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起きたら昼で、またマリアさんに怒られた。
「もっと早くに相談しなさい!」
マリアさんが作ったのは、魔力水が入れられる抱き枕。
魔力が外に漏れる特性の、ゴムみたいな素材は、今回の抱き枕にちょうどいいからと使ったそうだ。
昨日私が寝坊したとき、ソランさんやシエルさんから、いろんな素材を教わって、購入していたらしい。
私は渡されて抱きついた途端に、スコンと寝たようだ。
「これで安心して寝られるのなら、しばらくはこれを使いなさいね」
まったくもって、お世話をおかけいたしました。
ザイルさんが言っていた、相手の魔力を求めるというのが、これだったようだ。
なんだか不安で眠れなかった。
しかも頭が働いていなかったため、逆にハイテンションで色々動いてしまった。
それで迷惑をかけたなら、反省だ。
本当にマリアさんにはお世話ばかりかけて、申し訳ない。
番休暇なんて話に、なんだかなと思っていたけれど。
これは必要だ。必要な休暇だったと納得した。
さて、私は大丈夫になったけれど、グレンさんはどうだろうか。
私はマリアさんが気づいてフォローしてくれたけど、グレンさんはセラム様とかが気づいてくれているだろうか。
魔法でメッセージを送ればいいと、ようやく思い立った。
もし戦闘中だったらと、迷いはしたけれど。
順調に浄化が済んでいれば、今は二件目に移動中だろうと、ザイルさんが言ってくれたから。
「グレンさん、どうしてますか」
思い切ってメッセージを送ってみる。
当たり障りのない言葉のそれに、すぐ返事が来た。
『ミナのところに帰りたい』
ダメな感じのメッセージだった。
グレンさんがこんな反応をするなんて、よほどじゃないかなと思う。
「魔力水、使って下さい。私はマリアさんが魔力水を入れる抱き枕を作ってくれたら、眠れました」
さらにメッセージを返してみる。
『わかった。タライに入れてみる』
今度の返事には、しばらく無言になってしまった。
タライに入れて、どうするんだろう。入るんだろうか。
セラム様とその護衛の人たちだし、男性ばかりだからいいのかな。
もしかするとセラム様以外の人たちにも、グレンさんの奥さんな私は、特殊な趣味扱いをされるんだろうか。
でもまあ、いい。
それでグレンさんの気持ちが安定するなら、それでいい。
あとのことはあとで考えよう。
そう割り切ることにした。
あとから聞いた話だけれど。
セラム様の護衛さんたちは、昨夜番の儀をしたばかりだと聞いて、なんとか早く帰してやれないかと相談したそうだ。
番の魔力を求めることまでは知らないものの、新婚さん扱いなのだ。
結果、日中必要な保存食や騎獣の食料などは各自で持ち、騎獣を駆けさせて目的地へ向かった。
野営道具などを積んだ馬車があとから来ることで、一件目を早く終わらせようとしてくれた。
そうして夕刻に現地へ着き、そのまま瘴気溜りへ特攻して一件目を浄化。
追いついた馬車の荷物で野営をした。
でもグレンさんは眠れず、夜の間ずっと、はぐれ魔獣を狩っていた。
朝になり、皆様がそのことに気づいたけれど、元気そうだったので騎獣移動。
途中の昼休憩で私の伝言魔法が来て、対処方法が判明。
グレンさんはタライで私の魔力水に浸かりたいと、セラム様に伝えた。
昨夜の状況からグレンさんの体調が心配だったセラム様は、走る馬車の中でそれをするように提案した。
そしてグレンさんは、物資補給用馬車の片隅で魔力水に浸かり、眠ったそうだ。
やはりグレンさんの方も、私の魔力が必要だった。
まあ、それで元気になったなら、何よりだけれども。
その話をセラム様からされたときに、セラム様は微妙な表情だった。
私はつい、話の途中で目を逸らしてしまった。
状況を想像すると、なんだか申し訳ない気はする。
なんというか、絵的に想像してはいけないものな気がする。
たぶんグレンさんは、なんとも思ってなさそうな気もするけれど。
そして特殊な趣味扱いは甘んじて受けるしかないらしい。
そう思ったのでした。
さて私の方は、お叱りを受けて、グレンさんとメッセージのやりとりをしたあと。
抱き枕がどうにも離せず、抱きしめたまま過ごしていた。
昨日のように、朝食用に作ってくれたハンバーガーを、抱き枕を抱いたまま頂き。
顔を洗うときや着替えのときは、さすがに置いたけれど。
用事が済めば、また抱き枕を抱きかかえる。
するとゴム袋を抱いているのは見苦しいと、マリアさんが言い出した。
結果、カバーを作ってくれた。
「思ったとおり、可愛いわ!」
傍目には、クマのぬいぐるみを抱きしめている状態だ。
クマの胴長部分に魔力水が入っている。
可愛い可愛いと、マリアさんは絶賛してくれるけれど。
その可愛いは女子的な可愛さではなく、子供的な可愛さではないでしょうか。
ぬいぐるみを抱きしめている子供。中身二十歳。
見かけは子供、頭脳は大人な状態だ。
でもこのぬいぐるみを手放せない。
グレンさんの魔力が、落ち着くために必要だと、しみじみと理解する。
これがザイルさんが言っていたやつか。確かに困る。
グレンさんがいたら、抱きかかえてもらっていた状態だけれど。
今はこのクマを抱いておくしかない。
傍目を想像して、ちょっと遠い目になってしまう。
でもまあ確かに、ゴム袋を持ち歩くよりは、ぬいぐるみの方が自然だろう。
そう思って、納得することにした。




