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シエルさんは、餡子系のお菓子が実は大好物だったという。
でも異世界では食べられないだろうと、諦めていた。
素材があっても、あちらで食べたような、おいしい和菓子は作れないだろうと。
そうだよね。餡子の味って、こだわるとかなり難しいからね。
和菓子は餡子の味にかかっているって、父がよく言っていたからね。
なので私が和菓子屋の娘で、餡子を炊くのは子供の頃から修行していたと話した。
「和菓子屋の娘! なぜ洋菓子ばかり作っていたんだ!」
「だって材料がなかったから」
すぐに手に入ったのが、小麦粉やミルク系、卵など洋菓子の材料ばかりだった。
そう話すと、なるほどと頷かれた。
「専門学校では、洋菓子の技術を主に学んでました」
「そうよね。洋菓子だって、趣味のお菓子作りとプロの味って、違うものね。ミナちゃんのはプロの味だもの」
「確かに美味しかった。それで、羊羹を作ったと聞こえたが」
シエルさんに迫られて、羊羹を出した。
朝食前だし、小さめの一切れを二人に渡すと、二人ともいそいそと口に入れて。
「ああ、羊羹だ」
シエルさんてば、しみじみとした口調だ。
「本当においしいわ。和菓子まで作れるなんて、すごいわ」
マリアさんも嬉しそうだ。
「あと餡子玉とどら焼きも作りましたけど、それは朝食後にしましょうね」
「他にもあるのか! おはぎはどうだ?」
「お米が見つかってないんですよね」
お米問題に、シエルさんはちょっと肩を落とす。
「そうか、米か。だが米が見つかれば作れるんだな。あと茶席で出るような和菓子とかは」
「練り切りも作れますよ」
言った途端に、ぱあっと笑顔になった。
シエルさん、相当の和菓子好きらしい。
「休日の贅沢は、高い和菓子をじっくりと、音楽を聴きながら食べることだった」
そう話すシエルさんの顔は、その味を反芻しているのか、ほんわりほどけている。
デパ地下などで高級和菓子を買ってきて、お茶を入れて、音楽を流して。
休日の優雅なひとときを、楽しんでいたそうだ。
「和菓子を食べられるなら、緑茶も欲しいな」
「そうねえ。今のところ、お茶は紅茶ばかりよね」
マリアさんも、子供の頃は日本に住んでいて、緑茶が飲み慣れた味だという。
わかる。紅茶じゃなく、緑茶なんだよね、和菓子は。
そして私自身、紅茶はたまにしか飲んでいなかった。
普段飲んでいた緑茶が恋しい。
お茶っ葉がどういうものか、聞く必要があるかな。
発酵技術がないから、お酒のように魔道具だろうか。
それともお茶っ葉として、何か不思議植物か、ダンジョンで手に入るとかかな。
もし不思議植物なら、熟し具合とか種類違いで、緑茶があるかも知れない。
そんな話を三人でしていると。
またも厨房での声に、ザイルさんが起きてきてしまった。
「ごめんなさい。なんだか連日起こしてしまって」
昨日の朝も迷惑をかけたので、申し訳ないと思ったけれど。
「いや、もう起きる時間だったから構わないが。昨夜は眠れたのか?」
逆に心配されてしまった。
「大丈夫です。昨日はしっかり寝ました!」
私は横に置いていたクマを叩いて、元気アピールをする。
魔力水は新しい物に入れ替えて、しっかりグレンさんの魔力が感じられる。
何を騒いでいたかと聞かれて、シエルさんが頭を下げた。
「申し訳ない。和菓子が食べられることに、興奮した」
「和菓子?」
「ああ。大好物なんだが、さすがに異世界では食べられないだろう、諦めなければと思っていた」
起き抜けに甘い物はどうかと思うけれど。
ザイルさんにも羊羹を小さく切って、渡す。
口に入れて、甘さにちょっと驚いた顔をして。
モグモグしながら、ザイルさんは不思議そうな顔になった。
「美味しいが、少し変わっている風味だな」
「食べ慣れない人には、小豆って不思議な風味かしらね」
話の途中で、身支度を調えたティアニアさんも来た。
テオ君もついて来たので、二人にも羊羹を少し切って渡した。
ティアニアさんもテオ君も、羊羹を気に入ってくれたようだ。
「少し不思議な風味だけれど、これもおいしいわ」
「これが我が家が扱う、和菓子の一種です」
まあ、我が家はお茶席に出すような和菓子がメインだったんだけどね。
なので基本的に予約を受けての販売だった。
お饅頭などの定番菓子で、すぐに買える商品も、もちろんあったけれど。
評判になったのは、前日予約必須の、季節の和菓子セット。
上生菓子のセットで、見た目も味もこだわった完全受注生産だ。
これが雑誌に取り上げられて、観光客が来るようになった。
観光客の方々でも、その商品は前日予約してもらい、翌日渡しのサイクルだった。
たまに無茶を言うお客さんが、ちょっと大変だったけれども。
小豆を改めて購入できたら、うちの主力だったような生菓子を作りたい。
父ほどの腕はないけれど、父に合格だと言ってもらえた作品は、いくつかある。
そういうものを、気合いを入れて作りたいと話した。
シエルさんが、ちょっとソワソワした顔になったので、笑ってしまった。
朝食作りは、ティアニアさんとは別になる。
でも粉末だしの話をして、すまし汁を味見してもらった。
「まあ、なんだか深みというか、おいしいわね」
「乾物を粉にしてみたんですけど、お出汁として使えます」
あちらの世界ではたぶん、乾物をそのまま粉にしただけでは、粉末だしにはならないと思う。
でもあの乾物を鑑定したとき、そのまま出汁になると出たから、粉にしてみた。
本当に異世界摩訶不思議は、不思議で楽しいし、面白い。
なので料理に使ってみて欲しいと、ティアニアさんにもお渡しした。
もちろんマリアさんにもお渡しした。
朝食を居間のテーブルに並べていると、ヘッグさんが降りてきた。
ザイルさんたちは、彼らの居住区の居間で朝食をとるそうだ。
「今日は一緒に朝行動するから、ヘッグさんの朝食も作りましたよ」
「おお! じゃあ、明日も何か朝の予定を入れるか」
なぜこの人は、こんなにすぐ調子に乗るのか。
もちろん却下だ。
笑っているので冗談だったようだけれども。
和食のような朝食は、マリアさんとシエルさんはもちろん、ヘッグさんもおいしいと言ってくれた。
「こういう干物を、うまいと思うのは初めてだ」
そう言って豪快に食べてくれるのは、まあ、作りがいがある。
ヘッグさんみたいな性格の人って、得だなあ。
朝食のあと、ドラ焼きを四つに切り分けたものと、餡子玉をひとつずつ食べた。
味見程度の量だけど、デザートとしてはちょうどいい。
噛みしめるように食べていたシエルさんは、食べ終わって満足そうに息を吐いて。
次は練り切りを食べたいと、熱望された。
また小豆が手に入ったらという約束になった。
朝食のあとは、靴屋さんだ。
ラナさんとバルコさん、メイちゃんのお家に初訪問だ。
家の造りはソランさんのパン屋と似た、お店として間口の広い造りだった。
ヘッグさんが呼びかけると、バルコさんがすぐに出て来てくれて、私とシエルさんの足のサイズを測ってくれる。
私がクマを抱えていることは、さくっと流してくれた。ありがたい。
いつも既製品の靴を、なんとなく履いていたので、足の甲の高さとか足首とかも測られて、戸惑った。
でもオーダーメイドなら、そういうものなのだろう。
素材などはよくわからないので、お勧めで決めてもらう。
「足に当たる部分はこれで、外側はこの素材はどうだ」
サイズ違いのラナさんの靴をお試しに履かせてもらうと、中は柔らかい感触で、外は丈夫そうだ。
足に重い物を落としても、大丈夫な頑丈さだという。
なるほど、履き心地は良さそうだ。
外の頑丈な素材は、グレンさんの瞳の茶色。
ちらっとバルコさんを見ると、ニコニコと笑っていた。
なんだか竜人自治区中に、グレンさんと私が番になった話が広まっていそうだ。
別にいいけど。いいんだけども。
シエルさんも好みの色を言って、デザインを決める。
男性用と女性用、いくつかデザイン案があり、私のものは可愛い系ブーツだ。
マリアさんとラナさん、メイちゃんの意見も聞いて、決めた。
特にメイちゃんが「この部分に、こういう飾りとか足せないかな、お父さん」と、提案してくれた案が、すごく素敵だった。
おかげ様で、頑丈で可愛くて履き心地がいいブーツが出来上がりそうだ。
見た目と機能を備えたブーツ、最高だよね!




