86 王妃様の訪問
王妃様は、護衛と侍女を伴っていたけれど、気楽そうな態度だった。
「あらあらあら、お菓子を楽しみに来たけれど、色々と並べてくれているのね!」
挨拶もそこそこに、テーブルに並んだお菓子に目をやり、嬉しそうな顔で笑う。
ティアニアさんが、ほっと肩の力を抜くのを感じた。
王妃様の砕けた態度で、大丈夫そうな場だと判断したようだ。
事前にザイルさんから聞いていても、やはり王妃様と聞くと構えていたのだろう。
「ガイさんから、私のために魔道具を作って下さったと聞いています。ありがとうございます」
「約束したのだもの。当然よ」
そうして王妃様が出してくれたのは、腕輪だった。
華奢な細工の上品な装飾に、魔宝石がいくつかついている。
それらが連動して、呪術が完成するそうだ。
「身を守る魔道具はもうあって、呪術対策として欲しいという話だったでしょう」
まあ、そうなるのかな。
グレンさんがくれた魔道具で、いざというときに身を守る結界魔法と、害意ある人を退ける攻撃魔法はある。
それ以上に何が必要なのか、私自身がわかっていない。
「そもそも結界魔法を使える聖女様が、魔道具に頼る状況が何か、考えたの」
魔道具の話をする王妃様は、目がキラキラしている。
お城で見た、蠱惑的なお顔や態度も魅力的だけど。
好きなことを語る表情は、いちばん素敵だ。
「まずは強制的に眠らされたり、気絶させられたりという、意識がないとき」
うん。それは怖いですね。
「もちろんそうした状況には、その魔道具の結界が作動するはずだけど」
私の頭にある髪飾りを、王妃様は示して見せて。
「すぐに自然と目覚める保証もなく、魔道具頼りというのは、少し怖いわよね」
とっても怖いですねと、私は頷く。
「なので、意識がないまま身につけた魔道具が作動したとき、異常な状態から回復するための呪術が作用するというのが、ひとつ目ね」
にっこり笑って王妃様が説明して下さった。
うん。それはかなり心強い。
「あとは、聖女の魔力を封じられたとき」
言われて私は、首を傾げた。
状況がちょっとよくわからない。
そうして王妃様が教えてくれたところによると。
呪術には、特定の魔力を封じるものがあるそうだ。
私を狙う誰かがいて、もしもその人が、聖女の魔力を特定出来るのなら。
聖女の魔力を封じるという呪術を、使われる可能性がある。
私には豊富な魔力があり、結界が張れる。
もし私がピンチになるとすれば、魔力を封じられたときだろう。
王妃様はそう考えた。
「その呪術は、何か対策が取れるのでしょうか」
私と王妃様のそんな話に、ザイルさんが割って入ってきた。
少し顔色が悪い。
「もちろん。思いついたからには対策をこれに入れ込んで来たわよ」
王妃様はザイルさんを安心させるように、朗らかに言う。
特定の魔力を封じる呪術があれば、魔力を変質させる呪術もあるそうだ。
聖女の魔力が封じられたら、魔力を変質させて使えるようにすればいい。
そうした呪術も、この腕輪の効果のひとつだという。
ただ、魔力変換には少し時間がかかる。
「でも緊急用としては髪飾りがあるでしょう。それで時間稼ぎをしている間に、変換が出来ればいいわけよね」
なるほど。聖女の魔力が封じられたり、私自身の意識が何らかの方法で奪われる。
そのどちらの場合も、ひとまず身を守るのは、グレンさんがくれた魔道具。
魔力封じであれば、魔力変換をすれば、また魔法を使えるようになる。
意識が奪われている場合でも、回復して意識が戻れば私が魔法を使える。
なるほどなるほど。確かに髪飾りの弱点をカバーしてくれる魔道具だ。
私は丁重にお礼を伝えて、腕輪を身につけた。
少し緩めだった腕輪だけれど、身につけるとすっと体に沿うように変化した。
そうした魔術も組み込まれているらしい。
「すごいですね。サイズが自動で合ってくれるだなんて」
「うふふ、そっちは呪術じゃなくて魔術。すごいでしょう!」
王妃様のドヤ顔が可愛い。
魅惑的な大人の女性なのに、とっても可愛い。
本当にこの人、美人で可愛くて性格も良い素敵な人だ。
国王陛下ってば、いいお嫁さんもらったよねえ。
そういえば、王太子の補佐に徹していたため結婚をせず。
いきなり王様になって、結婚相手を探して唯一の条件が合う人として出会って。
それでこんなに素敵な人がお嫁さん。
物語の運命の出会いみたいな感じじゃないかな。
セシリアちゃん、そういうのは書かないのかな。
国王陛下と王妃様だと、身分とか色々気を使うから、書きにくいかな。
ちょっと考えて、王妃様にセシリアちゃんの話題を振ってみた。
グレンさんの知り合いの商人を紹介され、その孫娘と友達になり。
そのお友達として会ったら、グレンさんとの恋物語を書かれることになったという経緯を、説明してみた。
「あらあらあら、いいわねえ。彼女のお話、私も好きよ」
王妃様は、あまり物語は読まない人らしい。
でも大流行しているから、社交のために読んだそうだ。
とても読みやすい文体で、読み始めてすぐ話の流れに引き込まれた。
先が気になってどんどん読んでしまうようなお話だった。
今では王妃様も、彼女のファンだという。
やっぱりセシリアちゃん、才能のある子だから、皆に読まれてるんだよねえ。
グレンさんと私がどんなふうに書かれるのか、ちょっと楽しみな気はする。
試しに国王夫妻が物語にされたら嫌か、聞いてみると。
「あら、むしろ書いてもらえるなら、どんなふうに書かれるか楽しみだわ」
王妃様は乗り気だった。
「あちらは気を使うだろうから、書いて欲しいとはとても言えないけど、書いてもいいって思えるなら、もちろんモデルに使ってもらえたら嬉しいわ」
嬉しそうに話してくれるので、今度セシリアちゃんに言ってみよう。
もしかしたら、書きたいけれど身分で遠慮している可能性もある。
「あなたとグレンの話も楽しみねえ。どんなお話になるかしら。新作の噂が入ってくるように、お願いしておかなくちゃ」
楽しい雰囲気のまま、王妃様にお菓子を勧める。
ティアニアさんがさっと立って、お茶を淹れてくれた。
王妃様は早速、シュークリームに手を伸ばすと。
「んーっ」
頬張って、口を閉じたまま美味しそうに唸った。
うん。いい反応だ。
作り手としては嬉しい限りだ。
至福の表情でモグモグしてから、飲み込んでほうっと息を吐くのが色っぽい。
「あのタルトと同じトロっとしたのは、今回ミルク感が強いのね」
さすが王妃様、味覚が鋭い。
「はい。あのカスタードクリームも使ってますけど、生クリームと二層なんです」
「カスタードクリームと、生クリーム。このトロっとしたのをクリームって言うのね。どっちのクリームも、とってもおいしいわあ。私これ大好きだわ!」
うふふふふ、王妃様からも大好きを頂きました。
きっと今の私は、ドヤ顔になっているだろう。
ティアニアさんとザイルさんにも勧めて、シュークリームを食べてもらった。
「おいしいわあ。これ、テオにも食べさせたいわ」
ティアニアさんは絶賛のあと、テオ君に食べさせたいと言った。
ザイルさんと似た反応で、さすがご夫婦という感じだ。
今日はテオ君、パウンドケーキの方をおやつに持って行ってもらっている。
シュークリームは明日のおやつだね!




