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89 グレンさんの帰還


 夕食の席では、まずソランさんのパン屋開店で喜びのご報告があって。

 あとはシエルさんの和菓子語りな一幕があった。


 そんな夕食の片付けも済み、いつものように大浴場へ入りに行ったときのことだ。


「グレンさん、帰ってきてる!」

 グレンさんの魔力が、ぐんぐん近づいてくるのを感じた。


 徐々に近づいている感じはしていたけれど、すぐ近くまで来ている感じだ。

 もう王都に入っているんじゃないかな。




 なんというか、体がグレンさんの魔力が近いことに喜んでいる。

 魔力水があっても、やっぱり本体にはかなわない。


 叫んで立ち上がっていた私が、飛び出そうとしたとき。

「待ちなさい!」

 素早くマリアさんが私の腕を掴んだ。


 私が湯船の奥にいて、マリアさんの横を抜けようとした瞬間だった。


「今の自分の状態、わかっているかしら、ミナちゃん」

 振りほどいて駆け出したい気持ちのときに、そう言われた。




 今もまだ、私は湯船の中にいる。

 つまり裸だ。


「ちゃんと身支度をしてから、出なさいね」

 そう言って、マリアさんも湯船を一緒に出て、脱衣所に付き合ってくれる。


 お世話をかけて申し訳ないと思いながら、体を拭いて脱衣所に出て。

 はたと気づいた。


 グレンさんは、まっすぐ私に向かうように帰ってきてくれている。

 ええと、まさかあの勢いでここに突入とかしないよね。

 私は早く出ないと、皆の迷惑にならないだろうか。




 会いたいのと状況への不安で、気がはやるまま、体を拭いて、服を着て。

 あまり拭かないまま服を着ようとしては止められ。

 半端な着方で出ようとしては止められ。


 ふと、グレンさんが入り口で止まったと感じた。

 この建物の入り口だ。止まったのか、誰かが止めたのか。


 そして、グレンさんの魔力が移動する。

 小さい方のお風呂、今の男性用お風呂の方に向かっている。


 うん。大丈夫そうだ。

 でも帰ってすぐ、再会前にお風呂なんだと、ちょっと不思議さと残念さを感じた。




 ひとまず私としては、私がグレンさんを迎えたい気持ちがある。

 なのでやっぱり、急ぎ加減で外へ出る。


 マリアさんの声が後ろから、「ちゃんと頭を拭かないと風邪ひくわよ!」と飛んだけれど、そこはご勘弁だ。

 拭くための布はあるので、外でも出来ると、拭きながら移動した。


 そうして出て来た、お風呂前の椅子が並んでいる場所には、ちょっと疲れた様子のソランさんたちがいた。

 料理男子三人は、パン屋のお仕事関係で、この時間の入浴になったようだ。


「グレンを、風呂に誘導するのが大変だった」

 うんざりしたようにソランさん。


「あれは、ない」

 ぐったりと、イーグさんが呟き。


「その状態でミナに会ったら、さすがに嫌がられるよって言ったら、ようやく風呂に行ってくれたよ」

 褒めてと言いたげな顔で言ってくる、ウルさん。




 そうか。三人が誘導してくれたのか。

 でも、なぜ止めるだけでなく、お風呂に行かせたのかが、よくわからない。


 私が首を傾げていると、ウルさんが私に椅子を勧めて、髪を拭いてくれた。

 お兄ちゃんみたいだなと、ちょっとぼんやり思う。


「騎獣をモズに預けてくる」

 イーグさんは、お風呂の建物の外に立つ、騎獣のところへ行った。

 どうやらグレンさんが乗ってきた騎獣みたいだ。

 この騎獣に乗って単騎で、すごく早く帰ってきてくれたらしい。


 マリアさんも来て、私の髪を梳かして乾かしてくれた。

 みんなに世話を焼かれながら、私はグレンさんを待つ。




 三人でグレンさんを止めて、お風呂に向かわせたこの状態。

 私に嫌がられるって何だろうと考える。

 するとウルさんが答えを教えてくれた。


「今日この時間に帰ったってことは、魔獣討伐して、そのまま騎獣を走らせて戻ったってことだよ」

「つまりな。魔獣退治をして、まあ浄化は見届けただろうけど、そこから騎獣を単騎で駆けさせて、最低限の休憩で戻ってきたんだと思う」

 ソランさんもウルさんに続けて言った。

 まあ、私もそうだと思う。


 一日目と似た距離なら、早朝に騎獣を走らせてそのまま魔獣討伐からの浄化という無茶の、逆の順序ということだ。

 セラム様たちとは別行動で急いで帰ってくれたってことだ。




「戦闘のあと、体も拭かずに長距離移動をしていたんだ。ちょっと、ね」

 状況説明の言葉に、なんとなく、想像力が働いてきた。


 つまりグレンさん、汚れていて臭かったのかな。

 それでソランさんたちが、まずはお風呂へ誘導してくれたと。

 なるほどと思いつつ、すぐに会えないのが残念に感じる。


「一緒にこっちに来たときの討伐とか、グレンさん臭くなかったもん」

 ちょっと拗ねた気持ちで言ってみたけれど。

「それは、休憩のときに体を拭いたりとか、色々としていただろう」


 まあ、確かにそうだ。

 昼休憩も、野営の夜と朝も、お風呂に入れないかわりに体を拭いたりしていた。

 特に護衛の人たちは、けっこう堂々と服を脱いで拭いていた。


「この時間に帰ったってことはだ。グレンはそういうことを何もせずに、ただ帰るために行動したってことだ」




 なるほど。そのグレンさんの匂いは、ちょっと想像できない。

 兄が学校から帰ってきたときに臭かったときがある、あんな感じだろうか。

 臭いと言ったら、急いでお風呂に入っていたことを思い出す。


 確かに会って抱きついて、臭いと私が言ったら、グレンさんはショックだろう。

 私も素直に言ってしまいそうな気がするから、未然に防いでくれたソランさんたちに感謝だ。


 有り難いなとお礼を言いつつ、なんだかなという気もする。

 こういうときって、まず感動の再会なんじゃないかな。

 離れていた番たちがようやく会って、抱き合って再会を喜ぶ。

 それが定番だと思うのに。


 現実は、先にお風呂。

 まあ、ね。そういうものと言われたら、そういうものだ。


 セシリアちゃんに言えない展開だ。

 恋物語を夢見る彼女に、帰ってきたら臭かったらしい事件は言えない。


 世話を焼かれたり、そういう話をしながら。

 クマを抱きしめグレンさんを待つ。




 そうするうちに、グレンさんがお風呂から上がったのだろう。

 こちらに向かってくるのを感じた。


 クマを亜空間にしまって、ソワソワと待つ。

 すぐにそこの通路にグレンさんがいると、わかった。


「グレンさん!」

 今度は飛び出す私を、誰も止めなかった。

 通路を走って、勢いのまま前にいたグレンさんに抱きつく。


 飛びつく勢いの私を、グレンさんはしっかり受け止めてくれる。

 そのまま抱き上げ、きゅっと抱きしめてくれた。


 グレンさんの首に抱きつき、グレンさんも私の首のところに顔を埋める。

 ちょっと首元がくすぐったい。




「お帰りなさい、グレンさん」

「ただいま、シホリ」


 名前の部分は、そっと耳元で。

 声も、抱き上げてくれる体も、触れているところから感じる魔力も。

 全部が、ああグレンさんだなあと思って、嬉しくなる。


 しばらくそのまま、相手の魔力を感じていた。

 ああ、生グレンさんだ。ちゃんとグレンさんがいる。




 しばらく抱き合ってから、ゆっくりとグレンさんが歩き出す。

 グレンさんは私を抱き上げていても、いつもは安定して速い歩き方だ。

 なのに今はゆっくりなので、どうしたのかなと見上げたら。


 ちょっとトロっとした顔をしていた。

 疲れて眠いのかも知れないと、思い当たった。


「あの、私降りて、一緒に歩きますよ」

「大丈夫だ。落としはしない」


 きりっとした顔の返しに、思わず笑った。

 初めて馬車の中で声を聞いて、言葉を交わしたときの再現みたいだ。




 グレンさんが抱いて歩いてくれるのに身を任せて、グレンさんの魔力を感じる。

 私まで眠りそうになるけれど、ちゃんと起きていなくちゃいけない。


 下宿に帰って、ザイルさんたちのお帰りの声に、グレンさんは短く応えて。

 自然な動作で私の部屋に入り、寝室のベッドに直行する。


 そこでグレンさんは、私ごと倒れ込むようにベッドに転がって。

 力尽きたように眠った。


 私をきゅっと抱えたままなので、寝顔が見えないけれど。

 頭の上から、穏やかな寝息が聞こえる。


 緩やかな呼吸の動きに、私も眠りを誘われて、そのまま眠った。


連休に合わせて、グレンさんお帰り三日連続更新予定です。

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