82 パン屋開店の朝
さて、昨夜はよく眠れました。
グレンさんの魔力抱き枕の威力は偉大だった。
朝メッセージを送ったところ、グレンさんも昨夜はちゃんと眠れたみたいだ。
これからもう一ヶ所の瘴気溜りを浄化して、帰ってくることになる。
「浄化も帰り道も、気をつけて下さいね」
そうメッセージを送ったら、早く帰りたいとまたメッセージが来た。
うん。眠れたけれど、やっぱりダメージがあるみたい。
私も早く会いたいから、気をつけて魔獣討伐して、帰り道も気をつけて下さいねと、改めてメッセージを送っておいた。
さて、今日はソランさんのパン屋が開店です。
昨日もあれからパン屋に顔を出し、最終確認にも参加した。
手順の打ち合わせをして、今日焼くためのパン生地の準備もしてある。
しばらくは丸パンだけを売るという。
まずは柔らかい丸パンを知ってもらってから、他の物を売ればいいという話だ。
午前中の状況次第では、追加でパンを焼くそうだ。
パンを焼くのは午前中だけで、そのあと売り切れたら店は終了。
今日のところはそんな予定だと聞いている。
パン種は、新しく作っているものもあるけれど。
ひとまず今使うものは、私がスキルで用意した。
自然発酵を待つには、時間が必要なのでね。
その自然発酵で育てているパン種も、順調みたいだ。
彼らは自分たちが育てたパン種で、パンを焼ける日を、楽しみにしている。
ちなみに今日は午後にふたつ、予定がある。
ガイさんが運んでくれたお手紙によると、なんと王妃様が来られるそうだ。
さっそく呪術で作った守りの魔道具を、ご用意くださったらしい。
なので快適に寝た翌朝の今、王妃様にお出しするお菓子を作ろうと思う。
ちなみに昨日のサブレは、商業ギルド長にマルコさんから伝えてもらった。
商業ギルドから連絡も来て、レシピ登録のために今日の夕方、テセオスさんが来てくれることになっている。
二日分の聖水の納品も、そのときに受け付けてくれるそうだ。
それが午後ふたつ目の予定。
あと昨日の朝、私がまともに起きていたら、ヘッグさんが一緒に行こうとしていた場所が二ヶ所あった。
ラナさんの旦那さん、メイちゃんのお父さんバルコさんがやっている、靴屋さん。
それから素材採取から戻ってきた竜人族の魔装具士、ソルさんのところ。
どちらもダンジョンへ行く準備として、装備を作ってもらうためだという。
「サイズをきっちり計って、ダンジョンでも大丈夫なブーツを作って貰う」
なるほど、大事なことだ。
魔装具士には、グレンさんから預かっている魔蜘蛛絹という布で、私が身につける物を作って貰うそうだ。
そんな話が夕食の席で出て、マリアさんも同行を希望した。
だってマリアさんと同じ、魔装具士だ。
今は普通に小物ばかりを作っているマリアさんだけど、特別なスキルはきちんと身につけて活用したい。
この世界の同職の人から、学べる物は学びたいだろう。
なのでソルさんという人に、色々と教えてもらいたい。
マリアさんは直接お会いして、お願いする予定だ。
もちろんシエルさんも装備を作って貰うため、一緒に行く。
ソランさんのパン屋を手伝いたいのに、予定が盛りだくさん過ぎて、どうしたものかと思っていたら。
朝食後に、まずはバルコさんの靴屋に行く。
それから魔装具士ソルさんの工房へ。
サイズを測ったり、打ち合わせが終われば、パン屋を手伝うことになった。
「朝いちばんは自分たちでやりたい。でももし皆が買いに来てくれて忙しくなるなら、午前中の販売を手伝ってほしいかな」
夕食の席で、そういう話になった。
なので私は装備の件が終わり次第、ソランさんのパン屋へ行く。
竜人自治区内のお店なので、事前に購入希望で声をかけてくれている人も多い。
ヘッグさんやガイさん、あとラナさんご家族などから柔らかいパンの話を聞いて、食べたいと思ってくれているみたい。
今日はお試しで数個買ってみてもらい、あとは前日注文での販売になる。
なるほど。顔見知りばかりの地域のお店らしく、食材の無駄にならない売り方だ。
ルシアさんの家具工房もそうだけど、互いに声をかけ合って、不要なときは閉店というのは、当たり前みたいだ。
それで商売になるのかなと思っていたら。
人族の家具屋さんにも、ルシアさんは家具を卸しているそうだ。
ソランさんたちも、いずれは人族のお店にパンを卸すか、人族用のお店を作るか、しばらく考えると話していた。
こちらの世界の商売が、私はまだよくわからないから、そうかと話を聞くだけだ。
昨夜のことは、もうひとつ。
夕食後、ガイさんへお礼として、サブレをお渡しした。
ヘッグさんにも日々お世話になっているお礼に渡した。
ガイさんとヘッグさんの反応に、少し用心していたけれど。
二人は喜んで受け取ってくれただけで、特に無理は言われなかった。
どうやらパンは、日々作るならついでに欲しいと交渉されていただけで、無理を言うつもりでもなかったようだ。
こちらが構えてしまって、お礼が遅くなったことが、なんだか申し訳なくなった。
もちろん仲間外れにならないように、ソランさんにも渡した。
作業の合間に食べてねと、三人分をお渡しした。
開店の前祝いだなと喜んでくれた。
さてさて、そんなわけで、爽快な朝です。
みんなで朝食習慣は、昨日でおしまいだ。
パン提供の一巡を終えた今、元のルールに戻そうという話になった。
なので私は、自分の朝食だけを準備すればいい。
とはいえ今日は朝いちばんにヘッグさん、マリアさん、シエルさんと一緒に行動だから、彼らの分も作ろうと思う。
自分だけのための食事って、なんとなく手抜きになる。
他の人のも作る方が、作り甲斐があるのです。
グレンさんが帰ってきたら、グレンさんのために気合いを入れて朝食を作ろう。
そう思うと、ちょっと気分が浮き立つ。
亜空間があるから、作り置きをしておいてもいい。
とにかくグレンさんと朝食は一緒に食べよう。
今日は粉末だしを試そうと思っていたので、すまし汁を作ることにした。
本当は味噌汁を作りたいけれど、お味噌がないのでお醤油のすまし汁だ。
マリアさんとシエルさんには、きっと馴染んだ味になる。
しかしまずはお菓子だ。
シュー生地を焼いて、カップケーキを焼く。
シュークリームは生クリームとカスタードの二層にしてみる。
私としては、どちらかだけよりも、二層の方が好きなんだ。
カップケーキは蒸しパンのときみたいに、複数種類を作ってみた。
こちらの果物は、予想外の色が混じるので、すごくカラフルで見栄えがする。
あとはパウンドケーキを焼いていたものがあるし、追加でサブレも作った。
おやつはそのくらいで良いだろう。
朝食は汁物の他に干物の魚があったので、野菜とあわせて蒸し焼きにした。
すまし汁の具は、ちょっと迷ってジャガイモだ。
ジャガイモのお味噌汁とパンは、私が好きな組み合わせだ。
本当に、お味噌がないのが残念だ。
あとお米。これほど長くお米を食べないと、お米が恋しい。
改めて市でくまなくお米を探してみたいものだ。
そうするうちに、マリアさんが顔を出した。
粉末だしの話をして、すまし汁を味見してもらうと、ぱあっと笑顔になった。
「これよ、これ! そうよね。お出汁って、大事よね。嬉しいわ」
とても喜んでもらえた。
うん。ちゃんと馴染んだお出汁っぽい感じになっているんだ。
これで料理が格段にやりやすい。
「テセオスさんが来たら、材料の干物を発注しましょう。これでお出汁のお料理が色々出来ます」
「そうよね。あ、他にはどんな物があったの?」
「小豆があったんですよ! 羊羹とか作りました」
きゃっきゃとはしゃいでいると、そこに顔を見せたシエルさんが、ツカツカと私に迫ってきた。
「羊羹、だと!」
あまりの勢いに、ちょっと仰け反ってしまった。




