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王妃様は、シュークリームの次は、色とりどりのカップケーキに手を伸ばして。
そちらも口にして唸られ、飲み込んでから絶賛して下さった。
サブレも気に入ってもらえたけれど、さすがにお腹がいっぱいになられた。
シュークリームは、お持ち帰りが生もののため危険だ。
なのでそれ以外のカップケーキとサブレ、パウンドケーキをお持ち帰り頂くように、ティアニアさんにも手伝ってもらって、きれいな布で包んだ。
「あらあらあら、こんなに頂いていいのかしら」
お菓子の包みに王妃様は、嬉しそうな声だ。
「あの魔道具の対価なら、むしろ少ないかも知れません」
「自分のお菓子を低く見積もりすぎよ。きちんとした対価だわ、ありがとう」
王妃様は朗らかに言うと、侍女へそれを預けた。
「前回もタルトを陛下の分まで、ありがとう。とても喜んでいたわ」
王妃様も、おいしいものは陛下にも食べさせたいと思うらしい。
仲の良いご夫婦で何よりだ。
それからはお茶だけで、おしゃべりをした。
でも以降のお話は少しだけ、王妃様の顔が陰った。
「各地の浄化がうまく出来て、その話を広めて聖水を他国に輸出したら、聖女様と引き合わせて欲しいと要請が来そうだと、話していてね」
おっと、また厄介な話が出るの?
私の警戒した顔に気づかれたのだろう。王妃様は苦笑する。
「なるべくお断りしようとは思っているわ。でも他国の方も招いた夜会で、少しでも顔を出してもらいたいと、お願いする可能性はあるのよ」
もちろん、私がどうしても行けないのであれば、そう伝えると王妃様は言う。
でも、なんとなく。
私が断ったら、この国としては色々とやりにくいことも出るのだろう。
聖女を保護したと言いながら独占しているだとか。
そういうことを言い出す人は、けっこういる気がする。
私が自分の意思で、セラム様を介して浄化に協力しようとしている。
この国の王族とは良好な関係だ。
自分の意思で、他とあまり関わりたくないと思っている。
そういった意思表示は、いずれ必要なのだろう。
私を保護してくれている人が、あらぬ疑いをかけられないためには。
この世界にとって、聖女がどれだけ特別かはわからない。
でも瘴気溜りの浄化が必要で、聖魔力の持ち主がそれを解決出来る。
魔力の多い人がそんなにいない中、豊富な聖魔力を持つ聖女が必要だ。
そう思われるだろうとは、予想している。
だから聖女は、色んな人に注目されていて。
この国の一部の人たちは、悪い噂を流したり、嫌な手段を使ってでも、私を自陣営に取り込もうとしている。
他の国でも、私を招きたいという国だってあるだろう。
それらに対して、ずっと隠れているわけには、いかないのかも知れない。
「そんな状況だから、セシリア嬢が聖女様とグレンのお話を書いてくれることは、私たちも有り難いわ」
聖女の噂は相変わらずだそうだ。
私はふと、セシリアちゃんから聞いたことが引っかかったので、確認してみた。
「あの、私が成熟した大人みたいな話で、噂が広まっているそうですけど。新軍務大臣やあのときの神殿の人から、私の容姿は知らされていないのでしょうか」
「ああ、彼らはあの直後に捕まえたわよ。出入り禁止している王族の庭園に故意に入り込んで、国の意向に反する行いをしたのだもの」
さっくりと王妃様から、彼らがあの直後に拘束されたと説明が出た。
おおう、そうだったんだ。
エリクさんが走って、すぐさま捕縛になったそうだ。
何しろ新軍務大臣は、神殿に所属しなければ浄化に協力させないと、正式な取り決めにはない強権を掲げた。
聖女を浄化に協力させないと脅したことで、一緒にいた神殿の人とともに、国への叛意だとして、牢に入れられたそうだ。
一般牢ではなく、貴族牢だと説明されたけれど。
貴族牢とはいっても、簡単に入れられるものではないはずだ。
でも貴族院の承認がすぐに出たという。
あちら派閥の方々でも、浄化をさせないとまで言い出したのは、やり過ぎと判断したのだろう。
そして新軍務大臣まで失職したことにより、あの派閥の方々がさらに焦り、噂を加速させたそうだ。
具体的に「自分が聖女と肉体関係を持った」と言い出す人が、複数出たという。
え、それグレンさんの耳に入ったときが、とても恐ろしいのですが。
そして聖女像は不明のまま、噂が先走りしているという。
「そういう意味でも、あなたが皆の前に顔を出せば、あの噂が作られたものだって、すぐにわかるわ」
そう言ってくれるのは、嬉しいけれど。
悪い噂を流されている場に出るのは、ちょっと怖い。
王妃様は、考えておいて欲しいと、その話はすぐに終えられた。
まあ、そうだよね。今考えてもわからない。
そうした要請が本当に来るかどうかも、わからないからね。
そのあとは、王妃様の息子さんたちの話になった。
なんと長男と次男さんは、智の王太子、武の第二王子なんて呼ばれているとか。
「でも私はね、三人の息子の中で、セラムが一番優秀だと思うの」
二人は一点特化だと王妃様は言う。
長男の王太子は、記憶力がとても良く、様々な情報を頭の中で結びつけるそうだ。
様々な情報の中で矛盾点にもすぐに気づき、嘘の情報もあっさり見分けるという。
確かに優秀そうな人だ。
次男さんは、王国の騎士団を率いているという。
武の第二王子という呼び名に、グレンさんみたいな戦闘力を想像したけれど。
どちらかと言えば、指揮官として有能という話だった。
地形を活用しての戦術だとか、どこにどのように兵を配置するだとか。
そういう知識と発想に優れているそうだ。
軍務大臣はアレだけれど、騎士団は大丈夫と判断されたのが、トップがセラム様のお兄さんだからだ。
でも騎士のひとりひとりが大丈夫かはわからないので、今回セラム様が、二ヶ所の浄化を引き受けた。
そうしたことも、王妃様は説明してくれた。
「陛下のお兄様は、いちばん上の息子みたいな天才だったそうよ」
王妃様はちょっと苦い顔で、陛下の亡くなったお兄さんのことを口にした。
「陛下も、兄に比べて平凡だと揶揄されながら、その兄の補佐をなさっていたの」
なんだかそれは、気分が良くないなと思う。
平凡って、どういう意味だろうか。
「そして今、セラムも兄二人に比べて、平凡な第三王子なんて言われているわ」
「え、セラム様、すごく優秀ですよね!」
「そうよ。とっても優秀なのよ! なのに本人たちは、自分を平凡だと思っているの!」
王妃様にとっては、腹立たしい話のようだ。
「天才じゃないから平凡だなんて、そんなわけがないでしょう!」
そのとおりだ。
天才以外は皆平凡って、おかしいおかしい。
「いろんな人とまともに向き合うから、色々と言われて来たのよね」
それで自己評価が低くなっているという。
「いろんなことをやれば、失敗があるのは当たり前でしょう」
一点特化で、得意なことだけをやっていれば、失敗は少ない。
でもたくさん初めてのことがあれば、失敗は多い。
セラム様は王子としてとても評価されて、恵まれた人なのだと思っていた。
彼のお嫁さんになりたくて、レティに嫌がらせをするような人もいるのだし。
外交を担っていて、他種族との交流を担っていて。
すごいことをしているのに、平凡だなんて言われて。
セラム様は、秀才というやつだろう。
失敗しながら学んで、成長していく。
秀才という言葉は、こちらの世界にはない言葉なのだろうか。
「セラムは生真面目に、一生懸命に王族として国の役に立とうとしているわ」
兄二人に対して、足りないといつも思って、努力をしてきたセラム様。
「そもそも歳が少し離れている兄二人に、対等なはずがないでしょうに」
お兄様はもっと優秀でしたと言われても。
この部分は王太子が優秀で、こっちは第二王子が優秀で。
どちらもの良いところと比べられれば、そりゃあ足りないだろう。
でも二人の低い方と比べれば、セラム様の方が出来が良かったと、王妃様は話す。
セラム様がそんなふうな扱いを受け始めたのは、王妃様がちょうど瘴気溜り対策で、側近達と色々と動いている時期だった。
忙しい中、セラム様の教育係がそんな偏った目の人物だと、気づけなかった。
ついでに言えば、自分に似た息子だと思っている陛下が、自分の劣等感そのままにセラム様と接してしまっていたそうだ。
そうと気づいて王妃様は、セラム様はちゃんと優秀だと伝えて、低い自己評価を訂正しようとしたけれど。
慰めだと受け取られてしまい、訂正ができなかった。
「セラムのことは、親として反省しているの」
そのことは陛下にも伝えて、陛下も低かった自己評価を、少し見直してくれているという。
でもセラム様は今も、自己評価が低いままだとか。
「あの人みたいに、未婚のままになってしまわないかと心配していたけど、あの子はレティちゃんに出会えたの」
どうやらセラム様の初恋が、レティらしい。
え、マジですか!
「レティちゃんへの接し方も、ちょっと不器用だとは感じていたけど。今回の件で、とても仲良くなってくれたわ」
今回は良い方向に転がってくれたけれど。
レティが社交界でまだまだ低い立ち位置なのは、そのままだ。
早めにそちらもどうにかしてあげたいと、王妃様は話す。
「レティちゃんが、あの子の最大の癒やしなら、親としては協力したいのよ」
だからお菓子のレシピを、フィアーノ公爵家の料理人に教えてもらえないかと、王妃様は私に要請した。
私はすぐに頷いた。
「元々、レティの立場を良くするために私のお菓子が役に立つなら、協力したいと思っていました」
「ありがとう」
王妃様は、ほっとした顔で笑う。
フィアーノ公爵には王妃様から伝えて頂いて。
また連絡があれば、公爵家の料理人にお菓子のレシピをレクチャーするという話になった。




