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前回の異世界召喚の犯人は、目星がついているという。
おお、それは大きな手がかりじゃないでしょうか。
私が身を乗り出すと、ザイルさんが解説してくれた。
犯人と考えられているのは、竜人の里に滞在していた、ハイエルフの賢者。
あのタブレット端末的なメモ魔道具を作った人だ。
彼は当時、既に竜王と番だった聖女に、執着した。
そもそも竜王と聖女がこの地に来たのは、そんな彼から逃げるためだった。
聖女は私のように魔力感知が出来る。
竜王への悪意を聖女が感じて、竜人の里から逃げることにしたそうだ。
彼は竜王と聖女がいなくなると、後を追うように姿を消した。
竜人の里には彼を出禁にするため、結界が張られた。
それまでは異種族も受け入れていたのに、竜人族だけの安全地帯にしたそうだ。
今の竜人自治区も、その事件の経験から、竜人族以外を入れないよう結界がある。
そう聞かされて、メモ魔道具はすごいけど、迷惑な人だったんだなと感じた。
「あれ、そこまで徹底してるのに、マリアさんとシエルさんは、ここにいてもらっていいんですか?」
異種族の賢者は、彼らのトラウマになっていないのか。
そう聞けば、なんとシエルさんについては、予言で私とグレンさんを助けてくれる存在なのだという。
グレンさんの、シエルさんに対する謎の信頼感は、そこから来ているらしい。
いろんな魔道具や魔方陣を望まれるまま見せているのも、そのためだとか。
私とグレンさんが番になったあとは、聖女と源を同じくする賢者と伴侶を頼れ。
彼らは聖女と竜王の安寧における、最大の助けとなる。
そんな予言があったそうだ。
「もしかするとシエルの伴侶とは、マリアかも知れないと、私は思っている」
ザイルさんに言われて、今度こそ私はフリーズした。
え、マリアさんが、シエルさんの伴侶になると、ザイルさんてば思ってるの?
なぜに?
私には疑問でしかなかったけれど。
どうやらティアニアさんが、特別な雰囲気を感じ取っているらしい。
「マリアは、シエルに好意を寄せているだろうと。シエルもマリアに好意的だと」
そうティアニアさんが言っていたそうだ。
マジですか。
私はまったく気づいていませんでしたけど。
色々と聞いて混乱しているところに、さらに予想外の話が来たので。
いったん私は、思考することをやめた。
うん。必要だったら、マリアさんに直接聞いてみよう。
シエルさん相手の恋愛は、マリアさん的にアリなのかナシなのか。
ひとまずハイエルフの賢者の話に戻る。
豊富な魔力で、賢者として魔法創造も出来る能力がある人。
寿命も長く、人族に混じって魔法研究を、長年続けてきた。
彼なら召喚の魔方陣は作れただろうと、記録を元にザイルさんは考えている。
彼の死が、勇者召喚の時期と重なることも、判断材料らしい。
恐らく異世界召喚をしたことで、魔力が尽きて命を落としたのだろうと。
動機もある。
状況から考えて、異世界召喚の狙いは、竜王を殺して聖女を奪うこと。
そのための洗脳を、魔方陣に組み込んでいた。
彼は召喚で命を落とし、目的を達成していない。
この世界が聖女を失うという、迷惑な世界的事故を起こしただけだった。
それなら今回の勇者召喚は、どう繋がるのか。
当時、召喚の魔方陣は、その後どうなったのか。
その知識は、誰かに受け継がれてしまっていたのか。
今回の召喚の狙いが聖女なら、私はどんな人物を警戒するべきなのか。
そのあたりは、謎のままだ。
ただ、勇者には気をつけるべきだと言われた。
そうですね。洗脳されているなら、危険ですものね。
つまりあのとき、勇者さんが私にかなり好意的だったのは、洗脳の影響だった。
うん。そうだよね。
私のわざとらしい演技が効果的だったとは、私自身が思っていないからね。
「ここからはザイルも知らない話になるが」
私がひとしきり考えを整理したところで、グレンさんが新しい話を始めた。
「世界の管理者は、三者存在する」
あっさり話すグレンさんに、ザイルさんが目を剥いた。
「は?」
うん。グレンさんらしいというか、実にあっさりと話されましたが。
ザイルさんも知らない、竜王だけに受け継がれる知識。
それはあっさり話してもいいものなのでしょうか。
ザイルさんがフリーズして、目だけがグレンさんを見ている。
回帰スキルの説明をしたときも、こんなだったな。
毎度、私やグレンさんが驚かせて、申し訳ございません。
「聖女の他に、精霊王が一対存在する」
グレンさんは平然と話を続けている。
「精霊王、ですか」
もしかしてこの話が、私の新しいスキルの話に繋がるのだろうか。
聖女のスキルに精霊魔法なんていきなり出たから、驚いたけれど。
世界の管理者として、精霊は関わりがあるということだろうか。
そもそも精霊とは何かと訊いてみる。
グレンさんは、そこから話が必要だとようやく気づいてくれた。
私にもわかるように、かみ砕いて話してくれる。
精霊は物質となる肉体を持たない。
魔力の塊としての存在であり、小さなものは魔力の虫みたいなものだという。
虫。なんて例えをするんだ、グレンさん。
でもまあ、小さな精霊は、意思を持たず本能などで動く存在ということみたいだ。
そして精霊は、精霊王の眷属だという。
竜人族が聖女の眷属として、浄化を助ける役割を持つように。
精霊たちは、世界の循環を担っている。
精霊王は、魂や魔力の循環を司る。
人として存在する聖女とは違い、神に近い存在の管理者だ。
「魂が流転する際に、情念の塊として切り離されて生じるのが、瘴気になると説明しただろう。その切り離しをするのが、精霊王だ」
魂の流転を管理し、循環の流れに瘴気も魂も、エネルギー体の魔力も乗せて、世界へ送り出す。
それが精霊王の役割。
「ダンジョンの最深部に彼らはいる。その精霊王に会いに行くのが、ダンジョン行きの目的だ」
今は聖女の不在をカバーして、瘴気をかなり溜め込んでいるだろう。
それをまず浄化する必要があると、グレンさんは話した。
そうして、今の危機を精霊王に伝え、彼らの力を聖女の守りにしたいという。
そもそもダンジョンは、瘴気を魔力エネルギーに変換する際に、出来るらしい。
瘴気溜りで動物や虫などが魔獣化、凶暴化するのも、瘴気が魔力エネルギーに変換される現象の一種だという。
そうした現象により瘴気を発散して、瘴気溜りを少しでも解消しようとする。
それが、この世界の自然の働きだそうだ。
ダンジョンの成り立ちは、その現象が物質化したものだ。
瘴気をエネルギーに変換する中で、ダンジョン特有の魔獣が生み出される。
ダンジョンという環境も、エネルギーを変換する中で生まれる。
ダンジョンに入った人たちが魔獣を倒すことで、瘴気の浄化が進む。
瘴気が溜まりすぎれば、ダンジョンの魔獣も多く、強くなる。
ダンジョンに深く潜れば、高魔力のエネルギー変換で生じる魔石や特殊素材、特殊な鉱石などがドロップ品になる。
お肉系の素材が手に入るのは、ダンジョンの表層部だけだ。
それはダンジョンに迷い込んだ動物の素材が、そう変化するからだという。
同じように表層部では、表層に接する植物類も、エネルギー変換で特殊なものが生まれる。
ダンジョンの中では、外では得られない素材が手に入る。
魔力というエネルギーは、つくづく不思議で、科学知識では解明できない。
そもそも世界の構造が違うのだからと言われれば、それまでだけれども。
無から有を生み出せる、魔力というものが、この世界の根幹にある。
魂と、瘴気。そして魔力というエネルギー。
その循環でこの世界は成り立っている。
説明回が続いて、読みにくかったらすみません。
ちょっと前に書きたくなった、まったく別の話を短編として投稿しました。
平行して連載が出来るほど器用じゃないので、いったん短編に。
よろしければ、作者名のリンクから作品一覧で、見てみて下さい。




