08
召喚された部屋は、なんとなく神殿っぽいと思っていたが、やはり神殿だった。
お城とは少し離れた場所で、王都の端の方にある。
そこからあまり長く走ることもなく、王都を出た。
王都の街中はゆっくりめに走っていたが、馬車というものはかなり揺れる。
きちんと舗装されていないデコボコの道だから、余計に揺れる。
街門の傍は石畳だったが、その石畳も表面がデコボコなので揺れた。
そして街門を超えたとたんに、私たちにとってはハードモードになった。
全力疾走の馬車の中は、休めない。
しっかり掴まって揺れに備える必要がある。
馬が疲れてきた合図があれば、エリアヒール。
もちろんそれで自分たちも回復するので、馬車で耐えるための力は戻る。
でも魔力ががっつり削られる。
火傷の治癒が10なら、エリアヒールは200。
まあ、十万とかいう桁違いの魔力があるから、かなりの回数が使えるけれど。
あのチャラ男くんたちが数千だったから、落差に思わず桁を何度も確認し、遠い目になっていたわけだが。
途中で待ち構えていた妨害のバリケードと兵士を、全体に張った強化結界で突破したら、千くらいの魔力を使った。
どのくらい爆走を続けるかはわからないけれど、五分置きくらいにエリアヒールをかけている。
結界と両方はきついなあと思っていたら、シエルさんが言い出した。
「おい、私にも魔法の使い方を教えろ。結界魔法は私も使えるはずだ」
確かに結界魔法をシエルさんが担当してくれたら、回復だけに魔力を使える。
しかし教えるといっても、さっきトイレ前で説明はしたわけで。
「さっき言った、魔力をまずは感じて下さい。使い方と言われても、ええと…なんとなく?」
舌を噛まないようにしながら返事をすると、「おい」と不満そうなシエルさん。
「なんとなく…」
マリアさんが、やはりボソリと呟く。
彼女は地味ツッコミ体質なのだろうか。
「シエルさんってゲームでRPGとか、したことありますか?」
「それなりに」
あ、ゲーム好きなんだ、と思う反応だった。
「あとファンタジー小説とかで、結界のイメージってわかりますか?」
「…なんとなくなら」
頼りない回答だが、今あるイメージでやってもらうしかない。
「では、そのイメージをしながら魔力を込めて下さい。魔力が自分にあるんだって意識して」
少し考えて、困ったようにこちらを見る。
「そう言われてもな」
「魔法はイメージで使えるみたいですから、しっかりイメージすれば」
「魔力がある感覚がわからん」
うん。つまりトイレ前の説明に戻らなければならないわけだね。
「シエルさん、武術の経験は? 丹田に力を入れるとか、わかります?」
「タンデン…どこだ?」
「下っ腹に力を入れるのを意識するとかって、わかります?」
「まあ、そのくらいは」
「そしたら、なんとなくお腹があったかくなったりしません?」
私のときは、確か深呼吸をして、体内に意識を向けて。
何か動かないかと意識し続けると、お腹の奥、いわゆる丹田と呼ばれる場所から温かいものを感じて、それが魔力だと理解した。
それから意識してお腹のそれを体中に巡らせてみたあと、手に集める感じにぎゅっと動かして、具体的な魔法をイメージした。
それを順を追って伝える。
「何か今まで感じたことがない、温かいものが体の奥にあるのを、感じませんか?」
シエルさんが試している。横でマリアさんも。
けれど揺れる馬車の中なので、集中することは難しそうだ。
しばらく黙って試みている様子の中、外からの合図が来たので、またエリアヒールをかける。
ふとシエルさんが顔を上げた。
「なんとなく、これかと思う感覚はある」
どうやら私の魔法を感じて、自分の中の魔力をようやく感じ取れたらしい。
「じゃあ、それです。まずはそれを体に巡らせて、次に魔法イメージと一緒に外に出す感じ。自分の狭い周囲を囲む感じの結界をイメージして、その力を込めてみて下さい」
しばらく待つと、ふわっと、シエルさんから何かが感じられた。
結界があるかどうかは、私にはよくわからない。
ちょっと思いついて、目に魔力を集めてみたら、シエルさんの周囲に何かあるのが見えた。
たぶん結界だ。
「成功しました?」
「ああ、そのようだな」
返事はザイルさんから来た。
どうやらザイルさんは、魔力に対する感覚が優れているのだそうな。
ついでに鑑定スキルがあるから、どんな魔法が使われているか鑑定できるらしい。
なるほど。それで私の動きがすべて知られていたのか。
また外から合図が来たので、私はエリアヒールをかける。
「じゃあ、その調子で魔法とかスキルとか、色々試して下さい。感覚がつかめたら、あとはイメージ次第っぽいです」
「…ミナは誰にも教わらずに、こっそり自分で試して出来るようになったのか?」
なぜそこで、シエルさんは不服そうなのか。
「そうですね。何かあったら対処できるように、こっそり試してました」
「すごい度胸だな。私には真似ができん」
否定的な声なので眉を寄せる。
「失礼ですね。だってあんなヤバそうな人たちに囲まれて、何も対処方法がない方が、怖いじゃないですか」
私は危険な状況だから自分で動けるようにと意識していたが、どうやらシエルさんは危険な状況だからこそ、さらに危険は呼び込めないと考えるタイプらしい。
「暴走したらどうするんだ」
慎重そうな意見が来た。
「異世界から呼び出した人が、ちょっと試して暴走するくらい、彼らの予想の範囲内でしょ。対処くらいしてくれるでしょ」
「そういうものか?」
あいつらが? と言外に言っているのを感じて、まあ今となっては危険だったかなと私も思う。
でも最初に試してみたときは、そう思ったのだ。
「確かに今となっては、あの人たちにそういう期待は無理だったっぽいですけど」
私もそれは認めて、だけどと当時の心境を言う。
「召喚なんていう大規模な魔法って、魔法使いの本職がいっぱい必要です。倒れていた人たち以外にも、魔法を使える人はいたはずでしょう」
実際、王様たちは最低でも、もし私の魔法が暴走した場合は、救助活動をしていた魔法使いたちが動くだろうとは思っていた。
そうならないように、充分注意はしたけれど。
そうしてシエルさんは無事に、結界魔法を発動できるようになった。
なので私は回復魔法に集中した。
マリアさんも、私たちが話をしているうちに、魔力を感じることができた。
彼女は職業『魔装具士』としてのスキルに、付与魔法を持っていた。
なので馬車に浮力を付与して、揺れが大幅に軽減された。
馬車の本体が少し浮いているので、車輪で前進しても、その車輪の振動そのものの影響は小さくなるというものだ。
ついでに馬車の速度も上がる。
これには馬車の全員がそろって、マリアさんに感謝した。
特にセラムさんは、静かだと思っていたら、ひどい馬車酔いだったらしい。
私の魔法で都度回復はしていたが、回復しては酔い回復しては酔いの無限ループに陥っていたそうな。
マリアさんがいてくれて良かったと、しみじみと感謝をしていた。
彼女は恥ずかしそうにしながらも、微笑んでくれた。
グレンさんも静かで、何かに耐える顔にも見える。
けれど馬車酔いなどではないらしい。
そっとしておいてくれと、ザイルさんに言われた。何か事情がありそうだ。
薄暗くなるまでエリアヒールを五十回以上は使っただろうか。
途中から数えていないので、よくわからない。
指示されるままに魔法を使い、精神的に限界が来たところで、ようやくその日の行程を終えた。