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ビゴーさんは熱心に、私が教えるレシピに取り組んだ。
ひととおりメモをして、気になった部分を質問してきて、またメモをして。
自分でも作ってみた感覚を、あとから思い出せるようにメモをする。
マリアさんは、注文された型を作り終えて、帰って行くとき私に言った。
「ミナちゃんは今日も夕食準備は無理ね。ティアニアさんにも言っておくわ」
そして今、いつの間にか部屋には夕日が差し込んでいる。
なんということでしょうか。
レクチャーをする私たちをよそに、テーブルではテセオスさんが張り切って、アランさんに価格交渉をしていた。
交渉というより、このレシピはこういった価値がある、今後一般に流通するまで活用すれば、これだけの利益が見込める。
そんな試算をして、根拠のありそうな金額を提示していた。
アランさんは、私のギルド口座に言われた金額そのまま振り込むことを、あっさり了承していた。
その金額は、あとから知ったのだけれど。
ちょっと気が遠くなりそうな金額になっていた。
商業のプロの金額交渉、怖い。
ちなみにザイルさんは、アランさんの隣で金額の提示を一緒に聞いていた。
浄化活動以外で、こんなにも稼いでいた聖女は他にいなかったのではないかと、嬉しそうに言っていた。
うん。褒められたのかどうか、よくわからない。
さらに残念なのは、グレンさん甘やかしデーも半端になってしまったことだ。
さすがに厨房で立っているときに、くっついているわけにはいかない。
料理のときは離れていてねと、以前からお願いしている。
なので材料の準備だとか、鍋や調理器具の移動など、色々とグレンさんは手伝ってくれているけれど。
急いで帰ってきてくれたのに、なんだか私の用事ばかりで申し訳ない。
申し訳なくて、そっと「ごめんね」と耳打ちしたら。
大きな手で頭を撫でて、いつもの優しい目を向けてくれた。
「以前から言っているが、楽しそうに料理をしているミナの傍にいるだけで、オレも楽しい」
相変わらずの、スパダリ発言だ。
ううう、グレンさん大好き!
作ったお菓子は私も見本として作った物があるので、私が作ったサブレをグレンさんの口に持って行った。
嬉しそうに食べてくれるのを、かろうじてイチャイチャ行動としてもらった。
もうちょっと、寄り添ってのんびりな日を想像していたのは、また後日だ。
クラッカーは追加でレシピ登録。
寒天菓子も、ミルク寒天をフルーツで可愛く彩ったものとか。
カラフルなミニ寒天を、透明な寒天の中に散らせて彩ったものとか。
いくつかの寒天料理もレシピ登録をした。
それらもビゴーさんは熱心に試作をしていた。
あと、粉末だしを購入された。
寒天料理は、透明っぽい寒天で、鮮やかな野菜を包んだ方が見栄えがする。
なので粉末だしを使った方が、簡単に寒天料理が作れる。
ちなみにゼリーも作りたいけど、ゼラチンをどう作るのかがわからない。
またソランさんに相談をしてみるべきだろうか。
タンパク質のコラーゲンがゼラチンだよね。
あれをどうにか抽出すれば作れるんじゃないかなと、思っているのだけれど。
料理の上にソース的なジュレを散らすとかは、寒天じゃなくてゼラチンがいい。
ああいうのも、見栄えがする料理だよね。
あと暑くなったら、アイスもいいけどゼリーもいいよね。
うん。ソランさんに相談してみよう。
最後に聖水を納品した。
昨夜は聖水を作り損ねたけれど、納品できる聖水は亜空間に入っている。
実は今の私、魔力が増えたため、以前の倍の聖水を作れる。
それを話していいものかわからなくて、納品数は今まで通りだ。
なので余分に作ったものを、亜空間に収納している。
ひとまず昨夜の分として、いつもの数を納品した。
そして昨日納品した明細を頂いた。
このペースだと、聖女口座もすごい金額がすぐに貯まりそうだ。
聖水で近隣諸国の浄化が進んで、あとダンジョン奥の精霊王のところを浄化すれば、瘴気の発生は落ち着くのだろうか。
瘴気の発生が落ち着けば、このペースの聖水納品は、しなくていいはずだ。
聖魔法スキルを持つ人たちも、搾取される立場から解放されればいいのだけれど。
聖スキルの使い方を教える学校とか、作れないだろうか。
神殿が、聖魔法スキルの持ち主を修行させると言って、集めていると聞いた。
たぶん私の方が、聖スキルについて教えられることが色々とある。
だってヘルプ情報で、聖スキルのことは、とても詳しく調べられる。
もちろん過去の聖女が使った魔法なので、一般的な魔力量ではない使い方だ。
でも、どういう特質の能力なのか。
どのようにイメージすればいいのか。
そういったことを教えることが出来る。
むしろ神殿の人たちは、そういったことは知らないはずだ。
ただ集めて、能力を使えと言うばかりでは、技術の向上など何もない。
それなら私が、聖魔法の使い方の、学校を開いてしまうのもアリだ。
グレンさんのご両親が、神殿にツテがあると聞いた。
だったら神殿本部とやらの許可を取ればいい。
そうすれば、神殿から聖スキル持ちの人たちを、助けられる。
うん。ひとまず聖女資金は、そちらの方面で考えよう。
聖スキル者たちの学校を作る。
そこから、教育を広げられるかどうかも模索する。
私だけでは無理だけど、竜人族の人たちや、王族の人たちの力も借りれば、出来る気がする。
まあ、ひとまずは落ち着いてからの話だ。
まずはダンジョン奥の精霊王に会って、そこの浄化が先だ。
レクチャーが終わる頃には、日が暮れていた。
料理人のビゴーさんは、帰ったらさらに特訓だと、やる気に満ちあふれていた。
うん。ほどほどにね。ちゃんと寝て下さいね。
アランさんも、ビゴーさんがレシピをたくさん再現できそうなので、満足そうだ。
あと試食でお腹いっぱいで、満足そうだった。
私たちも夕飯は試食で終わったので、ザイルさんはそのことを伝言魔法で、ティアニアさんに伝えていた。
そうして彼らが帰ることになった最後に。
「ギルド長から、こちらをお渡しするように預かりました」
テセオスさんから、また新しい食材見本の包みを頂いた。
以前の食材見本で、寒天や粉末だしなど、今後使えるレシピの登録につながった。
なので今回も期待されているそうだ。
「料理部門が活性化しているので、私はこちらの用件があれば、すぐに参じます。なに、日頃の仕事は、副部門長もおりますから」
部門長のテセオスさんが、午後いっぱいこちらに居続けだった。
大丈夫なのかは気になっていたけれど。
なにげにテセオスさん、お仕事をちゃっかり副部門長さんとやらに押しつけて、体を空けていたらしい。
そうしてアランさんたち、テセオスさんたちは、帰って行った。
今日もなんだか、盛りだくさんな一日だった。
食材見本は亜空間に入れて、ひとまず下宿に帰る。
この食材の包み、すぐにでも開けたい気はするけれども、今は駄目だ。
これを開けたら、グレンさん甘やかしデーが本当に料理だけで終わってしまう。
なので今日は開けないことにした。
「ミナの好きにしていいんだ」
グレンさんは言ってくれたけど。
「今日は私も、グレンさんと一緒にいるってことが、大事なので」
そう返すと、グレンさんは嬉しそうな顔をする。
だからきっと、グレンさんも私が料理ばかりするのは、我慢していると思う。
「あの、グレンさんだって、やりたいこととか希望、言ってくださいね」
私がそう伝えたら、グレンさんはちょっとだけ考えて。
「今日も一緒に寝よう。夜は、一緒でいいだろうか」
もちろんだ!
私もグレンさんにくっついて寝るのは好きなので、すぐに頷いた。
そうして来客の多い一日は、ようやく夜を迎えたのでした。




