第10話 魔物討伐勝負
「さて、少年。あちらさんは、簡単には見逃してくれなさそうだけど、どうする?」
拳銃に予備の弾を装填しながら、ポニーテールの女はごく普通の雑談をするかのようにたずねた。
「そんなの、最初から決まってるっての。あいつをぶっ殺す!」
ユキトは、そう宣言してサーベルを抜いた。無意識のうちに、力を右手に集めてサーベルの刃にまとわせる。
「ハハハッ。血気盛んでいいねえ。嫌いじゃないよ、そういうの。それじゃあ、派手に暴れるとしようか!」
そう言って、弾を装填し終わった銃を構えて彼女は走り出した。
「アリス、その子を頼む!」
後方にいるアリスにそう告げると、ユキトはアリスの返事を待たずに駆けだした。
ユキトは、すぐにポニーテールの女に追いつき何か作戦はあるのかとたずねた。
「作戦? ないよ、そんなもの。向こうの攻撃を避けて、こっちの攻撃を当てる。それだけで充分じゃないか」
走りながら、彼女はこともなげにそう言うと、魔物に向けて銃を撃った。
銃弾は、魔物の右腕に当たり貫通する。直後、魔物は紫炎を二人に向けて放った。
ユキトはそれを斬り伏せると、
「マジかよ? でも、その方が単純でわかりやすいけどさ。あんた、あいつの核がどこにあるか知ってるの?」
「核? 何だい、それ? 弱点か何かかい?」
魔物に攻撃をしながら、彼女がたずねる。
「あー……まあ、そんなとこ。その核を砕かないと、あいつは死なないってわけ」
詳しい説明を省き、ユキトは要点だけを伝える。
「そうかい。それじゃあ、どっちが先に、その核ってのを砕けるか勝負といこうじゃないか」
「面白そうじゃん。やってやるぜ!」
彼女の提案に負けず嫌いな部分が刺激されたユキトは、ギラリと赤い瞳を光らせて承諾した。
「制限時間なしで、あいつを殺した方の勝ちってことでいい?」
ユキトが勝利条件を確認すると、女はそれでいいとうなずく。
「じゃあ、今から勝負ってことで。負けても恨むなよ!」
「少年こそ、吠え面をかくんじゃないよ」
二人は、口々にそう言って左右に別れた。
向かって右側からユキトが、反対側からポニーテールの女がそれぞれ魔物に攻撃をしかける。
だが、魔物はそれらを受けながらも怯むことなく反撃する。ポニーテールの女には紫炎を放ち、ユキトには鋭い爪での攻撃をくりだす。
ユキトは、とっさにそれをサーベルで受けた。耳障りな金属音が響く。
「くっ……重っ!」
受け止めた攻撃は、思わずつぶやきがもれるほど重い。体格は魔物の方が大きいが、それでも二メートルほどだろう。にもかかわらず、その力はユキトが体全体で受け止めてやっととどまるか否かというところである。
(バカ力にも、ほどがあるだろ!)
内心でそう毒づきながら、腕に体重を乗せて弾き返そうとする。だが、なかなか思い通りにいかない。
彼女の方はどうだろうかと気にかけると、銃声と砲撃の応酬が聞こえる。だが、肝心の銃弾がこちらにまでは飛んでこない。頭を狙っているからなのか、それとも魔物に防がれているのだろうか。詳細はわからないが、とにかく魔物は、完全にユキトを片手で押しとどめ、彼女に照準をあわせたようだ。
(……俺、めっちゃなめられてねえ? くそっ!)
悔しさを通り越して怒りがわいてきた。ユキトが生来の負けず嫌いだということもあるが、何より甘く見られていることに腹が立つ。
ユキトは、腕に力を入れている状態で、サーベルの刃に意識を集中させる。すると、刃が淡く光りだした。
「風よ……」
頭に浮かんだ言葉をつぶやく。
サーベルの刃を包む光は、次第にそよ風に変化する。それは、速度をあげていき小規模の竜巻に姿を変えた。
「……轟け!」
唱えると同時に、ユキトは全力で魔物を押し返そうとする。竜巻は、ユキトの意思に呼応するように、その威力をあげていく。
しばらくすると、魔物の鋭い爪に小さなひびが入った。それは、パリパリと乾いた音を立てて放射状に広がっていく。またたく間に広がったかと思うと、爪は一気に崩れ落ちた。
「――っ!?」
これには、魔物も驚いたようで、声にならない声をあげてユキトの方を勢いよく振り向いた。
「――っしゃ! この俺を侮った罰だ!」
そうユキトは吠えて、魔物の左腕を斬り落とした。もちろん、サーベルを包む竜巻は健在なので、普段よりも残虐性が増している。
驚きと痛みからなのだろう、魔物は絶叫し右腕を振り回す。
それを好機と見たポニーテールの彼女は、すぐさま銃弾を装填して構える。
射線上にいたユキトは、彼女の動きを視界にとらえて慌てて後退した。視線を魔物にあわせたまま、武器を構えて攻撃のタイミングを見計らう。
暴れる魔物のすきを突くように彼女は銃を撃った。一、ニ、三……と等間隔で六回ほど銃声が響く。そのどれもが、魔物の頭と首もとを狙ってのものだった。
だが、全弾命中とまではいかなかった。首もとを狙ったうちの一発だけが、魔物の肌をかすめてどこかへ飛んでいく。
(あれ? 今のって――)
ほんの一瞬だけだが、ユキトは見覚えのあるものを見た気がした。魔物の首もとを銃弾がかすめた瞬間、紫色の鉱石のようなものがちらりと見えたのだ。確証はないが、おそらくあの魔物の核だろう。
迷っている時間はなかった。やらなければ、殺されてしまうのだから。
ユキトは、もう一度サーベルに意識を集中させる。今度は、すぐに刃に風をまとわせることができた。
「風よ、我が声に応えよ! 『十字架を守護せし鷲』!」
呪文を唱えながら、その場で十字に空を斬り、中心を突き刺すようにユキトがサーベルをくりだす。十字形の斬撃が、風の刃となって魔物へと飛んでいった。直後、鷲の形をした緑色の風がそれを追う。狙うは、魔物の首もと。そこにあるだろうと思しき核である。
魔物は、それを撃ち落とすように紫炎を放った。だが、風の刃と鷲は、それを突き破って魔物との距離を縮める。
やめろとでも言うように、魔物は右腕を振り回し暴風を発生させる。が、それすらも突破して、風の刃と鷲は魔物に襲いかかった。
「ぎゃあああ!」
という断末魔を残して、魔物は斬撃によって四分割に斬りわけられた。核は、まだかろうじて形を保ち紫色に輝いている。次の瞬間、風の鷲が容赦なくそれを貫いた。その衝撃で、核は粉々に砕け散り、魔物の肉体とともに霧散消滅した。
広場を燃やしていた多数の紫炎も、魔物の消滅とともに姿を消す。辺りは、水を打ったように静まり返った。
ユキトはポニーテールの彼女と、アリスは猫耳少女とそれぞれ顔を見合わせる。四人が四人とも、どこかホッとした表情を浮かべていた。
「……よっしゃーーーっ!」
脱力感のある静寂がただよう中、ようやく魔物を討伐したことを実感したのか、ユキトが歓喜の雄叫びをあげた。それだけではない。ポニーテールの彼女との勝負にも勝ったのだ、うれしさはひとしおだろう。
「あーあ、負けた負けた。悔しいねえ」
そう言って、ポニーテールの彼女はユキトのもとへとやってくる。言葉とは裏腹に、彼女はからっとした笑顔を浮かべている。
「そう言うわりには、すっきりした顔してんじゃん」
ユキトが納刀しながら言うと彼女は、
「そりゃそうさ。さっきまで暴れてた奴を倒したんだからね。それにしても、あれはいったい何だったんだい?」
と、疑問を口にした。
どうやら、先ほどまで戦っていたものが魔物だとは知らなかったらしい。




