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 ザイルさんからの話をひととおり聞いたあと。

 セシリアちゃんは私を向いて、メモを構えた。


「まずは、最初に泣いたときの理由を、伺っても?」

「え、理由って」

「お菓子の箱を出して、突然泣き出したのでしょう」


 聞かれて私は、あのときのことを思い出す。

 あれは帰省のお土産のお菓子だった。


 帰省をして、父と仲直りをするつもりだった。




 そうして私は、話すことになった。

 元の世界の、家族とのことから。


 和菓子屋という、日本独特のお菓子を扱う職人の娘だったこと。

 元は母の両親がやっていた和菓子屋で、職人だった父が入り婿になった。

 私も兄も、幼い頃からそのお菓子作りに関わり、お店を手伝っていた。

 家族とはとても仲が良かった。


 お店の手伝いを子供がしていることに、あれこれ言う大人もいた。

 あちらの世界の私たちの国は、子供の労働を良しとしていなかった。

 義務教育制度があり、子供はみんな学校に通い、基本的な教育を受けていた。


 確かに両親は忙しかったけれど、店の手伝いは私が進んでしたことだ。

 あと労働ではなく、あくまでも手伝いだ。学業優先は両親にも言われていた。

 だから両親が悪く言われないよう、学校の成績も落とさないように、気をつけた。


 兄も、成績を落とすと和菓子作りを教えてもらえないから、勉強を頑張っていた。

 学生だったときは、勉強以外は和菓子作りと読書が趣味だった兄。

 ゲームは学校を卒業してから、職人としての修行の息抜きに、やり始めた。


 まあ、読書の趣味がファンタジーに偏っていたのだけれど。

 それでよく変な男のロマンを語っていたのだけれど。


 お店はずっと忙しいわけではない。

 宿題や予習復習をしながら、店番をしていることが多かった。

 店先で勉強をしていると、ぽつりぽつりと買い物や、予約の人が来る。

 そんなお店だった。




 元は外国のお菓子だった洋菓子は、日本でも当たり前にある状態だった。

 でも我が家の父は、和菓子にこだわった。

 そこに私が反発して、洋菓子職人の道に進もうとしてケンカになった。


「父は優れた職人だったの。そんなことにこだわらずに、そっちのいいところも受け入れればいいのにと思ったの」


 敵視ではなく、共存できるものだろうに。

 なぜそこまでこだわるのかが、不思議だったし、不快だった。




 思い切って飛び込んだ洋菓子の世界も、面白かった。

 ただ、父とはケンカ別れしたままだったから。


「仲直りのために、私なりのお菓子を作って、家に帰ろうとしたところだったの。召喚されたのは」

 今もそのお菓子は、亜空間に入れてある。


 最初は何が起きたのか、わからなかった。

 突然切り替わった視界と周囲の状況。

 あるはずのない出来事。


 王様の話。私たちを利用する気まんまんな言葉の数々。





「異世界召喚されてすぐは、帰れるかどうかとか、あまり考えないようにしてた。とにかく自分の身を守って、安全になってから考えようって」


 帰らせて欲しいと言ったマリアさんに対する、あの国の人たちの態度。

 そこへ保護すると声を上げてくれたセラム様。

 マリアさんへの扱いに憤って宣言したシエルさんのこと。

 ザイルさんの補足をするように、私視点で感じたことを話す。


 私が背の高い人たちの陰で、ステータスを改ざんして。

 勇者さんに声をかけて時間稼ぎをして、シエルさんにもそれを教えて。

 傍目はザイルさんが語ってくれていたので、何を思ってどう行動したかを語った。




 そうして一日目の夜に泣いた理由。

 もう二度と家族と会えないとしたら、父と仲直りも出来ないかも知れないという、現実を感じたから。


「だって、仲直りのために、家に帰るところだったのに」

 お土産のお菓子を出したことで、そのことと向き合う羽目になってしまった。


 今でもそれを考えると、けっこうキツい。

 何か手立てがあるかも知れないと思いながらも、どうにも出来ない可能性も高い。

 うっかり涙がにじみそうになり、グレンさんの魔力のクマを抱きしめる。


 マリアさんとティアニアさんが、横からさらに抱きしめてくれた。

 シェーラちゃんとセシリアちゃんも涙目だ。




「私が泣いたら、マリアさんと、グレンさんが傍に来てくれて」

 グレンさんに縋りついたのは、今となっては番の魔力というやつだと、思う。

 抱きついて泣いて、安心しての寝落ち。


 思えば一日目からずっと、私はグレンさんに支えられてきた。

 グレンさんだったから、私はこの異世界で一緒に生きていけると思った。

 家族ともう会えないかも知れないと思ったとき、傍にいてくれたのは、グレンさんだった。


 私が私でいいと言ってくれたのは、グレンさんだった。

 私にとっての決定打は、むしろあのときだ。




「竜人自治区に来て最初の夜、私は眠れなくて。グレンさんがいつでも来ていいって言ってくれたから、会いに行ったの」

 途中の色んな事をすっ飛ばして、私はあの夜のことを語った。


 聖女のスキルが、魂に根付いたものだと知って。

 もし異世界に帰る方法がわかっても、私は帰ってはいけないのだと理解した。

 そこからのことを、私はセシリアちゃんに語った。


 レティのことで色々と話して寝落ちしたときや、昼間の変化に忙しかった時間帯はともかく。

 夜ひとりになって、眠れなくなった。


 そこで思い出したのは、いつでも来ていいと言ってくれたグレンさん。

 会いに行き、お部屋が武器庫になっていて、ちょっと驚いたけれど。


 居間で、直接的ではないわかりにくい私の話を、ちゃんと理解してくれた。

 不安定になっていた私に、魂の役割がどうあっても、私は私だと言ってくれた。


 聖女として特別に、どうあらねばならないということはないと。

 あちらで家族と一緒に過ごした、そのままの私でいいと言ってくれたから。




「ちょっと途方に暮れた感じになっていた私に、全部受け止めて、それでいいって言ってくれたの」

 最初からカッコイイ人だと思っていたけれど。

 それだけじゃなくて、グレンさんでなければ駄目だって思う経緯があったことを、私は話した。

 だからグレンさんの番が羨ましくなって、番について訊いてしまった。


 みんな、なんだかグレンさんのズレてるところを、色々と言うけれど。

 肝心なところで私を支えてくれたのは、いつもグレンさんだから。


「そりゃあ、ちょっとズレてるところは、あるけど。でもそれ以上にグレンさんは素敵な人だと思ってる。そのズレてるところも可愛いし」

「わかりましたわ、ミナ様! そしてお願いがございます!」


 セシリアちゃんが、ちょっと迫力のある目を私に向けた。

 ああ、そういえば病気だって言ってたっけ。

 家族が、聖女なら治せるって、盛り上がっているって言ってた。

 誤解が解けたなら、回復魔法を受けることに、前向きになってくれたのかな。


「ミナ様とグレン様の恋物語を、書かせて下さいませ!」

 違った。そっちの方だった。




「世界を超えた魂の結びつき! それを書かずして、どうしますか!」

 セシリアちゃんは熱く語り出す。

 なんだかシェーラちゃんと似た雰囲気だ。さすがお友達。


「噂とは遠く、おさな…まだお若いのに家業に関する修行をしていた職人の方」

 今、幼いって言おうとしなかった?


「お父様との行き違いがあったけれど、修業先から帰ればわだかまりも解けるだろう。そんな矢先に、世界を超えて呼ばれてしまった」

 セシリアちゃんの口調が熱を帯びていて、口を挟めない。


「帰る方法はきっとあるはず。ひとまず生き抜こうと、精一杯頑張ってきたところで、帰ってはならない運命を彼女は知ってしまう」

 ちょっと、昔の舞台女優みたいな身振り手振りまで入ってるけど、大丈夫かな。

 先天性の病気って、どういう病気だろう。


「それを慰めたのが、番の竜人。世界を超えた運命の相手!」

 彼女は手を天に掲げるようにして、動きを止めた。

 どうやら演説が終わったようだ。

 息を切らして立っているけど、大丈夫かな。


 そう思っていたら、彼女が胸を押さえてうずくまった。

「セシリア様! ああ、もう。興奮なさるから」

 シェーラちゃんの言葉に、もしかして心臓病か何か、興奮しては体に障る病気だったかと思い、私も駆け寄る。




 状態判定スキルで、具合の悪いところを調べてみる。

 体のどこかが悪いことはわかるけど、漠然としている。

 全身スキャンみたいに出来ないかなと意識してスキルに魔力を投入したら、心臓のあたりの負荷がすごそうだとわかった。


 おおう、心臓病なのに興奮しちゃって、負荷がかかったのかな。

 ヘルプを見ると、悪いところに治癒魔法を注ぎ込めば、治療ができそうだ。


 治癒魔法を使うと、意外と魔力が持って行かれた。

 火傷や怪我を治したときとは大違いだ。

 先天的な病気の治療は、かなり魔力が必要そうだ。


 全身スキャンをした印象では、人の体の仕組みは、あちらもこちらも変わらないようだ。

 心臓は血液を送り出すポンプの役割。

 肺は空気を取り込んで、胃や腸は食事を栄養として体に取り込んでいく。


 ただ、私たちは知識として知っているけれど、こちらの世界ではそこまで知られていないのだろう。

 ヘルプでも、漠然と治癒魔法を注ぎ込むみたいなイメージだった。




 たぶん病気の治癒は、あちらの知識を活用した方が良さそうだ。

 セシリアちゃんの場合は、心臓が正常になるように、体に血が順調に巡るように。


 彼女が健康になるようにと願って、私は治癒魔法に魔力を注いだ。


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