99 グレンさんのご両親
下宿に戻ったら、二人でゆっくり過ごす。
そう思って、帰ったのだけれど。
「あらあらまあまあ、可愛いわねえ。この子が私の娘になってくれたの? ちょっとグレン、なんてこと! あんたとこの子じゃ、えらい絵面だわ。可愛い子を拐かしてきたみたいじゃないの! でもいいわあ、ちょっとちょっと、小柄だって聞いて小さめの服も持ってきたのだけれど、着てみてくれないかしら。うちは男ばかりになったから、女の子が欲しかったのよねえ」
初対面の挨拶もそこそこ、圧倒的な口数に、口を挟む隙もない。
噂に聞いた、グレンさんのお母さんだった。
ご両親は騎獣を駆けさせて、ずいぶん早く到着されたようだ。
お義父様はグレンさんに似た印象だけど。
さらにお義母様も凜々しい印象の、活動的な人らしい。
きりっとした系の美人さんだ。
先ほどこちらに着いて、ティアニアさんたちと夕食を一緒に食べていた。
ちなみにお義父さんは「グレンの父だ。よろし」に、奥さんが言葉を被せて以降、話せていない。
うん。よろしくお願いしますね。
「ご家族は別の世界にいらっしゃるのよねえ。つまりこちらの世界の両親が、私たち! 何でも言ってねえ。娘のいる人が、一緒にお料理して楽しいとか、お洋服を一緒に選ぶんだとか、自慢してきていたのよ。うちの息子たちも料理はするけど、息子と一緒に料理しても、むさ苦しいだけじゃない。大きくて嵩張るし。やっぱり女の子、いいわあ。お料理が好きって聞いてるの。明日は一緒にお料理しましょうね。私の故郷の煮込み料理とか、興味あるかしら。あ、でも異世界のお料理も気になるわあ。お互いに教え合いっこしましょうね。あら、そういえばお名前は?」
グレンさんのお母さんのすごいところは、早口でこちらが口を挟む隙がないのに、話は意外と聞き取れることだ。
音量か、声の響きか、言葉の合間のちょっとした区切り方か。
いずれにせよ聞き取りやすい。
そして聞き取りやすいからこそ、一方的に話を聞くことになる。
質問をしなくても、理解ができる言い方なので。
うん。なるほど。こういうことか。
ちなみに名前を答えたら、またお母さんのおしゃべりがすぐに続いた。
お母さんの計画では、まずは明日の朝、私と過ごして話を聞く。
昼間はお城などにも行き、聖女が置かれている状況を調べる。
状況把握をしたら、早々に帰るそうだ。
日をかけて来られたのに、滞在は短いらしい。
ダンジョン行きも、ご両親が帰るタイミングに合わせて行くことになる。
おおう、一方的に決まる予定。
そして私の話を聞くというのは、話す隙を作ってくれるのだろうか。
今のコレでは、ちょっと疑問だ。
食事を終えた今、次はお風呂だから一緒に行こうと誘われた。
もちろんお風呂への行き道も、おしゃべりは続き。
お風呂の中でも、他の奥様方とおしゃべりが続く。
でも奥様方とのおしゃべりは、口数が多いものの、ちゃんと話を聞いていた。
なるほど。そうだよね。
大使の奥様として、そういうさじ加減は出来るはずだよね。
でも、おしゃべりが好き、という雰囲気はすごくある。
なんというか、おしゃべりを心から楽しんでいる様子なんだ。
相手の話を聞くときも、ニコニコして聞いている。
話す方も、ついうっかり話してしまう雰囲気がある。
特に洗い場と更衣室では、口数の多さがすごいことになっていた。
「あら何この石鹸! すごく泡立つし、肌触りもいいわ。匂いもいい! 何コレ、どうしたの。え、作ったの? 異世界の石鹸? あらあら何てこと、すごいじゃない! いいわあ、これいいわあ、ねえ購入して帰れるかしら。竜人の里の皆も欲しがりそうなの。出来ればお土産に持ち帰りたいわ。あ、手紙を送る魔道具で、石鹸程度なら送れるわよね。あとからそれで取引なんて出来ないかしら。だってすごいわ、大発明よ!」
「何コレ何コレ、お肌がしっとりするわ! え、香油じゃないわよね。ちょっと、何この付け心地。ベタベタしないのに、お肌にいい感じがする。たっぷりつけてもいいの? あ、この上に香油をつけるの? へえ、お肌に潤いを入れるのがこっちで、潤いを逃がさないのが香油なの。まあまあまあ、すごいじゃない! そうなのよ、香油だと実際の肌の感触は良くならないの。つけたら誤魔化せるけど、あら、これはそれが改善できるのね。まあまあ、すごいわねえ!」
マリアさんの作った石鹸や化粧水が、とにかく絶賛だった。
口数の多い絶賛に、マリアさんはちょっと身を引きながらも、嬉しそうだ。
石鹸は劇薬を使うので、制作の委託が難しい。
化粧水の委託とあわせて、商業ギルドと相談中だとマリアさんが説明している。
勢いに押されて、なるべく多く作って渡せるようにすることを、約束させられていた。
もちろん帰り道もおしゃべりだ。
でも私としては、興味深い話をたくさん聞けた。
グレンさんは四男。
上が三人とも男の子なので、女の子が欲しかったのに男の子だった。
でもまあ、子供の頃は小さくて可愛かったという。
あるときから、ぐんぐん背が伸びて、今のグレンさんになっていったそうだ。
長男さんが竜人族。番を見つけて、竜人の里でラブラブ生活中。
次男さんと三男さんは人族だったので、独立された。
三男さんは手紙で結婚を知らせて来たことがあり、次男さんも生活拠点を定めたときに、やはり手紙が来た。
仲良し家族だったようだ。
竜人自治区で次男さんと三男さんの子育て中に、グレンさんが生まれた。
大人になっていた長男さんも、番探しでこちらにいたので、四人兄弟の末っ子として、グレンさんは育った。
そしてあの呪いのような、強くならなければという意思のもと、無茶をした。
初めてのダンジョンは、皆がハラハラして、お父さんと長男さんがこっそりついて行き、見守ったそうだ。
初めておつかいに行く子供を見守る番組を思い出したのは、内緒だ。
グレンさんのお母さんは、きりっとした系の美人さん。
実はグレンさん、お母さん似だった。
目元はお父さん似だけれど、他のパーツはお母さんに似ている気がする。
子供の頃は可愛かったと言われ、なるほどと頷いた。
その頃のグレンさん、見てみたかった。
初めてのダンジョンは、まだ体が出来上がる前の、細身だった頃のグレンさん。
それは心配になるだろう。
でも戦闘センスはあったみたいで、見守る父と兄が手を出すことなく、無事に帰ったそうだ。
先代竜王の記憶が潜在的に影響して、強くならなければと焦る状況だったことには、切なくなる。
でも子供の頃の頑張るグレンさん、正直見たかった!
まだ子供の華奢なグレンさん、ちょっと想像が出来ないけれど。
私がウズウズしているのを見てとったのだろうお母様は、こう言った。
「あら、グレンの子供を産めば、あの子に似たところはきっとあるわ。私も長男を育てたとき、うちの旦那の子供の頃って、こうだったんじゃないかと思ったもの。あのゴツい人に、可愛い子供時代があったなんて、今は想像がつかないけどね。長男やグレンの成長を見ていたら、黒竜族の男ってこう育つのねって、思ったわ。ああ、孫って楽しみね! 長男のところもまだだし、今は待つ楽しみ中なの。ミナちゃんも、まだまだ先の話よね。まあ夫婦仲が良ければ、それが一番だわ」
適度な息継ぎもしながら、楽しそうに話すお母様。
話し相手の、私の反応を見て次の話題になるあたり、さすが先代大使夫人。
たぶん子供を産む話題で私が嫌がったら、さくっと別の話題に流したのだろう。
まだ生まれていない孫の話題は、デリケートと聞くからね。
一方的に話しているようで、私の反応はしっかり見られているみたいだ。
私が言葉を挟みたくなったら、ちゃんと止まって待ってくれる。
ただ、挟む言葉を思い浮かべる間がないまま、話題が流れていることも多いけど。
お風呂の中で、奥様方から情報収集をするときは、話題を向けてから、相手が話しやすい雰囲気を作っていた。
そういう情報収集がさらっと出来るお義母様、ちょっとすごい。
だから今、私が口を挟む隙がないようなおしゃべりは、気を抜いてのことだろう。
身内として接してくれている感じが、私としては嬉しい。
家族として迎え入れてくれたんだなと思える。
下宿に帰ると、居間でお父さんと過ごすグレンさんがいた。
二人ともお風呂を終えたあと、ここで私たちを待ってくれていたみたいだ。
行きも帰りも更衣室もお風呂の中も、おしゃべりをしていた私たち。
行動がかなり遅かったと思うので、もしかするとかなり待たせたかも知れない。
静かな雰囲気だけど、言葉がなくても居心地は良さそうだ。
義父とはほとんど話していないので、実はまだよくわからない。
でもグレンさんと似た雰囲気を感じる。
こちらを見て、少し口元をほころばせるところも、似ている。
この下宿には客間もあるそうで、義父母はそちらに泊まることになる。
シエルさんが竜人自治区に住むことになった日も、部屋を整えるには時間が足りなかったので、初日は客間に泊まっていた。
おやすみなさいの挨拶をして、私たちが居間を立ち去ろうとすると。
「そういえばあなたたち、番の儀は終わったけど、一緒に寝るの?」
ちょっとニマニマ気味のお義母様から言葉が飛んで来た。
お義父様がその袖を引っ張っているけれど、気にした様子がない。
「ああ。一緒に寝る」
あっさりグレンさんが答えて。
「あらあらあらあら、仲良しね!」
楽しそうにお義母様は答えていた。
うん。仲良し親子だ。
手紙を送る魔道具について、疑問を持たれているかもなので、こちらで補足。
竜人たちと、商業ギルドや冒険者ギルドは、魔道具を大いに活用しております。
セラム様の国は、魔法石をそれなりに使うので、常時利用はしていません。
国としてかなり急ぐ連絡が必要なときに、活用している状態です。
最初に召喚された国は、王妃様のご不満のとおり、魔法も魔道具も技術を取り込むのが遅れていたのと、各ギルドと国が友好的でもないので、その魔道具の利用は、ありませんでした。
あちらの国は、かなり色々と時代遅れだと思って下さい。




