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 なんだかぐっと深く眠っていた感じで、寝起きは昨日よりも爽快だった。

 目覚めてすぐに、くっついている温もりを感じる。

 すぐにグレンさんだとわかったので、慌てることもなかった。


 くっついている体を少しずらしてみる。

 私を抱き込むグレンさんの腕は重かったけれど、なんとか動いて、胸板にくっついていた顔を上げることが出来た。


 グレンさんの寝顔、初お目見えだ。

 私が寝落ちしてばかりだったので、グレンさんの寝顔は、なにげに初めてだ。


 いつもは鋭い顔立ちだけど、今は力が抜けた平和そうな顔だ。

 すうすうと、気持ちよさそうに眠っている。

 彫りの深い整った顔立ちがゆるんで、むしろちょっと可愛いとも思える。


 しばらく眺めて堪能する。




 なんというか、うん。可愛らしい。

 男の人らしい造作なので、不適切かも知れないけれど。

 でも、可愛いと感じる寝顔だ。


 爽快に起きられるけれど、なんとなくまだくっついていたい気分だ。

 またグレンさんの胸板に顔をくっつけて、ゴロゴロする。


 と、なんだか音が聞こえた。

 ぐううっと、低くゴロゴロするみたいな音。

 なんだろうかとしばらく考えて、またその音がして。


 音は、グレンさんのお腹の方からだった。


 空腹の音だ!

 グレンさんのお腹がピンチだ!

 とってもお腹が空いている音だ! 寝たままだけど!




 グレンさんの腕を身体強化でどけたら、和らいでいたグレンさんの眉が寄った。

 なので少し考えたあと、クマを取り出し、薄れていたグレンさんの魔力水に、私の魔力を入れ込んだ。


 そのクマをグレンさんにくっつけると、がっしりした腕が、ぎゅむっと抱きつく。

 うん。これで良し。




 部屋を出てキッチンへ向かった。

 またもや早朝のようで、他の人はまだいない。

 音をあまり立てないように、野菜やお肉を取り出して広げて、調理開始。


 ミネストローネみたいなスープと、ベーコンエッグトーストを作った。

 手早く作れるものを考えた結果だ。

 トマトが青くて、ミネストローネとしては変な色だけれども。

 まあ、こちらではそういうものなのだろう。


 ベーコンエッグを作りながら、ソランさんたちから買ったパンを軽く炙る。

 そこにベーコンエッグを乗せていき、ベーコンエッグトーストを十個ほど作った。

 たぶんグレンさんは、ペロリと食べるだろう。


 それからレモン水と、アイスレモンティー的なものも作る。

 デザートは亜空間に残っているので、飲み物を持ち込もう。


 今日はグレンさん甘やかしデーなのだ!

 帰ってきたグレンさんとくっついて、私の料理やお菓子を食べて貰うんだ!




 ミネストローネの鍋と、食器、その他作った物を亜空間に入れて、部屋に戻る。


 扉を開けると、ソファーにしょんぼり顔のグレンさんがいた。

 目が覚めて、クマを抱えたまま移動したようだ。


「寝起きにミナがいなくなっていた。かわりにこれがあった」

 クマを示して、ちょっと不服そうな寝起き顔。


 うん。なんだかやっぱり可愛い。

 野性的イケメンの可愛い不服顔に、思わず抱きつきに行く。




「ごめんなさい。グレンさん、お腹が空いているみたいだったから、朝ご飯を作りに行ってました」


 そう伝えると、嬉しそうな顔になった。

 やっぱりお腹は、すごく減っていたみたいだ。


「ここで食べましょう」

 グレンさんを見上げてそう声をかけると、私の頭を手櫛でそっと撫でてくれた。


 そういえば、髪も梳かしていないので、跳ねまくっている。

 大好きな人に寝癖放題の髪を見られてしまった!




 すぐにでも髪を整えたいけれど、もう見られた後だ。

 なので割り切って、まずはご飯をローテーブルに並べる。

 スープを器に入れて、ベーコンエッグトーストを並べて。

 レモン水もコップに入れて置いておく。


 グレンさんには以前のように、ソファー前のカーペットに座ってもらった。

 早速、大きな口でベーコンエッグトーストをペロッと食べたグレンさんは、スープも飲んで、おいしいと言ってくれる。

 嬉しそうな顔に、こっちまで嬉しくなる。


 次のベーコンエッグトーストを出すと、またペロリ。

 わんこ蕎麦みたいだなと、ちょっとおかしくなる。


 その場にいくつか並べて、私は身支度を調えに行った。

 着替えて顔も洗って、髪も整えて戻ると、グレンさんはベーコンエッグトーストを六つほど食べたようだ。


 ようやくひと心地ついたみたいに、ふうっと息を吐いた。




「ありがとう。生き返った」

 いつもの響きの良い声で、お礼を言ってくれる。


 お腹の音も、今は静かだ。

 グレンさんは私を抱き上げてソファーに座り直した。

 まだ食べられそうだけど、いったん休憩みたいだ。


 グレンさんの膝の上で、抱きしめられる。

「やっと、帰って来られた」


 耳元で、響きのいい声でしみじみと言うのが、くすぐったい。




 たかが三日。されど三日。

 私にとってもグレンさんにとっても、この三日はけっこう長かった。

 お城に滞在して離れていた期間と同じくらいだけど、まったく感覚が違った。


「私のために、聖水の浄化実績を多く作るためだって、聞きました。ありがとう、グレンさん」

 私もお礼を言って、グレンさんに抱きつく。


 がっしりした体に受け止められる安心感が、もうクセになっている。

 この竜人自治区でグレンさんと過ごすようになったのは最近なのに、日常が戻ってきた感になっている、この不思議。




 しばらくゆったりソファーの上で過ごして、ふと聞きたくなった。

「早く帰ってきてくれて嬉しかったけど、無茶したんじゃないんですか?」


 私は見ていないけれど、会う前にお風呂に入らなければいけなかった状態。

 二件目の魔獣討伐や浄化のあと、自分のケアもせずに帰ってきたのだろう。


 そしてお風呂上がりの、疲れ切って眠い状態。

 さらに寝起きの空腹だったっぽい状況。


 休憩なしで、食事もせずに戻ってきたのなら、よろしくない。

 早く帰ってくれたのは嬉しいけれど、グレンさんが心配になる。




 顔を覗き込んで質問した私に、グレンさんは目を逸らした。

「…無茶というほどではない」


 少し言い淀んだあたりが、答えな気がする。

 私が口を尖らせると、しょんぼりした顔になった。


「グレンさんが、私のいないところで無茶するのは、心配です」


 傍にいれば、治癒魔法とか私なりにサポートは出来る。

 でも離れた場所で、グレンさんに何かがあったなら。

 知らないうちに、大変なことになっていたら。

 とっても、心配だ。


 そう伝えると、グレンさんはまた私を抱きしめて。

「魔力水に、治癒効果を入れてくれていただろう。助かった」


 ちょっと、やっぱり無茶してたんじゃないんですか、それ!

 そう思ったけれど、グレンさんが怪我をしたとか、そういうことではないそうだ。




「ミナは、あの魔力水を作るときに、浄化や治癒をイメージしなかったか?」


 そういえば魔力水を作るとき、どうせならグレンさんの疲れをとって欲しいと思いながら魔力を入れていた。

 魔力水を使ったグレンさんが元気になるように。悪いものを浄化するように。

 そのことだろうかと思いながら、話を聞く。


「オレが浸かったタライの水を捨てようとしたら、騎獣たちが寄ってきて飲んだ」


 グレンさんは何でもないことのように言うけれども。

 飲んだ。

 グレンさんが浸かったあとの水を。


 私はちょっと、思考が止まる感じだ。

 ええええと、うん。浸かったあとの水を騎獣たちが飲んだんだ。

 え、なんで?




「騎獣たちは、治癒魔法を感じ取ったんだろう。魔力水で元気になっていた」


 えええと、治癒効果のある魔力水だとわかったので、飲んだという話だね。

 それで騎獣たちが元気になったんだね。


 グレンさんが浸かったあとの水か。まあ、いいけど、うん。

 お腹を壊さなかったなら、何よりだ。




「なので帰りはオレを乗せてくれた騎獣に、途中の水分補給としてあの魔力水を飲ませた。オレも飲んでいた」


 グレンさんも騎獣も、ポーションのようにあの魔力水を飲んで回復し、休憩をすぐに終えて走れたそうだ。

 ずいぶん無理をして帰ってきてくれたみたいだ。


「ありがとう、グレンさん」

 私のために行ってくれて、急いで戻ってくれて。




 ただ、私の中に微妙な気分は残った。

 有効活用して無事に早く帰ってきてくれたのは、何よりだけれども。


 しかも私のあの魔力水、ポーションのような使い方をされていたらしい。

 騎獣が飲んでいたので大丈夫だろうと、痛むところにかけたら治った人がいた。

 そこからはグレンさんが捨てようとするたび、みんなが有効活用したそうだ。

 疲れた足にかけたり、ちょっとした怪我にかけたり。


 グレンさんの、浸かった後の水が、有効活用。

 うん。まあ、いいけど。うん。


いちばん微妙な気分なのは、そんな人たちに囲まれて遠征をしたセラム様。


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― 新着の感想 ―
馬車を開けるとタライにデカい男がちんまり水浸し 騎獣 < この水!聖女汁にグレン出汁が効いてて、うんめぇ〜〜〜! 王子様 < もうヤダこの部隊
グレンさんのお出汁…
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