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 心臓が良くなってきたら、今度は肺の方も悪いとわかった。

 そちらにも治癒魔力を注いで、状態スキャンをしながら治癒を続ける。


 やがて治癒魔法に持って行かれる魔力が、緩やかになってきて。

 セシリアちゃんが、ほうっと息を吐いた。


 額に汗が浮いているけれど。

 苦痛に眉根を寄せていた状態から、和らいだ表情になっている。

 改めて状態判定をすると、もう大丈夫だと感じた。

 なので魔力を注ぐのをやめて、セシリアちゃんが落ち着くのを待った。


「あの、もしかして、治癒をして頂けたのでしょうか」

 シェーラちゃんが、なんだか泣きそうな顔をしている。

「セシリア様は、治ったのでしょうか」




 身近に心臓病の人がいなかったので、私は詳しく知らないけれど。

 子供の頃からの病気って、色々と大変だっただろうなと思う。

 遊びたいのに、皆みたいに遊べないとか。

 飲みたくないお薬を飲まなければいけないとか、やりたいことが出来ないとか。


「初めてだから、これでいいのか、わからないけど」

 でも状態判定では、健康体と出ているから、大丈夫だと思う。

 そう伝えると、シェーラちゃんが泣き出した。


 セシリアちゃんの方は、ちょっとぼうっとしているようだ。

 大きく息を吸って、吐いて。


「変ですわ。息苦しさと痛みが、まったくないなんて」




 いや、それ今まで普通のときに息苦しくて痛かったってこと?

 えええ、まったく普通の態度に見えたけど、大変だったんじゃないの!


 呆然としているセシリアちゃんに、泣いているシェーラちゃんが抱きつく。

 セシリアちゃんは、何度か深く呼吸をしてから。

 顔を歪めて、静かに泣いた。


 壁際には、セシリアちゃんについて来ていた年配の侍女さんがいて。

 その人も静かに泣いている。

 防音結界で声は聞こえないようにしていたけれど、こちらの様子から、状況がわかったみたいだ。




「今日の訪問は、昨今の状況から大人の貴族には遠慮を願ったのだが、彼女の体調がそれほどひどいとは」

 普通に背筋を伸ばして、清楚な雰囲気に思ったけれど。

 シェーラちゃんと同じくらい元気な気性なのに、体調のために清楚な雰囲気に見えていたのかも知れない。


 ザイルさんは用心して、大人の貴族から私を守ろうとしてくれたのだろう。

 でも確かにちょっと、申し訳ないことをした気がする。

 病気の娘さんを、侍女さんをつけただけで送り出すことになったご両親は、さぞかし心配だったことだろう。


 二人が落ち着くのを待つ間、壁際の侍女さんにも椅子を勧めた。

 来てすぐは、壁際に頑として立つと宣言していた彼女だけど。

 安心したのと泣いたので、力が抜けたように勧めた椅子に座ってくれた。


 話をそのまま聞いてもらうのは、シェーラちゃんとセシリアちゃん二人だけだ。

 でも侍女さんにも、楽にして待っていて欲しいとは思う。




「聖女はこの世界で生まれるはずだった。私も聞いていたのに、ちゃんと気がついていなかったわね」

 ぽつりとマリアさんが言った。

「なぜあちらに生まれたミナちゃんが聖女だったかは、わからないけど。帰ってはいけない、帰れないって、そんなふうに決意していたなんて」


 マリアさんは、気づかなくてごめんねと、謝ってきた。

「マリアさんにも、たくさん助けてもらってます。ありがとうございます」

 グレンさんの次くらいに、マリアさんがいてくれたから助けられている。

 そう伝えたら、マリアさんの目にも涙が滲んだ。


「誰かがもし帰れるなら、手紙のやりとりでも出来ればいいのにね」

 涙に湿った、マリアさんの声。

「私もね、当初ほど帰らなくちゃとは思っていないの。でもせめて、娘たちに無事を知らせたい。こっちで楽しくやってるわよって、伝えたいの」


 私も頷く。

 そう、せめて手紙のやりとりでも出来たなら。

「出来るとしたら、シエルさんだよね」

「そうね。お願いしてみましょうね」


 顔を見合わせて、ふと私まで泣きそうになって。

 セシリアちゃんの治癒で手放していたクマを、急いで抱きしめた。









 ティアニアさんが新しいお茶を淹れてくれた。

 静かに泣くセシリアちゃんの前と、彼女に抱きつくシェーラちゃんの前。

 それから少し涙が滲む目の、私とマリアさんの前に置いてくれる。

 あと壁際の椅子に座る、侍女さんにも手渡していた。


 うん。泣いたあとは水分補給が必要だものね。

 ザイルさんは、そんなティアニアさんを優しい目で見ている。

 うん。竜人族なだけに、いつまでも熱々夫婦なんですね。


 私とマリアさんが落ち着いてきたのを見て、ザイルさんがふと質問してきた。

「そういえば、瘴気溜りを浄化した夜は、何をしていたんだ?」

 夜に馬車の外で立ち尽くしていた理由を訊かれた。


「目が覚めて、ちょっとだけ誰かと話そうと馬車の外に出たら、月がふたつあったから」




 月がふたつで何がおかしいのかと言いたげな、ザイルさんの顔。

 私はマリアさんを見る。

 マリアさんは、すぐに理由がわかってくれた。


「私たちの世界では、月はひとつよ。それに満ち欠けをするの」


 私のかわりにマリアさんが答えてくれて。

 ザイルさんとティアニアさんが、驚いた顔になった。




 こちらの月は、いつ見ても欠ける様子がない。いつでも満月だ。

 だからきっとこの世界は、天動説のままの世界だと思う。

 魔法がある世界なのだから、きっと世界の理のようなものが、違うのだ。


 そうしたことを、マリアさんと私で、代わる代わるに説明した。

 私たちの世界は魔法がなくて、科学が発達していたこと。

 たくさんの機械があり、それらに生活が支えられていたこと。


 こちらに召喚されたときは、電車という決められた通路を走る、集団を運んでくれる鉄の乗り物に乗っていた。

 座席に座っていたので、こちらに召喚されたときに転けたのだと話した。


「ミナちゃんは帰省するところだったってことは、あの沿線に家があったの?」

「そうです。マリアさんは?」

「私は旅行よ。あの次の駅で乗り換えれば、有名な温泉地があったでしょう」

「ああ、あそこに行くところだったんですね」

「シエルさんも、同じ温泉地に旅行の予定だったんですって」




 マリアさんの過去は少し聞いていたけれど、召喚直前の話はしていなかった。

 今更だけど、どういう状況で召喚されたのか、お互いにようやく知った。


「旅行に行って行方不明なんて、娘たちに心配かけるだろうなって、思うのよ」

 マリアさんは困ったように笑う。


 前に何かのテレビで、日本人は困ったときや悲しいときに笑ってしまうのだと言っていたけれど。

 私もたぶん、似た表情をしているだろう。

 困って悲しいのに、泣くのを通り越すと、どんな顔をすればいいのかわからない。


 召喚された直後よりも、この世界での生活に前向きになっている。

 でも家族と離れてしまったことに、平気なわけではない。

 まだまだ、悲しくて困っている。




 そんな私たちに、ザイルさんとティアニアさんが顔を見合わせて。

 ザイルさんは、そっと私に話してくれた。


「グレンの番については、予言があったんだ」


 予言、という言葉に、私は目を瞬いた。

 予言の言葉をザイルさんは教えてくれる。

 巡り会うのは絶望的。もし出会うとすれば、番の不幸でもある、と。


「グレンは最初、自分が番に不幸をもたらすのではないかと、恐れていた」


 記憶にかすった。

 あの大規模瘴気溜りを浄化した夜、グレンさんが言った言葉。

「もし、オレが不幸にするわけではないのならって、グレンさんのあれは」


 私の呟きに、セシリアちゃんが反応した。

「詳しく!」


 涙はおさまったようだけど、まだ赤い目だ。

 なのにさっきまでのセシリアちゃんに戻っている。

 メモを構えて、キラキラした目になっている。




 私は大規模瘴気溜りを浄化した、あの夜のことを話した。

 セラム様が女性に馬車を譲ってくれて、私とマリアさんは馬車で寝ていた。


 ふと起きた私が外へ出て、空に月がふたつあるのを見つけてしまって。

 遠い世界に来てしまったと、立ち尽くして泣きそうになり。

 馬車に戻ろうとしたところで、グレンさんが来てくれた、あのときのこと。


「そのとき、私が泣いたから、私の不幸が、家族と離れてこの世界に来てしまったことだとわかったって」

「グレン様が、そう仰ったの?」

 セシリアちゃんがグイグイ来る。元気になって何よりだ。


「うん。それで、それなら自分が不幸にするわけではないって」


 だから傍にいさせて欲しい。

 あのとき、そう言われた。


 赤くなって黙った私に、あらあらと生ぬるい視線が突き刺さる。




「でもなんか、翌朝グレンさんがあまりに普通だったから、あれ夢だったかなって思って」

「どういうことですのーっ!」

 セシリアちゃんが叫んだ。


「めくるめくラブラブな展開が、ぶち壊しではありませんの!」

「だって、私が赤くなってうろたえてても、何でなのかわかりませんみたいな顔されたら、夢だったかなって思うでしょう!」


 思うよね。普通にそう思っちゃうよね!

「なんだか子供を保護する大人みたいな態度なのかなと思えたし」


 すぐ抱き上げてきたし。

 抱き上げる理由を知らない頃は、子供に対する態度だと思っていたし。


 私がそう思っても、仕方が無い状態だったと思うんだ。




 そう主張した私に、セシリアちゃんが溜め息を吐いた。

「噂とは、本当にほど遠いですわね。いえ、噂より格段に残念ですわ」


 残念とはどういうことか。

 いや、まあ、説明されなくてもなんとなく、わかるけれども。

「恋物語としてとても残念な存在ですわ」

 説明されてしまった。


 また溜め息を吐いたセシリアちゃんの肩を、マリアさんがそっと叩く。

「異世界には、鈍感系主人公の恋物語はたくさんあるわ。むしろ鈍感系のすれ違いが楽しいのよ」

「詳しく!」




 目を輝かせているセシリアちゃんに、いつの間にか泣き止んでいた壁際の侍女さんが、苦笑いになっていた。


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