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ソファーでゆっくりしたあと、まだ食べ足りないグレンさんは朝食の続きを。
私もようやく朝食を食べることにした。
そこでグレンさん甘やかしデーと決めていた私は、スープをすくってグレンさんの口元に差し出した。
竜人族の愛情表現、あーん、だ。
グレンさんは喜んで食べてくれて、お返しとばかりに、私の口にスープを運ぶ。
お互いに食べさせ合う、バカップル状態だ。
でもまあ、お部屋の中だし、いいことにする。
何より竜人族は、そういうものらしいので。
合間にベーコンエッグトーストを私は一枚、グレンさんは三枚食べた。
十枚用意しておいて正解だった。
さて、食後のデザートにどれを出すか迷う。
どれもレシピ登録したあとの味見の残りが少しあるけれど、餡子系はグレンさん的にどうだろうか。
ここはお試しで、餡子玉を勧めてみた。
グレンさんはポコンとひと口で放り込み、モグモグとして目を丸くする。
「少し変わった風味だが、美味しい。オレは好きな味だ」
よし、餡子は大丈夫らしい。
なので流れで羊羹を勧めた。
アイスレモンティーに羊羹は違和感だけど、今はいいことにする。
グレンさんはアイスレモンティーも羊羹も気に入ってくれた。
その流れで私は、これが私の生まれた家が売る、和菓子だと伝えた。
さらに元の世界の、私の家族のこと。父とのわだかまり。
あのときセシリアちゃんに話した内容を、グレンさんに話した。
本来ならこの話は真っ先に、グレンさんに話すべきだったこと。
なのにセシリアちゃんやザイルさん相手に、先に話してしまった。
私としては、せめて間を置かずに、グレンさんに聞いて欲しかった。
だって、番の儀を終えたってことは、グレンさんとは夫婦だ。
婚姻の儀式をしたってことだ。
私の家族のことは、真っ先に話しておくべき相手だ。
グレンさんは静かに聞いて、時々わからないことを質問してくれた。
そもそもの和菓子と洋菓子の違い、日本という国について。
そういえば、日本の話はレティにしたことがあったけれど、グレンさんには話していなかった。
なので私がいた世界、国のことをざっくり説明する。
身分差がなく、民主主義国家だったこと。
魔法がなく、科学や機械の文明が発達していたこと。
情報がすぐに検索できる機械があり、遠くの人と電話やメールのやりとりが出来たこと。
魔法は、物語にあったもの。
ダンジョンや、異種族についても物語ではあったけれど、実際にはなかった。
魔獣などもおらず、瘴気というものもない。
そんな世界だったこと。
元の世界での生活をざっくりと話し、父とのわだかまりを話した。
心残りや不安に、少し泣いてしまったら、グレンさんが包み込んでくれる。
がっしりした体にまた抱き込まれて、私はグレンさんの心臓の音を聞いた。
本当に、異世界に来る前は思ってもいなかった状況だ。
自分が聖女で、こんなに素敵な人が、番という運命的な相手で。
私のそもそものルーツは、魔法が使えるこのファンタジーな世界にあった。
本当に、なんて遠いところに来てしまったんだろう。
「私が元の世界に帰ってはいけないことは、理解しました。でもせめて、手紙のやりとりでも出来ればいいなと、今は思っています」
そう私が話すと、グレンさんは私を抱く力を、少し強めてぎゅっとしてくれる。
力を入れすぎない、安心できる絶妙な力加減に、私もグレンさんに身を預ける。
「予言で、グレンさんが番と会うのは、番の不幸だって言われたと、聞きました。確かに父と仲直りが出来ないまま、その直前にこちらに呼ばれたことは、私の不幸なんだと思います」
必ずあの帰省で仲直りが出来たとは限らない。
でも父とは、ある程度わかり合えるきっかけになるだろうと、考えていた。
だから、あのタイミングでの異世界召喚は、正直とてもショックだった。
そう話すと、グレンさんは私の髪に顔を埋めて。
「番のシホリと会えたことは、とても嬉しい。だが悲しませたままは、つらい」
グレンさんの言葉はまっすぐで、正直だ。
「不幸になって欲しいわけでは、けしてない。シエルなら、きっとなんとか出来る。シエルに助けてくれるように、頼もう」
このグレンさんの、シエルさんに対する信頼は何だろうか。
不思議に思うけれど、今はグレンさんを堪能する。
包み込んで抱きしめてくれる体から感じる、魔力。
離れていた三日間、求めていたもの。
しばらく抱き合っていると、いつの間にか、二人でウトウトしていたみたいだ。
ふと目が覚めたとき、グレンさんも起きたばかりの顔をしていた。
「魔力水で眠れはしても、代替品だ。シホリも深く眠れていなかったのだろう」
そう言われると、そんな気もする。
よく眠れたと思っていたけれど、目覚めの爽快感は感じなかった。
むしろ夢を多く見た気がする。
いわゆる浅い眠りだ。
相手の魔力を求めて、私たちは二人ともたぶん、深く眠れてはいなかった。
「さて、食事も済んだし、今は眠気も大丈夫だ。シホリも良いなら下に行こう」
そう声をかけられて、首を傾げた。
グレンさんは、二人だけの方がいいと言うかと思っていた。
「番の儀を終えて、聖女について説明するべきだと思う。出来ればザイルにも話しておきたい」
グレンさんのその言葉は、まるでザイルさんも知らない話をするみたいだ。
そう思いながらも、私は頷いた。
二人で居間に顔を出すと、ザイルさんとティアニアさん、シエルさんとマリアさんがいた。
朝食のあと、四人でお茶を飲んでいたみたいだ。
おはようの挨拶をしてから、グレンさんがザイルさんに切り出す。
「番の儀を終えた今、ミナに話しておきたいことがある。ザイルにも聞いて欲しいのだが、今からいいだろうか」
「わかった。そうだな…迎賓館に行こう」
あの竜人自治区の門の傍の建物は、迎賓館にあたるらしい。
異世界言語の翻訳でそうなったのだろうと、想像がついた。
どうやら他の人も交えての話には、ならないようだ。
本人である私にも今まで教えてくれなかった。
竜人族以外には、話してはいけない内容かも知れない。
昨日や一昨日の応接室とはまた違う、小さめのお部屋に入る。
私は亜空間にアイスレモンティーを入れたままだったので、棚にあったカップで、三人分のお茶の用意をした。
アイスレモンティーは、ザイルさんには馴染みのないものだった。
「こういう飲み方もあるのか。美味しいな」
そう喜んでくれた。
「これからミナに、聖女とはどういう存在か話そうと思う」
グレンさんが改まって、ザイルさんに言う。
「一般的に聖女が知るべきもの。竜人族が知るところ。それから、竜王だけが知っていること」
「おい、グレン」
「竜王の記憶を継承したからこそ、今が危機的状況だと、オレも知った。ミナは知っておくべきことだ」
二人の間に緊張感が少し走ったけれど。
グレンさんの言葉で、ザイルさんは最終的に頷いた。
危機的状況という話に、私も背筋を伸ばす。
「まず一般的に知られているのは、聖女は人族の中に生まれる、強い聖魔力を持つ特別な存在だということだ」
グレンさんの言葉に、私は頷いた。
それは、なんとなくわかる。響きからしても、そういう感じだ。
異世界言語の翻訳で、私がそういうものだと理解しやすい言葉になっている。
「そして聖女は、世界の管理者という特別な立ち位置だ。これは一般的に知られていない、今となっては竜人族だけが知る話だ」
世界の、管理者。
大層な話になり、私はぱちくりと目を瞬いた。
ザイルさんの眉が、少し寄っている。そこまで話すのかと言いたげだ。
たぶん、これは一般的に聖女が知るべきことではないのだろう。
世界の管理者だなんて言われても、戸惑うばかりだ。
「世界の管理者といっても、神のような大層なものではない」
私を安心させるように、グレンさんは私の手を握って説明してくれる。
「魂が流転する際に、情念の塊として切り離されて生じる、瘴気と成ったものを浄化するのが、聖女の役割だ」
なるほど。瘴気の浄化をすることで、世界の管理につながる。
そういう意味なら、理解が出来る。
そのための力を持たされたのが、聖女ということだ。
私の役割は、瘴気を浄化すること、それだけ。
世界をどうにかしなければという大きな問題ではない。
ただ、世界規模の瘴気の浄化を考える必要がある。
それを知っておくべきなのだろう。
「竜王は、そうした役割を持つ聖女を守るための存在だ。記憶を継承し、ときに聖女を導く伴侶だ」
おお、つまりグレンさんは、私の番だから竜王ということだ。
そして記憶を継承する。んん?
「記憶を継承、ですか」
疑問に思ったことを口にしたら、グレンさんが頷いた。
「ああ。オレも番の儀を終えたからこそ、代々竜王の記憶を継承し、今までに無い知識を持っている」
代々竜王の記憶を、継承。
え、ちょっとグレンさんてば、大丈夫なの?
「あの、その記憶の継承って、グレンさんに影響は、大丈夫なんですか?」
少し慌ててしまった私に、グレンさんは優しく頭を撫でてくれた。
「問題ない。情報が頭に入っただけで、オレはオレだ」
その言葉に、あの夜のグレンさんの言葉を思い出した。
『魂に何かの役割があったところで、今ここにいる自分が全てだ』
『魂そのものの役割も記憶も、それらは全て過去の情報だ。今の家族も周囲も、そして自分自身も異なる』
『だから今ある自分がすべてで、そのままで構わない』
役割も記憶も。
それは、グレンさん自身の認識だったんだ。
いずれ竜王の記憶を継承しても、自分は自分だと。
グレンさんは自分自身についても、そう心を据えていたということだ。
過去の記憶を継承しても、それは情報だと。
確かにグレンさんは、グレンさんだ。変わらない。
世界の管理者だなんて聞かされて、瘴気を浄化するだけだとしても、動揺は残っていたけれど。
うん。大丈夫。
グレンさんの隣にいれば、大丈夫だ。




