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セシリアちゃんはそのあとも、とても積極的だった。
私やザイルさん、マリアさんから色んな事を聞き出そうとしていた。
グイグイ来る勢いに押されたせいで、花祭りのことまで私は話す羽目になった。
指を舐められたエピソードに、さすがに引く気配を見せたけれど。
「でも番の儀のために、グレンさんの魔力に慣らす必要があったらしくて」
「詳しく!」
理由があっての行動だったと話すと、またもグイグイ来た。
最終的に、番の儀を終えたけれど。
今はグレンさんが瘴気溜りの浄化の協力に行ってしまった。
「故意に広められた聖女の悪評をどうにかするには、早期の浄化実績が必要だ」
ザイルさんの言葉に、私のためだったのだと、またグレンさんが恋しくなる。
番の儀のあとは、互いの魔力が必要になる。
それで私は、クマを抱いているのだと、改めて話した。
「まあ、グレン様の方は大丈夫ですの?」
その質問に、どう言おうかと言葉を濁しつつ。
グレンさんにも魔力水を渡したと、話したのだけれど。
濁した言葉に、またもグイグイ来られた。
私はそれでも話すつもりがなかった。
でもマリアさんが、タライで魔力水に浸かるという返事を、話してしまった。
やはりセシリアちゃんもシェーラちゃんも、ちょっと引いた顔になる。
「でもでも、グレンさんがそれで安定してくれるなら、いいんです!」
私の主張には、微笑ましいと言うよりも、生ぬるい笑みを向けられた。
納得がいかない!
こちらの話をひととおり聞いて満足した彼女は、自分のことも話してくれた。
「たまたま、先祖の逸話を物語風に書いて知人にお見せしたら、広まってしまっただけなの」
機会に恵まれただけで、才能などではないという。
でも読みやすくて、引き込まれる文体だったのだろう。
だって印刷技術がない中で、書き写してまで広く読まれる物語になったのだ。
なんだかすごいことじゃないかな。
読みたいなと希望したら、今度持ってきてくれるという話になった。
「物語は好きなのです。私が実際には出来ないことを、叶えてくれるから」
軽く目を伏せて、セシリアちゃんは語る。
生まれつきの病気で、子供を産めないだろう。
それどころか大人になれないだろうと言われていたそうだ。
だから結婚は諦めて、両親は好きにさせてくれていたという。
こちらの世界の貴族同士の結婚は、跡取りを産むことを求められるから。
「私だって本当は、色んなことをしたかったし、恋だってしたかった」
それを物語が叶えてくれた。
物語の世界では、自分が恋をしている気分になれたし、冒険だって出来た。
自分が読みたい物語を、自分で書いてみよう!
それが、彼女が物語を書くきっかけだったそうだ。
シェーラちゃんとは、伯爵家の特産物をマルコさんが扱う関係で、出会った。
伯爵領では紙の製造をしていたが、以前はとても貧しかったそうだ。
提携していた商会は、伯爵領の紙製品を買い叩いていた。
マルコさんは、正当な評価でそれを買い取り、他地域で売った。
あるときマルコさんについて来たシェーラちゃんが、「特別な紙って、作れないのかしら」と言い出して。
今では高級便箋として利用されている紙が、開発された。
孫娘同士が仲良くなり、伯爵はマルコさんの店に乗り換えることを決意した。
孫娘を可愛がるマルコさんが、その友達の家を裏切ったりはしないだろうと。
伯爵家はマルコさんの商会にすべてを任せるようになってから、ようやく領地経営が軌道に乗ったそうだ。
以前は搾取されていたことに、気づいていなかった。
いや、薄々気づいていたけれど、商人はすべてそんなものだと思っていた。
「今ではそれなりに、豊かな領地になってきておりますわ」
領地の整備も出来るようになり、領都などはかなり賑やかになってきた。
そう話す彼女の表情は明るい。
「もう心臓病は良くなったし、これから色々と、やりたかったことも出来るね」
そう私が言うと、はたと気づいたように、彼女は大きく呼吸をする。
「そう、ですわね。私、想像もしていなかったですわ」
自分の病気が治ることを、考えたこともなかったという。
「そうですわ。治療費はどうなりますでしょう」
治療費。病気を治したのだから、確かに発生しそうだけれども。
「今回は咄嗟にこっちが勝手にやったことだから」
あと病気の治癒は初めてだったので、実験的にやってしまった感じだ。
治癒のお金を貰うのは、どうかと話した。
それに伯爵領の経営が正常になり、領地整備がようやく出来るようになったという話のあとで、なんとなく頂きにくい。
伯爵領のお金は、領地のために使うべきだ。
そう話すと、ちゃんと伯爵家としてのお金も別枠としてあると。
ドレスをあつらえたりしているので、きちんと払うという。
いや、でも、妥当な対価がわからないので。
「じゃあ、元気になったセシリアちゃんの新作を読ませて欲しいな。あと今までに書いたものも」
物語を書く人なのだから、それを対価に。
そう伝えると、ちょっと苦笑みたいなのを向けられた。
「ご本人とお会いすると、あの噂はかなり無理がありますわね」
セシリアちゃんは、しみじみとした口調で言った。
「これだけお人好しで、恋愛音痴な彼女が、淫らな魔性の聖女だなんて」
うん。恋愛音痴って何かな。
ちゃんとグレンさんと恋愛をしていますよ、私は。
あと淫らな魔性の聖女って何さ。
そしてシェーラちゃんは話してくれた。
物語が好きな人が集まるサロンがお城で開かれていて、先日行ったときに、その話が出たと。
複数の男性が、聖女に迫られて関係を持ったと話しているという。
名前を挙げられたけれど、もちろん知らない名前だ。
というか、どこの誰でどういう人だろうか。
どうやら例の軍務大臣派閥の男性たちが、私と関係を持ったと吹聴しているとか。
それ、グレンさんが知ったらまた不機嫌で魔力が荒れそうなんですけど。
正直お城で会った男性は、セラム様とエリクさん、王様と宰相さんくらいだった。
他の人と会うような状況は欠片もなかったと話すと、そうでしょうねと頷かれた。
どうしたものだろうか。
実害がないとは思っていたけれど、ひょっとしてそのうち、竜人の人たちの迷惑になるだろうか。
ザイルさんはそんな心配はいらないと言ってくれたけれど。
確かに好き勝手な噂を撒かれるばかりでは、困ったことになりそうだ。
「なんだか私も、腹が立ってきましたわ」
シェーラちゃんが立ち上がって拳を握る。
「番一筋の恋する女子に、他の男性との噂話だなんて、あり得ませんわ!」
竜人族の番の関係性が大好きだそうなシェーラちゃんが、憤っている。
「私の憧れの、竜人族と番のお話を、汚すような真似、許せませんわ!」
「そうね。私も竜人族の番というものは、いつか書きたいと思っていたし、その物語性を汚されるのは、不愉快だわ」
セシリアちゃんまで怒りだした。
「今までとは少し風変わりなお話になりそうですけれど、お二人の絆を、ぜひ書かせて頂きますわ」
風変わりって何だろうとは、ちょっと思うけれども。
ザイルさんが言っていたように私のイメージ戦略は必要で、セシリアちゃんが書いてくれることは、効果的なのだろう。
さて、そんな話が出てからようやく、彼女たちはお菓子に手をつけてくれた。
新作のサブレに、二人とも目を丸くしている。
「サクサクして、おいしいですわ」
「まあ、これは異世界のお菓子ですの」
「今までのもおいしかったけど、これもとってもおいしいわあ」
ティアニアさんまで大絶賛してくれた。
「商業ギルド長が、お菓子の聖女様と呼んでいるほどだ」
なぜかザイルさんが自慢げに言った。
「商業ギルド長がそのようなことを」
セシリアちゃんはさらに目を丸くする。
シェーラちゃんが花祭りのお菓子の話をして。
このサブレを、是非扱いたいと言ってくれた。
「私も出来ればシェーラちゃんに、定番のお菓子を扱ってもらえたらと思ってて、ちょうどサブレはいいんじゃないかなと話したかったの」
「それなら、聖女様のお菓子として売り出してはどうかしら」
ティアニアさんの提案に、マリアさんが名案とばかりに声を上げた。
「コンセプトショップなんてどうかしら」
マリアさんは、物語と絡めたお店にすればいいという。
過去のセシリアちゃんの物語も含めて、今回の聖女コンセプトも絡めて、女の子が喜ぶお店はどうかと。
「売る商品を限定するのではなく、テーマを限定して売るお店があったの。例えば聖女というコンセプトで、可愛らしいお菓子も、小物も、なんなら化粧品なんかもいいわね」
待って。それ私が精神的に被害を受けるやつ。
恥ずかしさを飲み込めば被害でもないけど、やっぱり恥ずかしいやつ。
その方向性って、もしかしてマリアさんがやりたいことじゃないのかな。
けれどシェーラちゃんも乗り気で、話は進んでしまう。
どういった商品を扱うかというところで迷っていた彼女にすれば、テーマだけを決めて手広くというお店の方針は、ハマったようだ。
とはいえ、マルコさんやホセさんとも相談が必要だ。
シェーラちゃんは話を持ち帰ることになった。
ついでにサブレも二人に持ち帰ってもらう。
家族にも食べさせたかったから嬉しいと、二人は喜んでくれた。
あとサブレについては、商業ギルドにマルコさんから伝えてもらうことになった。
あとからのレシピ登録でいいのか、誰かが来てくれるのか。
商業ギルドから連絡が入るのを待てばいいと、ザイルさんも言ってくれた。
またこちらに来ると約束をして。
二人は元気に帰って行った。
侍女さんは馬車に乗る直前、私に向かって、丁寧に頭を下げてくれた。
セシリアちゃんのオチは、ダンジョン編のあとの夜会編までお待ち下さい。




