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 アランさんが連れてきたのは、公爵家の料理人さんだった。

 王妃様から依頼された、公爵家の料理人にレシピを教えるという話だ。

 でもいきなり料理人さんを連れてくるとは、思っていなかった。


「急ですまないが、ミナのレシピは特殊だろうから、教わるなら早くに教わって、出来るように練習をしてもらわなければと思ったんだ」

 まあ、言わんとするところは、わかります。


「今ならまだグレン殿も戻っていないだろうから、ミナはこの竜人自治区から出ないと…いるな」

 アランさんは話しながら、グレンさんを私の後ろに見つけた。


「グレン殿が帰られているということは、セラム様も帰っておられるのか」

「いや、オレは浄化を終えてすぐ、騎獣を駆けさせて先に戻ってきた」

「お…そう、か」


 言い淀んだアランさんの顔には、それでいいのか的な疑問が浮かんでいる。

 まあ、浄化は見届けてからなのだから、たぶんいいんだろう。うん。




 フィアーノ公爵家の料理人は、公爵領の出身、ビゴーさん。

 最初は領城の料理人の下働きになった。

 若いので、料理人として公爵家騎士団に同行させられたこともあるという。

 そのときアランさんと親しく話すことがあり、色んな料理を食べて作ってみたいという話をしていたそうだ。


 アランさんは社交で王都へ来るときに、彼を誘った。

 王都なら、彼が食べたことがない料理がたくさんあるだろうと思ったからだ。

 そして王都で、彼は意欲的に料理の勉強に取り組んだ。

 料理長ほどの腕はないけれど、新レシピに取り組む意欲はある人だという。




 公爵家嫡男を、厨房に案内するのはどうかと思ったけれど。

 今まで厨房で話し合っていたことを伝えると、自分たちも厨房へ行くとアランさんは言った。


「料理を教わるのだから、厨房でいいだろう。私もその場を見てみたい」

 興味か。ただの興味なのか。

 公爵家では厨房に入ったことがないので、厨房というものに、興味があるようだ。


 まあいいかと、そのまま厨房にお通しする。

 ドランさんたちが、公爵家の嫡男と聞いて、身の置き所に迷うように、厨房の隅にそっと移動した。




 シェーラちゃんは、平民の商人の娘として、ちょっと及び腰だったけれど。

「アラン様、その節は、ありがとうございました」

 セシリアちゃんは、淑女の礼をアランさんに向けて、お礼の言葉を言っている。


 アランさんは少し考える顔で。


「ああ、もしかして、あのときの」

「私の具合が悪くなった際に、お助け頂きました」


 何やらあったらしい。


「シーモル伯爵家のご令嬢だな。その後、お体は」

「すっかり健康になりましたわ」

 にっこり笑って、私を振り返った。


 アランさんは、しばらく考えて。

「そうか。そういったことも、聖女様ならアリなのだな」

 何やら納得されていた。

 でも詳細を聞かれることはなかった。




 さて、公爵家の料理人ビゴーさんに、レクチャーをという話になったので。

 話を終えたとドランさんたちは、素早く撤収にかかった。


「世話になった! また冒険者ギルドとも話して、どういう話になったかは報告させてもらう!」

 そう言い残して、三人とも立ち去っていった。


 シェーラちゃんとセシリアちゃんも、もう話は終えたという態度だ。

「私どももお邪魔でしょうから、本日は失礼いたしますわ」

 マリアさんまで、彼女たちを送ってそのまま下宿に帰ると、退室してしまった。


 残ったのは、私とグレンさんとザイルさん、そして商業ギルドのお二人と、アランさんとビゴーさん。

 みんな、撤収が素早い。


 テセオスさんは通常運転の営業スマイルだけど、メケルさんは、顔がちょっと引きつっている。

 やっぱり公爵家嫡男というのは、緊張する相手のようだ。


 私にとっては友達のお兄さんという感覚なので、平気だけれど。




 ビゴーさんには、レティがお茶会への手土産に持って行けるお菓子を、まずは作れるようになってもらいたい。

 そう思っていたけれど、彼の視線はテーブル上の寒天料理に釘付けだった。


「これは、不思議な美しさだ。食べ物なのでしょうか」

「寒天という素材で固めた料理です。色々と、見栄えのするお料理が作れます」

「あの、こちらを教わることは、できますでしょうか」


 あれ、お菓子じゃないの?

 そう思ってアランさんに目を向けてみると。


「実は公爵家で、お茶会を主催することになったんだ」

 つまり手土産ではなく、皆様を歓待するお料理も必要になるそうだ。


 見栄えのする変わった料理。おいしい料理。

 お茶会なので軽食になるけれど、女性たちが好印象を持ち、レティの味方になってくれそうなお料理を求められている。




 それなら、今日ちょうど登録したクレープなんかは、最適だろう。

 この寒天料理も、アリだろう。

 おかずの寒天も、おやつの寒天もアリだ。


 あとはクラッカーでカナッペとかは、どうだろうか。

 あ、クラッカーの登録がまた必要になるか。

 でもいい。あれはかなり見栄えがして、食べやすいものが作れる。


 飴細工やアイシングクッキーは、練習やセンスが必要だ。

 でも今教えておいて、地道に練習を重ねてもらえば、使えるレシピになるだろう。


 タルトも基本の生地とカスタードの作り方をレクチャーすれば、色々と使える。

 何ならタルト生地に、おかずを乗せてもいいのだ。




 そうしたことを、思いつくままアランさんとビゴーさん、そしてテセオスさんに聞いて貰うと。


「では報酬の交渉は、私がさせて頂いても?」

 テセオスさんがずいっと前に出て来た。


「あなたは商業ギルドの方か。ああ、よろしく頼む。交渉も何も、金に糸目はつけぬように、父にも言われている」

「ほう、言い値でよろしいと」

 待って待って待って。


「あの、お友達の役に立つという話ですから」

 私はあまり、高額を頂く話にする気はないと、思っていたのだけれど。




「いけませんよ、ミナ様。これは貴族家に、今後レシピをレクチャーする、最初の一件です」

 いや、そうは言っても、レティのためのやつだし。


「それに公爵家にとっても、貴重なレシピを買い叩いたような実績を残されることは、家の恥となられます」

 え、そうなの?


 アランさんを見ると、頷かれた。


「そもそも、我が領地の瘴気溜りの浄化について、ミナは金銭を受け取っていないだろう」

「それは、だって、聖水の使用実験ということですから」

「それでも我々には、聖女様に借りがあるという状態だ。今回は、レシピを言い値で買い取る。そうした天秤は必要だと知っておいて欲しい」


 安ければいいだろう。

 私はそうした感覚だけれど、貴族にとって、それは家の恥になるそうだ。

 難しいなと思う。




 金額の話はひとまず置いて、私はビゴーさんに料理のレクチャーを始めた。

 お菓子作りの入り口としては、単純にクッキーと、タルト生地、クレープでいいかも知れない。

 どれも汎用性が高いので、アイデアで色々と活用できる。


 まずはクッキーとタルト生地を作って貰う。

 生地を寝かせる作業があるので、寝かせている間にクレープを作ればいい。


 材料の量り方の説明で、蜜の実を砂糖にして使うことに、やはり驚かれた。

「こうしないと、正確な分量にならないんです」

 砂糖の量としてもだが、水分の量も違って来てしまう。

 蜜の実の濃度は、実それぞれで違う。粉にしないと正確にならない。


「材料は正確に量る必要があるのですね」

「そうです。水分量などの違いで、膨らみ方なども変わります」

 なるほどなるほどと、ビゴーさんは頷いている。


 そうしたポイントを教えながら、生地を寝かせるまで説明して実演した。

 生地を寝かせる説明は、オゾさんと同じように伝えると、理解してもらえた。




 クレープは、単純だけど薄く破れないように焼くのが難しい。

 最初は厚めでもいいと伝えたけれど、彼は「頑張って練習します!」と返した。

 やる気に満ち満ちている。


 おかずクレープ、おやつクレープの説明。

 ホイップクリームと、カスタードも一緒に作った。

 一緒というよりも、隣り合わせで私も彼も作業する形式だ。


 ホイップクリームについては、以前マリアさんに焼き型を頼んだときに、ついでにいくつか調理器具をお願いしていて、泡立て器も作ってくれていた。

 魔道具ボウルが使えないので、泡立て器があって助かった。




 メモを取りながら、私の手元を熱心に見て、彼も作業を進める。

 その間、アランさんはビゴーさんが作った物を、味見と称して食べている。

 どうやらクレープはお気に召したようだ。


 そのままクッキーとタルト生地も説明して、焼き上げる。

 クッキーは型によって、色々と形が作れると説明すると、マリアさんに型を依頼したいという話になった。


 伝言魔法で、またマリアさんに顔を出してもらった。

 嫌な顔をせずに対応してくれるのが、ありがたい。


 なんでも、咲き初めのバラのような形をイメージして作りたいのだそうだ。

「お嬢様が第三王子殿下の婚約者になられた際に、個人紋とされたものです」




 フィアーノ公爵家の紋章は、バラにかなり似た植物と盾の組み合わせ。

 王家の紋章には剣があしらわれているが、王家から分家の公爵家になった際に「国の盾ならん」として盾の紋章になったそうだ。


 そのときの奥様が、バラに似た…もうバラにしておこう。

 奥様がバラが好きで、そうした紋章になったという経緯を、アランさんが語る。


 なのでレティの茶会には、個人紋を象ったものを使いたいそうだ。


 マリアさんはその相談に乗り、クッキーの型抜き用と、ミニタルト型を、それっぽい形にして作った。

 私も彼に調理を教える傍ら、個人紋に似た花の、飴細工を作ることにした。




 飴細工は、教えて作って貰うには、ちょっとハードルが高い。

 なので基本は教えても、発注があれば私が制作することになる。


 料理のレクチャーは、ビゴーさんが手順を理解するために、私が手をとめてゆっくり口で説明する部分も多い。

 つまり私は、別の作業ができる隙があるということだ。


 できれば色違いでいくつか、レティの個人紋に見える飴細工が欲しいと、アランさんが言っているので。

 説明の合間に、せっせと飴細工を作った。


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