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09


 馬車から降りてすぐに、まずは休憩。

 体力は魔法で回復していても、気力は別だ。なんか疲れた。


 ここで長めの休憩をしてから、大きく進路変更をして、夜道に馬車を静かに走らせるそうだ。

 一晩かけて移動をすれば、追っ手の目をかなり誤魔化せるのではないか。

 そうザイルさんが言った。


 私たちは馬車でそのまま就寝。

 護衛の人たちは御者席横で、交代制の仮眠をとるらしい。

 静かに走るので、揺れはかなり軽減されるはずとも聞いた。

 むしろ軽い揺れなら、眠りを誘うだろう。

 魔力をかなり使った私とシエルさんは、特によく休むようにと言われた。




 休憩場所で、魔法が使えるようになった二人に、預かっていた荷物を返した。

 二人は自分の亜空間収納に荷物を収納してみてから、また荷物を開いて中身を収納するなど、新しいスキルを試していた。

 私も荷物を開いて、日常的に使うものをすぐ出せるように整理した。


 そうするうちに、馬車の確認や騎獣の世話をしていた護衛の人たちが、携帯食料を配ってくれた。

 あのボソボソのやつだ。今はスープもついている。

 正直、おいしくない。


「しばらくこれで我慢してくれ。嬢ちゃんの魔力がもつなら、明日の昼頃にはバーデンに着けるだろう」

 そのバーデンという地名がわからないので、話してくれたケントさんに確認をすると、転移魔方陣のある場所だという。


 世界各地をつなぐ転移の魔方陣なるものがあるそうで、かなりの魔力を必要とするものの、魔力さえあれば各地へ瞬時に行けるらしい。

 この国の転移魔方陣はバーデンという街にあり、そこからセラムさんたちの国、サフィアへ転移する予定だと言われた。


 ケントさん曰く、転移魔方陣を管理する建物は、転移するための魔方陣がある場所と、転移してくる魔方陣のある場所に、部屋が分かれている。

 基本的に転移してくるものに対しては、厳重な警戒をする人員が割かれる。

 でも転移をする方は、魔方陣にいたずらをされない程度の軽い警戒らしい。


 それは転移をするための膨大な魔力を、転移をする当人たちが負担するためだ。

 施設としては、ただ魔方陣を設置しているだけ。

 魔方陣にいたずらをされなければ、転移する側の施設を知らないうちに利用されても、施設側への負担はない。


 なので転移施設のある都市が管理しているのは、基本的に他地域から転移してきた者たちが、不穏な目的を持っていないかというチェックだけ。

 転移魔方陣を利用して攻め込まれたりしたら大事だからね。

 つまり転移を受け入れるときのチェックだけが厳しい施設ということだ。


 早馬でバーデンに連絡があり、警戒されている可能性もあるが、いったん国境に馬車で爆走する姿勢を見せているため、そちらへ重点的に手を回されている可能性の方が高い。

 夜のうちにこっそりバーデン方面へ移動しておいて、国境警戒組から手を回される前に転移してしまえというのが、今回の作戦なのだとか。




 小一時間ほど休憩したらすぐに出発するそうで、味気ない携帯食料と薄味スープを食べたあと、今後の計画を含めたなんとなくのおしゃべりをする。

 そんな中、私はふと思い立ち、空間収納からお菓子を取り出した。


 実家とうちの職人さんへのお土産にと買った、洋生菓子だ。

 保冷剤をつけていたし、亜空間収納していたので大丈夫とは思うものの、この機会に食べてしまえばいい。

 小さめだけど二十個ほどあるので、人数的には足りるはず。


「亜空間収納で大丈夫とは思うけど、生ものだから今食べてしまいましょう。匂いもたたないものだし、いいですよね」

 代表してザイルさんに箱ごとお渡しすると、不思議そうな顔をされた。

「これは?」

「家へのお土産だったものです。私、ちょうど一年半ぶりに帰省するつもりで」


 そう口にした途端に、涙腺が壊れた。

 ヤバイ、とは思ったが、涙がボロボロ出て、そのまましゃくり上げる。


 今まで張り詰めていたものが切れてしまった。

 こんなタイミングで、ダメだとは思う。

 でも止まらない。


 だって、ケンカ別れをしたままだった。

 今回の帰省で仲直りできるはずだった。

 とっておきの、父をリスペクトしたとわかる、渾身の洋菓子を作って。




「お、おい…」

 セラムさんのうろたえる声。


 だけど止まらない。嗚咽が漏れる。

 マリアさんが隣に来て、そっと手を握ってくれた。


「そうね。あなた、とても頑張ってくれていたのね。私といっしょで、本当は帰りたくて、悲しいのよね」

 そう言ってくれたマリアさんもまた、静かに泣き出す。


「ケンカ、したまま……お父さん…仲直り、できる、はずで」

 男連中が手をうろうろさせているので、せめて説明しようとしたけれど。

 子供のようにしゃくり上げながら、涙をひっこめようとするけれど。

 説明は嗚咽で途切れて、うまく言葉にならず、涙も止められない。


 マリアさんの逆の隣に、なぜかグレンさんが座りに来た。

 そして、背中を優しくポンポンとしてくれた。


 言葉はなかったけれど、それが本当に優しくて、温かい手で。

 思わず、すぐ隣にある高い体温のグレンさんに、すがりついてしまった。


 わんわん子供のように泣いたと思う。

 周囲の状況を、まったく考えることも出来なかった。


 でもまあ、とっさにシエルさんが防音結界は張ってくれたみたいだ。

 それは後から聞いたことで。


 頭にぐるぐると、勘当だと言って怒ったときのお父さんの顔とか、母や兄たちの心配顔が浮かぶ。

 友達にも心配をかけていた。

 近所のおじさん、おばさんたちや、常連さんたちにも。


 頭を巡るのは、とりとめのないことばかり。

 ただひたすら泣いた。


 そしてそのまま、寝落ちした。



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