76
ヘルプ機能が特別なものだとシエルさんが知ったところで、私は疑問を口にした。
鑑定の項目にも差があるようだったけれど、そもそも私は相手が魔術を使っているときに、鑑定が出来るという感覚がわからない。
ザイルさんは出来るというし、シエルさんもそれが出来るという。
「あの、魔術に鑑定って、どうやってかけてるんですか?」
その疑問には、ザイルさんが答えてくれた。
鑑定は出来る内容に個人差があるものだと。
例えば私の場合、聖女という特性の他に、調理スキルという特性がある。
「ミナはよく食材の詳細などを鑑定しているだろう。それは異世界の皆が出来ることなのか?」
聞かれてマリアさんを振り返ったら、首を横に振られた。
「私は出来ないわよ。ミナちゃんが教えてくれた範囲で知っているだけだわ」
驚いた。マリアさんも同じ鑑定が出来ていると思っていた。
「逆にミナちゃんは、鉄貨や銅貨、銀貨や金貨の素材が、どういう特性かわかっていないみたいよね。地球の鉄や鉱石類と同じと思っていたもの」
あっさりとマリアさんが、私が知らなかったことを知っていたと口にした。
素材があれば、それをどう加工すればいいのか、鑑定とヘルプ機能でわかる。
それが私の場合は料理の素材で、マリアさんは金属や布など物作りの素材になる。
そういえば私は、食材についてはどのような調理に向くかなどの情報も見える。
ミルクの実も種類によって、バターのこんな風味のものだとか、鑑定でかなりわかるので、希望のものを手に入れられる。
でも布や金属は、おおよそ地球の何にあたるという情報はあっても、さらに詳細はわからなかった。
なるほど。鑑定と得意なスキルが結びついているということかと、納得した。
つまり私みたいに調理スキルがないと、食材の詳細鑑定が出来ないということだ。
それはちょっと不便だなと思ったけれど。
地球でも、果物や野菜を買ったときに、当たり外れは当たり前にあった。
それと同じだと言われれば、なるほどと納得した。
ともかく異世界人な私たちの鑑定も、それぞれで食い違いがある。
そんなことが今になって判明した。
食事を終えて、片付けながらお茶の準備をして、ラスクを並べていると。
ザイルさんがグレンさんからの伝言を伝えてくれた。
「帰ったら、ダンジョンへ行こうと言っていた」
「ダンジョンか!」
私よりも先に、シエルさんが反応した。
「ダンジョンとはどういうものだ!」
テンションの高いシエルさんに苦笑しながら、ヘッグさんが答える。
私が以前聞いたような内容を、比較的丁寧に話してくれた。
タンジョンのおおよその構造。
ダンジョンで魔獣を倒すと、通常とは違う形で素材が手に入ること。
なぜかダンジョンで活動を終えた後は、力がついているとか説明している。
シエルさんが目を輝かせているのを、私と似た反応だとヘッグさんが笑った。
ちょっと微妙な気分になる。
でもまあ、ここに兄がいたなら、一緒になって目を輝かせていただろう。
兄はファンタジー小説をよく読んでいたし、ゲームも好きだった。
兄に語られて私もそれなりに知っているので、ゲームのようなダンジョンの話は、私だってワクワクしちゃうんですよ。
「では私もダンジョンで戦ったら、雷魔法以外の攻撃魔法がうまく使えるようになるだろうか」
シエルさんの言葉に、はたと私が手を打った。
「そうか。シエルさんもあの調理魔道具を使って練習しないと、風魔法の攻撃とかうまく出来ないってことか」
以前、大規模瘴気溜りの浄化のとき、シエルさんはセラム様の護衛たちと一緒に、攻撃魔法をしてみていた。
でもいくつか試した中で、唯一うまく攻撃になったのが雷魔法だった。
そこから雷魔法を楽しそうに連発していたけれど。
他の攻撃魔法だって、使ってみたいだろう。
敵によって魔法の種類を変えるのは、ゲームではよくやることだ。
なので私はシエルさんに、調理魔道具で野菜などを切れば、風の攻撃魔法の特訓になると話した。
あと水魔法や火魔法など、基本的な魔法の練習になることも合わせて伝える。
「では明日、私にその調理魔道具を使わせてくれ!」
シエルさんは普通の風魔法で切ることが出来ないため、科学知識を基にした鎌鼬的な風魔法を作ったけれど。
威力があり過ぎて、使い勝手が悪いのだという。
練習には、みじん切りにしても使いやすい野菜を、切ってもらうことになった。
亜空間のある今、私たちは大量のみじん切りが作られても、便利に利用できる。
なのでシエルさんは明日、野菜を切って魔法の練習をすることになった。
ラスクもみんな美味しそうに食べてくれて、テオくんがまた両手に持って口に運んでいるのが、可愛かった。
片付けのあとは、マリアさんとティアニアさんと大浴場だ。
それから寝る前に聖水を作るなど、夜のルーティンをこなす。
すべて終わって、今日も気持ち良く就寝。
の、つもりだったけれど。
眠れなかった。
眠ろうとすると、遠くにあるグレンさんの魔力を感じて、寂しくなる。
グレンさんがいないということに、なんだかダメな感じだ。
日中は色々と忙しなく動いていたので平気だったけど、今はダメだ。
寝られないのにベッドでうだうだしているのは、余計に眠れなくなると聞くので、いったん起きる。
厨房へ行き、そうだそうだと、ギルド長からもらった食材の包みを開いた。
包みのひとつひとつに、メモがつけられている。
品物の名前と、購入できる地域かな?
包みを開けて鑑定していくと、夜中なのに声を上げたくなった。
だって、小豆があった! 寒天的な食材も!
小豆は二種類のマメを一緒に炊いたら、餡子の味になるというので、俄然やる気になった。
寒天的な食材は、ひと手間かければ寒天として使えそうだ。
調理魔道具と魔法でどうにか出来そうなので、そちらをまず下準備する。
残念ながら米はなかったけれど、なんと鰹節的なものや、昆布的なものもあった。
どうやら海産系の干物みたいだ。
乾物は魔法で水気を抜けるし、作りやすいのかも知れない。
鰹粉末と昆布粉末で、粉末だし的に使えないかなと、粉にしてみる。
さて、本命の小豆だ!
まずは豆を洗って、炊いていこうではありませんか。
寒天があるから、羊羹でも作ろうかな。
そうだ、おやつに食べていたあれは、どうだろう。
煮詰めた砂糖水で、餡子玉をコーティングするやつ。
商品ではなく、家のおやつ用に、父が時々作ってくれていた。
それでも眠気が来ないなら、サブレの試作もいい。
カップケーキも作ってみようかな。パウンドケーキもいいな。
「ちょっと、ミナ! あなたこんな時間に、何してるの!」
作業に熱中していたら、マリアさんに声をかけられた。
窓の外は暗くて、まだ真夜中っぽい。
「水を飲みに来たら、厨房でこんなに広げて! まさか寝ていないの?」
「…グレンさん、いないから。なんだか眠れなくて」
「ちょっと!」
「大丈夫、眠気が来るまでの作業だから」
「眠気が来るまでって、今たぶん夜明け前くらいよ。朝方よ」
あれ、そんなに作業してたのかな。
そういえば、餡子がうまく炊き上がって、そのあと作った羊羹が完成している。
羊羹が固まるのを待つ間に作った餡子玉もあるし、どら焼きも作った。
今はサブレが焼き上がり、オーブンにパウンドケーキを入れるところだ。
「今からでも寝なさい!」
「でも、眠くないし」
私たちの声に、ザイルさんがやって来た。
「ミナが眠れないからって、一晩中起きていたみたいなんです」
「やはりそうなったか。可哀想なことをしてしまったな」
ザイルさんが、なんだかしょげた顔になっている。
二人はそのあと何かを話していて、マリアさんがどこかへ行った。
部屋に帰って寝たのかなと思っていたら。
「ミナ、グレンさんの魔力水とやらを出しなさい」
言われて私は、ぱちくりと目を瞬いた。
魔力水。そういえばそんなのもらっていたなと、ようやく思い出す。
水瓶に入れていたそれを取り出すと、マリアさんがザイルさんに声をかけて。
二人でゴム製の袋のような何かに、魔力水を入れた。
「はい、ここにあるもの、まず収納してしまって」
マリアさんが指示をしてくる。
ちょうどパウンドケーキが焼き上がってオーブンから出したところだ。
ひとまず全部、亜空間に片付けるように言われ、従った。
「じゃあ、こっちに座って」
次にソファーに呼ばれて、そこに座ると。
「はい、これ抱いてみて」
さっきの袋のようなものを持たされた。
水の入った抱き枕的なものを抱えると、そこからグレンさんの魔力を感じる。
グレンさんの魔力! 温かくて、力強くて、安心出来る。
あの魔力をここから感じる!
嬉しくなってそのまま抱きしめていたら。
なんだかふうっと力が抜けて、安心して。
意識が、落ちた。




