95 千客万来
さて、今度こそ帰ろうかと立ったところで、モズさんが入ってきた。
普段は騎獣のお世話をしているモズさんとは、お出かけのとき以外は接点がない。
ザイルさんに用事なのかなと思っていると。
「すまない、客だ。マルコさんの孫と、その友達という貴族の」
「シェーラちゃんとセシリアちゃん?」
なんと私へお客さんだと、知らせに来てくれたそうだ。
モズさんが買い出しのため、馬車に騎獣をつないでいたところに、シェーラちゃんたちが乗った馬車が来た。
約束のない訪問だったために、まずは確認しに来てくれた。
「セシリアちゃんは、以前書いたお話を持ってきてくれると言ってたから、それかなあ」
私に心当たりがあったので、こちらにそのまま通してもらうことになった。
セシリアちゃんと前に話した、広めの応接室に移動する。
すぐにモズさんに案内され、シェーラちゃんとセシリアちゃんが来た。
私と目が合うと、二人ともにっこり笑って。
「来ちゃいましたわ」
少し上目遣いの、語尾にハートマークが付きそうな言葉だ。
上級技を繰り出された感じだ。
挨拶をして、部屋の中のメンバーを見渡して。
「マリアさんは?」
どうやらマリアさんとも話がしたいようなので、伝言魔法を送った。
すぐに来てくれるという。
今日の用件は、既に書いていたものを持ってきてくれたことと。
今書いているもので方向性が合っているか、話が聞きたいという。
マリアさんが言った鈍感系主人公の話をしたいそうだ。
あとグレンさんがいるので、帰ったときの再会の話なども希望された。
マリアさんが来るまで、グレンさんが帰ったときの話をすることになった。
お風呂のくだりはスルーして、抱きついて抱き上げられてから、グレンさんの方が疲れて眠いのに、運んでくれて、一緒に寝たこと。
寝起きに寝顔を見て、可愛いと感じたこと。
今日はグレンさん甘やかしデーにするつもりだと話した。
グレンさんも、朝からの食事のことなどを話した。
「まあ、スープを食べさせ合いですか」
「竜人族の愛情表現は、人族には恥ずかしいらしいが、ミナはしてくれた」
やっぱり恥ずかしいんじゃないですか!
なんでそれを、当たり前に要求できるのでしょうか、グレンさん。やるけど。
そんな話をするうちに、またモズさんが来た。
今度こそ出かけようとしていたときに、再び私を訪ねてきた人がいたそうだ。
誰だろうと外を覗いたら、ドランさんたちだった。
保存食のことで何かあったのだろうか。
それとも昨日話した、粉末だしの件を聞いて、直接話しに来たのだろうか。
申し訳なさそうな顔で立つ彼らを招き入れて、話を聞く。
いつもどおり、話はドランさんが切り出した。
「粉末だしとやらの話を聞いて、詳細を聞きたくて」
なるほど。新製品の話を聞き、翌朝さっそく来られたらしい。
ドランさんたちらしいとも言える。
ただ、商売の話になるのなら、テセオスさんたちも交えて話をした方がいい。
ザイルさんが、経緯をささっと手紙にしてくれた。
モズさんが買い出しついでに、商業ギルドに届けてくれるそうだ。
テセオスさんたちは午後に来てくれることになっていたけれど、早く来てもらうなら、一度で用事が済んだ方がいい。
ということで、テセオスさんに見て貰うための調理を、急ぐことになった。
シェーラちゃんとセシリアちゃんにその断りを入れたら、ちょうど来たマリアさんと話をするからと、快く送り出してくれた。
調理場で、さて何からどう手をつけようかと考える。
私の横にはオゾさんが立ち、がっつり私の手元を凝視する勢いだ。
うん。テセオスさんには寒天料理を見せなければならない。
なので寒天寄せで粉末だしを使ったものをひと品。
あと粉末だしの効果を見て貰うため、スープで出汁アリ、ナシも作ってみる。
色鮮やかな野菜をおだしで煮て、断面がきれいになるように型に入れる。
そして味付けしてお出汁をきかせた、寒天液を流し込んだ。
ついでにクリームの実を薄めたもので作るミルク寒天も、さくっと作る。
型は、四角い型を焼き菓子のときに作って貰っていたものを流用している。
焼いた物も、固めた物も、型から外しやすい工夫がされているので、使いやすい。
寒天料理は冷やして固まるまでの時間が必要なので、冷蔵魔道具へ。
あとはスープを作り、出汁アリとナシで、こちらは完成してすぐ、ドランさんたちに味見をしてもらった。
「なんていうか、味の深み? 上等な料理になった気がするな」
「お出汁とは、旨み成分です。お塩とかの表面的な調味料とは、少し違います」
「ああ。料理人の間では、流行りそうだな」
ドランさんたちは手応えを感じてくれたようだ。
作り方の説明は、残念ながら素材が届かないと説明が出来ない。
でも素材を磨り潰して粉にしただけだと説明したら、うむうむと頷いていた。
あとは出汁ナシスープに、粉末だしを混ぜて、食べて貰う。
それだけで、ちょっと味に深みが出る。
「野菜に染みていない分、風味が浅いが、これはこれでイケるな」
「細かいことを気にしなければ、これもアリだな」
「野外調理で手軽に使えそうなのがいいな」
オゾさんが、自分でも調理をしたいと言い出した。
なので希望の食材を出して調理場を明け渡す。
今度は炒め物で、粉末だしを入れてみている。
作った物を、炒め鍋のまま、自分で食べてみて。
「なるほど。こりゃあ、いいな」
ひとりで理解した顔になったので、ドランさんとメケルさんが、炒め鍋を奪った。
テセオスさんは、あのとき私が呟いた、ハーブソルトのことも伝えたようだ。
なので使えそうなハーブを乾燥させ、塩の実と混ぜ合わせた物で、さらに炒め物をしてもらった。
やはりオゾさんは、すぐに理解してくれた。
「なるほど。この混ぜた塩を入れるだけで、こういう凝った味になるんだな」
「これ、野営にも使えるんじゃないか?」
「色々と持ち運ぶのは面倒だが、ひとつの調味料で、単調な塩味とは違う、複雑な味付けになる」
三人で活用方法を考えている。
ハーブソルトは、割合なんかは好み次第だ。
ひとまず作ってみたハーブソルトは割合を書き出して、他の風味を今度はオゾさんが作ってみていた。
単純に、乾燥ハーブを混ぜるだけという作業だけれど。
「なるほど。スパイスと混ぜてもいいな」
「そういうのもありましたよ」
複数のスパイスを混ぜて、カレー粉みたいな風味で炒め物もアリだ。
調合した粉があれば、手軽にカレー風味の料理が作れる。
あらかた料理を作って試し、満足した彼らと、応接室へ向かった。
調理の間は触れずにいてくれた、グレンさんに抱き上げられて。
ドランさんたちが引く気配がしたけれど、今は気にしないことにする。
だってグレンさん甘やかしデーなのだから。
応接室では、マリアさんとセシリアちゃんが盛り上がっていた。
「コメディという要素は、こんな感じでしょうか」
「いいわねえ。コミカルでとても楽しいと思うわ」
「ロマンチック系とは違うけど、これはこれで、面白いですわね」
待って。コメディって何?
それ私とグレンさんの話なの?
確認のために聞くと、セシリアちゃんは嬉しそうに話してくれた。
「ええ。ご意見を頂いて修正もして、コメディを書くコツは掴みましたわ!」
私とグレンさんの話って、恋物語じゃなくてコメディになっちゃうの?
「昨夜の話も心置きなく聞けましたし、帰って続きを執筆しますわ」
セシリアちゃんが満足そうに紙束を抱えている。
いや、待って。
何をどう聞いたのか、不安なんですけどーっ!
内容を聞くも、はぐらかされてしまう。
ここはあとで聞き出そうと、引き留めて一緒にお昼ご飯を食べようと誘った。
昼食として、おかずと食べてもおいしいし、甘味にもなるものを出すと伝えると、期待した目を向けられる。
ここは手早く、クレープを作ろうと思っている。
おかずクレープって、けっこう好きなんだよね。
チーズと卵とハムと野菜と。
クレープに合いそうなおかずを作って、クレープを焼いていく。
以前作ったホイップクリームも出し、果物とあわせて甘味も作る。
調理はマリアさんもオゾさんも手伝ってくれて、出来た物から食べて貰った。
厨房のテーブルで、その場で作りながら食べるというスタイルに、セシリアちゃんもシェーラちゃんも、楽しそうだ。
そしてクレープも、皆様お気に召して頂けた。
「これは、作ってすぐに食べる物ですか。お店では扱えなさそうですね」
シェーラちゃんが商売を考えている。
「こんなふうに、お料理やお菓子を作るのですね」
厨房で料理を作る様子を見るという新鮮な体験に、セシリアちゃんはあちこち見回して、メモを取っている。
「とてもおいしいな。これも、その…」
ザイルさんの言葉に、先は言わなくていいと頷いた。
ティアニアさんとテオ君にも食べさせたいんですよね。了解です。
セシリアちゃんたちは、ドランさんたちとも普通に話して、スラムの生活などを聞いていた。
「生活に困る方がいらっしゃると聞いたことはございますが、何らかの仕事をすれば、お金は手に入るのにと思っていましたわ」
「大きい家でぬくぬくと暮らしている嬢ちゃんたちには、そうなんだろうな」
ドランさんは貴族令嬢に対してというより、私の友人として扱っている。
ぞんざいな口調だけど、セシリアちゃんもシェーラちゃんも気にした様子がない。
セシリアちゃんは普段聞くことの出来ない話に、興味津々だ。
「手っ取り早い稼ぎ方は、体を使うことだ。でも足が動かねえ奴は、そういうのも無理だろう」
「足が不自由であれば、座って出来る仕事をなさればいいのではないでしょうか」
当たり前のように返すセシリアちゃんに、ドランさんが呆れた顔を向ける。
「座って出来る仕事って何だよ。オレらは字も読めねえし、職人みたいなことも、すぐに出来るもんじゃねえ」
「職人だって弟子入りして、修行が必要だ。ただ仕事がねえってだけの奴を、弟子入りさせてはくれねえよ」
そんな事情を考えたことがないセシリアちゃんが、驚きの声を上げた。
「字が読めませんの!」
「あのなあ。貧乏な家だと、子供の頃からとにかく働くんだよ。親も字を知らねえし、字を教えてくれる奴もいねえ」
シェーラちゃんは、そういうことは知っている顔だ。
でも病気を抱えていた貴族令嬢のセシリアちゃんは、知らない話だった。
「では字を学べる場所を作れば、また違って来ますでしょうか」
「子供だって働き手だ。場所があっても、通えるかは別問題だ」
教育問題は難しい話だと、いつだったか聞いたことがある。
教育の必要性を認識しないと、学ぶ気にはならないのだと。
そして必要性を認識しても、学べる環境が作れるかは、別問題だ。
日本の義務教育だって、浸透するまでは大変だっただろう。
そういったことに興味をきちんと持っていなかったけれど、義務教育を受けているはずの年齢で、字を知らない人がいたという話も、聞いたことがある。
環境によって、学びは変わる。
それは多分、とても大きな問題なんだ。
私がそこに頭を悩ませていると、セシリアちゃんはドランさんから、保存食の話を聞いたらしい。
「まあ、聖女様が、スラムの方々のための活動に、協力なさっているのですね!」
なんだか弾んだ声を上げている。
「そうだな。あの保存食の素材で、美味い物を作った奴がいると聞かされたときは焦ったが。格安のレシピ使用料で、オレたちに扱わせてくれる約束になった」
「スラムの連中を雇う活動に、協力したいって言ってくれてな」
「レシピも目の前で作って見せてくれて、ちゃんと再現出来たぜ」
ふむふむと、セシリアちゃんは頷いて。
「聖女様は今、とんでもない噂で困っていらっしゃいます。なので私、実際の聖女様のことを、物語として書いておりますの。そのお話も、物語の中に書いてよろしいでしょうか」
あ、ちょっとマズイかも。




