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竜王という響きは大層だけど、別に竜人族の王というわけではないそうだ。
聖女の伴侶としての名称がそうなっていると、理解すればいいらしい。
だからグレンさんも、ザイルさんたちにとっては単なる仲間のひとりだ。
なんとなく近いであろう言語に置き換えられる、異世界言語の翻訳に、またも微妙な気分になるのは置いておく。
「だが竜王の記憶で判断が左右されることはある。竜人族としての大きな判断は、竜王も交える必要がある」
竜王の記憶そのものは、重要な意味を持つ。
それだけのことで、グレンさんも私も、気負う必要はないようだ。
竜人族は聖女の眷属だという話も聞いた。
そちらも、聖女に仕えるという関係性ではなく、竜人族は聖女の浄化を助ける役割を持つからだ。
竜王の伴侶ではなくても、聖女は無条件で竜人族の身内扱いになると言われた。
そこで私は、ザイルさんの態度が腑に落ちた。
ザイルさんは初対面のときから、他の人にあまり見せない態度を私にとっていた。
竜人自治区の外に対する顔を見ていると、あまりふざけた態度は取らない。
むしろ取り澄ました顔の方が多い。
セラム様とは親しそうだけど、マリアさんやシエルさんには、礼儀正しい。
でも私には、ニヤリと笑って見せたり、気に入ったなんて言ってみたり。
聖女のことを知っている様子なのに、話すのは「嫌だ」と言ったり。
あれは身内扱いだったからこその態度なのだろう。
耳あたりのいい嘘はつかず、ある意味正直な態度だった。
竜王と聖女は、別に敬われたり、特別扱いでもない。
基本はその認識でいいようだ。
ただし、下の世代からは、特別に思われることがある。
今の私やグレンさんは、大人の竜人族の人たちからすれば、子供や若者扱いなので世話を焼く対象になる。
でも私やグレンさんが、聖女と竜王という役割で動くことが多くなったとき。
下の世代だと、それを特別視する子供たちも出てくるという。
なので、たとえばテオ君が大きくなって、グレンさんの側近になりたいと言い出すようなケースは、あり得るらしい。
グレンさんは、瘴気についても改めて説明してくれた。
瘴気は世界の魔力や魂の流れる道に沿って、基本的に発生する。
そのため竜人の里の近くに、いちばん瘴気が発生しやすい場所があるのだと。
聖女の子孫が聖魔力の持ち主であり、それは人族だけではなく、竜人族にもいる。
竜人族の聖魔力の持ち主が、竜人の里近くの瘴気を浄化してくれているそうだ。
「だが千年の聖女の不在は、かなり大きな問題になっている」
浄化仕切れず、溢れている瘴気があちこちに影響をもたらしている。
そうグレンさんが話してくれて、なるほどそれが今の状況なのかと理解した。
きちんと浄化されていた時代でも、瘴気は予想外の場所で発生することがあった。
その問題を解消しようとしたのが先代聖女だったそうだ。
先代聖女はこの地で、魔女の協力を依頼した。
瘴気を集める呪術を利用して、他の場所で瘴気が発生しにくい仕組みを作る。
そうした研究を、魔女たちと一緒にしていたそうだ。
今使われている瘴気を集める魔方陣には、呪術が使われていると王妃様が言った。
もしかすると、その当時の研究が関係するのかも知れない。
今はまだそういったことは、わかっていない状況だ。
「その魔女との交流中に、聖女と竜王が急死した」
当時の聖女はまだ若く、竜人の里から出て来て、画期的な発案をした。
その動きには、いろんな人が注目していた。
そんな中での、理由不明の急死。
「二人が突然遺体で発見され、死の理由はまったくわからなかった。当時、人族は呪術ではないかと言い立て、人族による魔女の迫害が起きた」
魔女の呪術が関係するという噂が人族の間で囁かれての、迫害。
竜人族が否定をしても、人族は魔女を攻撃した。
そのために魔女は一時期、森の奥でひっそりと暮らすことになった。
王妃様が話された魔女の迫害が、聖女に繋がっているとは思わなかった。
日本でも、ネットの噂で思わぬ被害を受けることがあるとは聞いたけれど、どこの世界でもあるのだろう。
瘴気の被害を生まないために協力していたのに、迫害に遭うなんて、本当に人の心や噂というのは、怖い。
改めて、今の聖女についての噂に、気が重くなる。
変なことが起こらなければいいのだけれど。
先代竜王と聖女の死は、竜人たちにとっても、長年の謎だったそうだ。
それが今回、グレンさんの記憶の継承により事情が判明した。
「記憶の継承だけでは解明しなかった部分は、ミナのスキルの説明でわかった」
ザイルさんが激しく動揺した、回帰スキルのヘルプ情報が、謎を解く鍵だった。
グレンさんが今回知った、先代竜王の記憶も、ちゃんと話してくれる。
先代竜王は、日々の活動で疲れていた聖女を気にかけた。
気晴らしのために、二人で散策をしていた。
そこで勇者が聖女を「探し当てた」という状態で現れた。
竜王が聖女を守るために立ちはだかると、勇者は竜王を攻撃した。
竜王のことを「魔王」と呼んでいたという。
「魔王。ファンタジーの定番みたい」
私がそう呟くと、ザイルさんが反応した。
「魔王とは、何だ?」
どうやらこちらの世界に、魔王にあたる言葉はないそうだ。
なので、魔法を扱う物語で、悪役の定番であると説明した。
「魔物などの、人間の敵のボスという立ち位置ですね」
そう私が答えると、ザイルさんが考え込む顔になる。
グレンさんはそれを放置して、説明の続きをしてくれた。
勇者には、竜人族の硬化を貫く攻撃スキルがあった。
治らない怪我を負わせるスキルも持っていた。
そのため勇者と戦闘になった竜王は、治癒の効かない、深い怪我を負った。
鑑定スキルを持っていた当時の竜王は、勇者は洗脳状態にあると聖女に話した。
洗脳状態の強者は危険だから、逃げろと伝えたつもりだった。
でも聖女は、番を置いて逃げることが出来なかった。
聖女は勇者に捕まった。
竜王は聖女を助けたくても、深い怪我で動けない。
そんな中、竜王の前で、なぜか勇者が消え、聖女が死んだ。
そこで私のスキル説明が役に立った。
聖女が勇者に、回帰スキルを使ったのだとわかったからだ。
勇者は異世界に帰り、聖女は魔力が尽きて死亡して。
聖女の魂は、異世界に飛ばされた。
治癒のきかない、深い怪我を負った竜王は、そのまま亡くなった。
犯人は異世界に消え、聖女と竜王の遺体が残された。
痛ましい話だけど、問題は勇者が聖女を捜し当てられる。
そして伴侶の竜王を攻撃する洗脳が、されているということ。
あのとき、勇者さんは私に好意的な感じで接してくれた。
私が聖女ではないかなんて、言っていた。
でも洗脳で執着しているとか、そんな極端な雰囲気はなかった。
「今回の勇者さんも、洗脳されているんでしょうか。あのときグレンさんに反応してなかったですよね」
「召喚の魔方陣を解析しなければわからないだろうが、召喚の魔方陣に洗脳が組み込まれていれば、今いる勇者も、洗脳状態である可能性が高い」
あの勇者さんが、洗脳状態。
ちょっと思考が追いつかなくて、混乱する。
私とグレンさんは、番の儀を終えて、聖女と竜王として覚醒した。
今の私たちと会えば、勇者さんは洗脳状態で行動する可能性があるという。
そもそも勇者とは何なのか。
勇者は異世界から来るものと説明されたけれど。
そして私たちの異世界召喚の定番は、勇者だけれど。
「そもそも勇者は、存在が確認されているのが、あの時代に異世界から来た、一人だけだ」
ザイルさんも説明に加わってくれる。
「だから今回の勇者召喚は、同じ魔方陣が使われている可能性が高い」
なるほど。勇者という言葉そのものが、異世界言語での翻訳の罠だ。
そう気がついて、私は頭を抱えた。
異世界召喚は勇者が定番という、私たちの認識と。
勇者が討伐するのは魔王という認識があるから、そう翻訳されたんだ。
千年前のときに、どういう翻訳になっていたかは、わからない。
今「魔王」と呼ばれるものは、平安時代なら「悪霊」とかかも知れない。
でも過去の勇者が言った言葉は、こちらの何らかの言葉に翻訳されて。
さらに今の私たちに、わかりやすい言葉に翻訳されてしまった。
こんなところまで、異世界言語スキルの罠があるとは思わなかった。
勇者は召喚されてから、すぐに聖女や竜王と出会ったわけではないそうだ。
異世界から来た強い戦闘能力を持つ若者として、各地で魔獣討伐などをしていた。
各地で勇者としての逸話を残していたため、異世界召喚された勇者の存在は、広く知られている。
ただ、元の世界に帰りたがっていた彼の話も残っており、異世界召喚は非人道的なものだと、禁止された。
「恐らく勇者は、聖女の魔力に反応するよう、洗脳が組み込まれている」
覚醒した聖女の魔力が洗脳のトリガーになるのだろうと、ザイルさんが言う。
その根拠は、竜王の記憶で、聖女を捜し当てたという態度だったこと。
そして聖女の伴侶、魔力共鳴している竜王に、敵対したこと。
どの程度の距離で感知できるのかはわからないけれど。
感知される距離になれば、洗脳が発動するだろうとザイルさんは言った。
「今回の異世界召喚で、以前の召喚の魔方陣を利用した者は、聖女の魔力を判別する方法を見いだしている可能性がある」
王妃様が、特定の魔力を封じる呪術があると話したときの、ザイルさんの反応。
彼があのとき動揺していた理由が、ここでようやくわかった。
今回の真犯人が、聖女の魔力を封じることが出来る可能性が、高いからだ。
今回の異世界召喚の狙いが聖女なら、魔力を封じて私を誘拐することも出来る。
そうした危険が、具体的になってきたからだ。
つまり王妃様の作ってくれた魔道具、かなりの安心材料になりそうだ。
ややこしい説明会。
理解しにくかったり読みにくかったら、申し訳ございません。
勇者とは、というのをさくっと大枠でご理解頂ければと、思っております。




