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不穏な日記と村の伝承

東京の喧騒の中、佐藤陽介は毎日を平凡に過ごしていた。朝、満員電車に揺られ、仕事に追われ、夜遅く帰宅する。彼の生活は単調で、特にこれといった夢や目標もなかった。しかし、その平凡な日々の裏側で、彼は何かが欠けているような違和感を常に感じていた。それは、自分の人生の意味を見出せないもどかしさであり、同時に何か重大なことを見落としているような不安でもあった。


そんな彼のもとに、突然一本の電話が入った。亡くなった祖父の遺品整理をしてほしいという、田舎に住む叔父からの依頼だった。電話を切った後、陽介は何か運命的なものを感じ、背筋に薄い寒気が走るのを感じた。


祖父の家は陽介が幼い頭に訪れたきりで、それ以来、一度も足を踏み入れていなかった。しかし、その記憶は不思議なほど鮮明に残っていた。古い日本家屋の匂い、庭の苔むした石、そして夜になると聞こえてくる奇妙な音。幼い頃の陽介は、その音の正体を知りたくて仕方がなかったが、祖父は「聞かなかったことにしなさい」と厳しく諭したのだった。


陽介は懐かしさ半分、義務感半分で、その家を訪れることにした。電車に揺られる間、彼は窓の外の景色が次第に都会から田舎へと変わっていくのを眺めながら、不思議な予感に襲われた。まるで自分が知らない世界へと足を踏み入れようとしているかのような感覚だった。


最寄りの駅に降り立つと、そこはすでに人気の少ない寂れた町だった。タクシーに乗り込み、祖父の家への道を運転手に告げると、運転手は一瞬驚いたような表情を見せた。


「あの家ですか?ずいぶん前から誰も住んでいないと聞いていましたが...」


陽介は黙ってうなずいた。車窓から見える風景は、彼の記憶とは異なり、どこか陰鬱で不気味な雰囲気を漂わせていた。木々は枯れかけ、道端の草花も色褪せているように見えた。


祖父の家に到着すると、そこには叔父が待っていた。叔父は簡単に挨拶を交わすと、すぐに仕事の都合で帰らなければならないと告げた。


「遺品は主に二階の書斎にあるよ。整理が終わったら電話してくれ。」


そう言い残して叔父は去っていった。陽介は一人、重い空気に包まれた家の中に取り残された。


家に足を踏み入れた瞬間、陽介は強い既視感に襲われた。幼い頃の記憶が鮮明によみがえり、同時に何か得体の知れない不安が胸の奥底でうごめくのを感じた。壁に掛けられた古い掛け軸、廊下に並ぶ骨董品、そして階段の上から漂ってくる古書の匂い。すべてが彼の記憶と一致しながらも、どこか歪んで見えた。


陽介は重い足取りで二階へと向かった。書斎のドアを開けると、そこには山積みの本や書類が乱雑に置かれていた。彼は整理を始めながら、祖父の人柄を思い出していた。温厚で物知りな祖父は、いつも陽介に不思議な話を聞かせてくれた。しかし、その話の中には時折、陽介を不安にさせるものもあった。特に、祖父が研究していたという「名もなき山奥の村」の話は、今でも鮮明に覚えていた。


整理を進めていくうちに、陽介の目に古びた日記帳が留まった。祖父が使っていた書斎の隅に置かれていたそれは、明らかに他の遺品とは異なる雰囲気を醸し出していた。手に取ると、表紙には「禁忌の調査」と書かれていた。陽介は戸惑いながらもそっとその日記を開いた。


日記には、祖父がまだ若かった頃の記録が綴られていた。その多くは田舎の生活や研究に関するもので、特に目を引くものはなかった。しかし、ページをめくっていくうちに、陽介は息を呑んだ。そこには、かつて祖父が調査していたという、名もなき山奥の村に関する記述が詳細に記されていたのだ。


「その村には、古くから禁忌とされる儀式が伝わっている。村人たちは外部との交流を一切拒み、その儀式を守り続けている。しかし、その儀式の真実は誰も知らず、ただ一つの恐ろしい伝説が語り継がれている。村に入る者は、二度と外の世界に戻れない。」


陽介は日記を読む手を止め、冷たい汗が額を伝うのを感じた。祖父が記したその村のことを、彼は一度も聞いたことがなかった。だが、その記述には何か得体の知れない力があり、彼を強く惹きつけた。


日記を読み進めるにつれ、祖父がその村に関心を持ち、何度も足を運んでいたことが明らかになった。しかし、日記の終わり近くになると、内容は次第に不気味で曖昧なものになっていく。村で起こる奇妙な出来事や、村人たちの異様な振る舞いについて書かれた後、祖父は突然その村から足を洗ったようだった。そして、日記はそこで途切れていた。


最後のページには、祖父の乱れた筆跡で次のように書かれていた。


「もう戻ることはできない。あの村は、この世界のものではない。私は見てしまった。決して見てはいけないものを...」


陽介はその言葉に戦慄を覚えた。祖父が何を見たのか、なぜそれほどまでに恐れていたのか。疑問が次々と湧き上がる中、彼は不意に背後に冷たい視線を感じた。振り返ると、そこには誰もいなかった。しかし、確かに誰かに見られているような感覚が消えなかった。


陽介は急いで日記を閉じ、窓の外を見た。夕暮れ時で、空は不気味な赤色に染まっていた。その瞬間、彼は窓ガラスに映る自分の姿の背後に、黒い影のようなものが一瞬よぎったのを見た気がした。慌てて振り返ったが、部屋には誰もいない。


心臓が高鳴る中、陽介は深呼吸をして落ち着こうとした。しかし、彼の心の奥底では、何か大きなものが動き始めたような感覚があった。それは好奇心と恐怖が入り混じった、得体の知れない感情だった。


その夜、陽介は祖父の家に一人で泊まることにした。しかし、眠りにつくことはできなかった。夜中、彼は不意に目を覚ました。部屋の隅に、人影のようなものが立っているように見えた。陽介は息を殺し、動けずにいた。その影は、ゆっくりと彼の方に近づいてきた。陽介が悲鳴を上げようとした瞬間、影は消えた。


朝日が差し込むまで、陽介は一睡もできなかった。彼の頭の中には、祖父の日記の内容が繰り返し浮かんでは消えた。そして、どうしてもその謎を解き明かしたいという強い衝動に駆られ始めた。


朝食も取らず、陽介は再び祖父の書斎に向かった。日記以外にも、その村に関する手がかりがあるかもしれない。彼は必死に書類を漁り、古い地図や新聞の切り抜きを見つけた。それらを突き合わせると、おおよその村の位置が特定できた。


陽介は休日を利用して、その村を訪れる決意をした。祖父の日記を片手に、地図にも載っていないというその村を探す旅に出た。インターネットで調べても、村の情報は一切見つからなかった。しかし、祖父の書き残したヒントを頼りに、彼は少しずつ目的地に近づいていった。


旅の途中、陽介は不思議な夢を見た。夢の中で彼は、見たこともないような異形の生物に追われ、古代の神々の囁きに怯える自分を目撃する。目覚めた時、彼は全身が冷や汗で濡れていることに気づいた。そして、心の奥底で何かが変わり始めているのを感じた。


やがて、陽介は人里離れた山道を進み、ついにその村へとたどり着いた。村は外界から隔絶され、時間が止まったかのような雰囲気が漂っていた。彼を迎えたのは、冷たく無表情な村人たちだった。彼らは無言のまま、陽介に無関心でありながらも、どこか彼を警戒するような視線を送っていた。


村に足を踏み入れた瞬間、陽介は強烈な既視感に襲われた。まるで、彼がずっと前からこの場所を知っていたかのような感覚だった。そして同時に、この村から二度と出られないかもしれないという不安が、彼の心を締め付けた。


陽介は、自分がこの村の謎を解き明かすために来たのだと自分に言い聞かせた。しかし、彼の心の奥底では、もっと別の、得体の知れない目的のために来たのではないかという疑念が芽生え始めていた。

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