表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/163

96


「聖女様は今、とんでもない噂で困っていらっしゃいます。なので私、実際の聖女様のことを、物語として書いておりますの。そのお話も、物語の中に書いてよろしいでしょうか」


 セシリアちゃんの言葉に、ドランさんたちが困るだろうから、それは止めないとと思っていたら。

「おう、いいぞ」

 ドランさん、軽く応えた。


「え、貴族たちに知られて、また保存食が売れなくなったらっていう心配は?」

「それがな。むしろ売れ過ぎになりそうで、どうやって大量に作っていくかって話になってきていてな」




 レシピのレクチャーをしたのは一昨日のこと。

 その日のうちに、オゾさんが私のビスケットを再現していた。


 最初は私が心配したように、蜜の実の液状素材で作ったらしい。

 あまりおいしくないビスケットになってしまったそうだ。


 そこで知り合いの魔法を使える人に、蜜の実から砂糖にしてもらう作業を依頼。

 私が話したとおりに、ちゃんと砂糖として分量をはかって作ったら、かなり近い味になった。

 私が話した作り方には、すべて意味があるんだと、そこで理解をしてくれた。


 そこから彼らは、スラム出身の冒険者たちに試作品として渡した。

 受け取った冒険者たちが、試作のおいしい保存食を、食べてすぐ周囲に自慢した。


 夜間の酒場でのやりとりで、あの保存食がおいしいはずがないと言われ、ケンカになりかけた。

 ケンカを収めるため、まだ現物を持っていた人が、その人たちに味見をさせた。

 そこから噂が一気に広まった。


 冒険者たちは早朝に、良い依頼を得るためギルドに顔を出す。

 なので朝のうちに、かなりの冒険者がその噂を聞きつけて騒いでいた。

 保存食は冒険者ギルドでも売っていたので、冒険者ギルドに問い合わせがされた。


 冒険者ギルドはすぐに動き、ドランさんたちに新しい保存食のことを確かめた。

 そしてギルド職員が、新しい保存食を食べて、あの騒ぎに納得をして。


 各地の冒険者ギルドで大量に購入出来ないかという話になったそうだ。

 実際に食べた職員は、売り出したらえらいことになると。

 品切れを起こしたときに、冒険者たちが、どれだけうるさくなるかを想像して、震えたそうだ。




 そこからさらに、試作品を冒険者ギルドに持ち帰り、ギルド長や幹部が試食。

 ギルド本部に話を上げて、それほど画期的な保存食があるのなら、各地で扱いたいという、大きな話になったそうだ。


「冒険者ってやつは、スラム出身もけっこういる。だからスラムで作ったからって、忌避する奴はいねえ」

 そこにこだわるような人は、冒険者のほんの一部だろうとメケルさんも話す。


 今までの保存食は、スラムで作成したからというよりは、単純においしくないから使わない人が多かった。

 でも今回は、食品としての価値に加えて、おいしい。

 少し値段が上がっても、これは購入者が殺到するだろう。


 そして冒険者たちは、各地を移動する。

 いろんなところを渡り歩いて活動する人は多い。

 なのでここまで画期的な商品が、一部のギルドでしか扱わないことに、不満を持つ冒険者が出るという話になった。


 冒険者ギルドにも、手紙を転移する魔方陣が置いてある。

 なのでビスケット程度なら、転移が出来る。

 各地の偉い人たちも試作品を食べた上で、判断されたことだという。




「これだけ大きな話になったんだ。この国の貴族が、スラムで作られたから、いらねえって言っても、困るこたあねえな」

 冒険者ギルドはドランさんたちの活動もきちんと理解をして、各地のスラムで作るため、積極的に動き始めているそうだ。


 怪我をして働けなくなった冒険者が、スラムに流れることは多い。

 冒険者とスラムは、実は関係が深い。

 なのでそのスラムの生活向上のためというのは、冒険者ギルドにとっても、仲間に大きな影響を与える話だった。


 なんと、昨日のたった一日で、かなりの急展開があったようだ。

「だからあの保存食にスラムが関わっているって話が広まっても、今更何ともねえんだよ」


 ドランさんは、ずいぶん強気になっていた。




 保存食がそれだけ売れそうなら、新しい商売の話は迷惑だったかと思ったけれど。

「素材を粉にするだけという話だろう。そうした単純作業しか出来ない奴に、仕事が作れる」


 冒険者ギルドへの販売についてはドランさんが。

 実際の試作や、みんなで調理する手順をオゾさんが。

 雇う人員については、メケルさんが考えて、昨日動いていた。


 木の実をローストして粉にする作業員として、新たに単純作業の人を増やす話を、メケルさんがスラムの人たちに話したところ。

 スラムに住む子供たちが殺到したそうだ。


 親のいない子供にとって、きちんと収入を得られる話は、なかなかない。

 皆で雇って欲しいという話に、メケルさんはちょっと困ったそうだ。


「単純作業だけの人員を、そう多く出来るものではないからな」

 そこへ、単純作業で作成出来る、新レシピの話。

 良いタイミングだった話に、飛びつきに来た。




 そんな話をしながら、クレープ作りに徹していた私やオゾさんが、ようやく食べることが出来た頃。

「すまない、客だ」


 またモズさんが顔を出した。

 今度は買い出しから帰ってきたところで、商業ギルドから来たテセオスさんたちと鉢合わせたそうだ。

 何度も何度も、モズさんには申し訳ないところだ。


 自分が手紙を持って行った商業ギルドの人なので、モズさんはそのまま、テセオスさんとメレスさんを連れてきていた。

 モズさんの後ろから顔を出したテセオスさんは、私たちに挨拶をしながら、私の手元をじっと見る。

 食べかけの、クレープを。


 あ、はい。新たなレシピ登録ですね。

 試食ついでに昼食もどうかと誘うことになったのは、言うまでもない。


 せっかくなのでモズさんもお誘いしたら、黙って頷いて席についてくれた。

 口角が上がっているので、迷惑ではなかったみたいだ。




「おかずクレープと、おやつクレープ、ですか。同じ生地で」

 テセオスさんは、同じ生地でそれぞれが成り立つことに、驚いていた。

「以前食べたものも、そうだったな。パンケーキ、だったか」


 グレンさんが言った言葉に、テセオスさんの強い視線が私を向く。

 はい。そっちも登録ですよね。ついでに試作を今から作りますね。


 以前ティアニアさんが、ガレットを作ってくれたことはあった。

 薄い生地という発想はあったけれど、薄い甘い生地は、なかったようだ。

 なのでクレープは、新レシピになるという。




 クレープとパンケーキ、おだしの実験のためのスープ。

 それらをテセオスさんとメケルさん、モズさんがモリモリ食べてくれた。


 お腹がいっぱいと言っていたシェーラちゃんとセシリアちゃんも、パンケーキは気になったようで、半分こで甘いトッピングで食べていた。

 もちろんドランさんたちも、お腹に余裕があったのか、パンケーキを普通に食べている。


「この粉末だしというのも、面白いですね」

 出汁なしスープに、粉末だしを入れて混ぜれば、それなりの味になる。

 後から混ぜてもいいことに、メレスさんが目を丸くして驚いている。


「昨日の話、もちろんウチで扱わせて貰う!」

 ドランさんが鼻息荒く、粉末だしの制作を引き受けてくれた。


 材料はテセオスさんが持ってきてくれたので、実際に粉にして、粉末だしになったことを確かめて貰った。

「単純なものなのに、知らねえって、こういうことか」

 ドランさんが、深い話みたいに感心してくれた。




 早速レシピ登録の話をと、テセオスさんが言い出したところで、モズさんが「ごちそうさま」と言って帰って行った。

 食事は終わったので、部屋を移るべきかと思ったけれど。

 他の試作の話もあるので、このまま厨房のテーブルで話をすることにした。


 クレープとパンケーキの登録。

 粉末だしについて、ドランさんとの専属契約。

 粉末だしも、場合によっては保存食ビスケットと同じように、冒険者ギルドに話を持ち込むかも知れないと、ドランさんは言う。


 その場合、冒険者ギルド主導で、各地のスラムの人員で制作する話は、ドランさんの許可があって動くことになる。

 スラムの人員を使うという約束違反があった際、きちんと抗議が出来るように。


 話が大きいことに私も驚きだ。

 でも粉末だしは、適当に作ったスープが簡単に美味しくなるなら、野営なんかで活用されるはずだと、オゾさんが力説した。




 登録や契約の話が済んでふと、シェーラちゃんとセシリアちゃんを長く待たせていたことに、私は気づいた。

 退屈な話に付き合わせてしまったと気まずい気分で、彼女たちを見たけれど。


 シェーラちゃんはレシピ登録や、ドランさんたちの商売の話に、興味津々の顔。

 そしてセシリアちゃんも、冒険者ギルドや野営がどうのという物珍しい話に、興味津々だった。

 まあ、退屈させていないなら、いいんだけれども。


 この流れで、寒天の活用についても話していいかと確認すると。

「食材を固める素材、ですか」

 シェーラちゃんが、すごく興味を持っていた。


「だってミナさんがそれを作るのでしょう。オシャレだったり、可愛いお料理に、活用されるのでは?」

「そういう使い方も、ありますね。水中の様子を閉じ込めたみたいなお菓子とかが、ありました」




 固めの寒天で、金魚や水草などのモチーフを作り。

 少し柔らかめの透明な寒天で、風景みたいに固めたお菓子。

 秋は紅葉、春は桜など、様々な風景を模した和菓子があちらにあった。


「そのお菓子、是非、私に扱わせて欲しいです!」


 シェーラちゃんの鼻息が荒い。

 例のコンセプトショップの話は、マルコさんやホセさんが、「やってみればいい」と言ってくれているそうだ。

 そこで扱う商品の話も、マリアさんとしていたらしい。


 おしゃれ文具、おしゃれ小物、ちょっとした装飾品。

 そして、可愛らしいお菓子の数々。

 そうした話は、シェーラちゃんの乙女心を見事に射止めた。




 可愛らしいお菓子は、飴細工やアイシングクッキー、サブレなど、様々だけど。

 寒天菓子も、シェーラちゃんの可愛い物アンテナに引っかかったようだ。

 まあ、そちらについては、後で要相談とさせてもらった。


 まずは今作成した、寒天料理とミルク寒天のお披露目だ。

 冷蔵魔道具から取り出して、寒天料理を切って断面を見せると、おおと驚きの声。


 少し濁りは入っているけど、おだしの寒天が磨りガラスのようになり、彩り豊かな煮物の断面が見える。

 元より見栄えを考えて作った料理だ。

 驚きの声に、ちょっと嬉しくなる。


「これは新しい流行を産みますね!」

 テセオスさんが興奮している。

 メレスさんは、ちょっとわからない顔で、ポカンとしている。




 そこへまた、モズさんが顔を出した。

「何度もすまない」


 またも私に来客らしい。

 何度も申し訳ないのは、こちらだ。いったい誰だ。

 そう思いながらも顔を出せば。


 レティのお兄さん、アランさんが、ひとりの男性を連れてきていた。

 にっこりこちらを見ての笑顔が、「来ちゃった」と言いたげだけど。


 貴公子っぽい巨大な猫をかぶった、大雑把兄ちゃんだと知った今は、可愛いなんて思ってやりませんよ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ