」
「うん。私も楽しかったよ。また来ようね!」
3人はそれぞれ学校や家に帰るために出口へと歩き出す。そしてショッピングモールの出入口の自動ドアが開き境界を跨ぐと外の熱気がぶわっと体にまとわりつく。
「あっっっつ!!…ってあれ?そういえば月島さん、買い出しは終わ……」
振り返りながらすぐ後ろにいるはずの月島さんに話しかけたのだが月島さんはいなかった。ほんの2,3秒前まで一緒にいた直線の通路。振り返っていないなどあり得ない。
「あれ?月島さんは?」
「ん?ほんとにいない…、え?」
先に帰っただとか、隠れただとかでは無い。2人はほぼほぼ同時に月島さんが裏面とやらに行ってしまったのだと感じた。2人はそのショッピングモールが閉店の時間になるまで手分けして月島さんを探したのだが月島さんは姿を現さなかった。自宅に帰りつき2人はそれぞれの家で親から「帰りが遅い」と怒られたのだが、2人ともが異様に落ち込んでいたこともあり、そう強く怒られなかった。2人が持っていたプリクラには月島さんは映っておらず、硬い笑顔の男2人が中心のスペースを空ける形でピースサインをしていた。
後日、というよりは休みの度に2人はそのショッピングモールに行き、月島さんがいないかを探し続けた。証明写真の機械の横にはプリクラの筐体など存在せず、置く事が可能なスペースすら存在していなかった。クラスに月島という名前の生徒は元々存在していないことになっていた。茶道部のマネージャーって何?と茶道部部長に笑われた。月島さんの家を尋ねて話を聞いてみたが、社会人の姉は一人っ子。妹は存在していなかった。月島さんの存在そのものが消えてしまっていた。
「なぁ。どうする?」
「うん。まぁ俺はたぶん一生忘れられないから、心霊とかオカルトとか超常現象…っていうの?そういうのを調べながらこのショッピングモールの謎を色々調べたり、霊能力があるような人に聞いてみようと思う。お前は?」
「確かに俺も忘れられないし、いつかは月島さんにもう一回会いたいと思うけど、、、めっちゃ勉強しようと思う。勉強して勉強して、頭をよくして、周りに天才と呼べるヤツらを集めて、相談してみたいと思う。」
「はは。何かアホっぽい発言だけど、、まぁ何か分かる。」
「時間の流れが違うって部分も実際の所どれくらい違うかは怖いよな。」
「うん…。こっちで20年とか経ってても、5分後のあの月島さんが出てきたら何かショック受けそう。おじさん誰?って言われたり…」
「あっはっは。その時はその時じゃね?」
ノーベル物理学賞を取った天才と呼ばれる大学教授が【勉学を志したきっかけ】という雑誌のインタビューに載った記事が意外であり話題になった。五十台後半のその大学教授には学生時代からの悪友がおり、その友人も超常現象を物理的に解き明かしたり、インチキである心霊現象を見破ったりとオカルトにおいては第一人者となっていた。よく2人で地元のモールにて買い物や食事をしながら過去に存在していたプリクラのシートを眺めている様子が確認されている。
その2人は未だに40年前に裏面に行った消えた月島さんの影も掴めていない。