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75 グレンさんの不在

68話から不在ですが、ここからこのタイトルになります。


 ソランさんたちのパン屋さんには、看板がない。

 でも間口の広い造りなので、お店として作られた建物みたいだ。

 ルシアさんの家具工房も看板はなかったので、竜人自治区内のお店は、特に看板などは設けないのだろう。


 勝手知ったるヘッグさんと一緒に中へ入る。

 中央には大きなテーブルがあり、周囲に棚が並んでいる。

 壁際にカウンターがあるので、たぶん商品は棚と中央のテーブルへ。

 そして壁際のカウンターでお会計かなという印象だ。


 ソランさんたち三人は、中央の大きなテーブルを囲んでいた。

 テーブル上には、たくさんの焼いたパン。

 私たちが入るとすぐに、三人の顔がこちらを向いた。




「練習で焼いたパンが多すぎて」

 困ったような顔で、ウルさんが言った。

「あと昨日のパンが固くなって、おいしくなかった」

 口元を曲げながら、イーグさんも呟く。


 なるほどと、私は頷いた。

 よし食おうとか言っているヘッグさんはさくっと無視するとして。

 ひとまず焼き立てパンは、私が買い取らせてもらおうと提案した。

「私なら亜空間に入れておけば、いつでも焼き立てを出せるから」


 料金設定を終えているなら、その金額で買い取ると伝えたけれど。

 練習だからお金はもらえないと、ソランさんが言い出す。

 売り物予定なのだから、正規で販売すべきだと私も言い返す。


 結果、開店前の割引価格で買わせてもらった。

 そして昨日のパンについては。

「フレンチトーストと、パングラタンを作ろう!」


 夕食に活用してしまおうと、下宿の厨房へ行く。

 ヘッグさんも、美味しいものが食べられるからと協力的だ。




 まずはフレンチトースト用に卵液を作り、パンを浸す。

「ミルクと卵と砂糖、それに浸すだけか」

「浸す度合いは好み次第だけど、私はしばらく浸して置いておく方が好きですね」

 なので一番にこの作業だ。


 それからグラタン用のホワイトソースを作る。

 わざわざソースとして小麦粉でとろみをつけることが、ソランさんたちは不思議に思える様子だった。


 でも作ったホワイトソースを味見してもらうと、彼らは納得の顔になった。

 パンに合う味と口当たりだと、色々と活用方法を考えているようだ。

 そんな彼らの前で、器に入れた野菜やお肉、角切りした古いパンにホワイトソースをかけ、チーズを入れてオーブンへ。


 グラタンが焼き上がるのを待つ間は、クルトンとラスクを作る説明だ。

 ちょっとしたおやつになるレシピだ。




 クルトンは乾燥したパンを、サイコロ切りして、もう一度焼くだけ。

 サラダに入れるとサクサク食感が出て面白いと説明した。

 今夜はフレンチトーストとパングラタン、クルトン入りのサラダがメニューだ。

 ちょっとがっつりタンパク質が足りないので、鶏肉のグリルも作ることにした。


 さて、ラスクは色々とアレンジが出来るけれど、今日は簡単にバターと砂糖だ。

 つまめる程度に切ったパンを、フライパンの溶かしバターに入れて焼く。

 ここでフレーバーを足すことも出来ると説明しながら、表面をカリッとさせるように焼きつつ砂糖を投入。

 カロリー爆弾になったけれど、いいことにする。


「すごいな。古くなったパンが、新しい料理になった」

「ああ。しかもうまい」

「手軽に食えるしな」

「それほど複雑な手順でもない」




 焼き上がったパングラタンは、ひとまず亜空間に入れておく。

 あつあつが美味しい料理なので、みんなが食卓にそろってから出す方がいい。


 なので今度は、卵液に浸したフレンチトーストを焼いた。

 最初に焼いたものを小分けにして、まずは試食した。


「こっちもうまいな」

「トロっとミルクと卵の風味なのに、パンの香りもする」

「浸し具合で食感が変わりそうだな」

「焼きをしっかりするか、軽く焼くかでも変わるな」


 味だけの感想を言うヘッグさんに比べて、料理男子たちは自分が調理する場合を、しっかりと考えている。

 次は自分が焼くと、フライパンを奪われた。

 鶏肉のオーブンも見ておくというので、私はクルトン入りサラダを作った。




 夕食準備は少し早い時間に終わり、調理後に顔を出したティアニアさんが、少し拗ねてしまった。

「新レシピは私も知りたかったわ」

「また売れ残りのパンがあったら、作ろうよ」

 ソランさんがそう言って宥めている。


 まあ、売れ残りがあれば、だけどね。

 今は練習中で売り始めていないから残ったけれど、しばらくはどうかな。


「あとはパン粥なんかも、スープにパンを入れて炊く感じですね」

「昨日のパンが固くなっても、色々と使えるんだなあ」


 こちらの小麦粉を固めて焼いたパンは、元から長期保存用の食料だ。

 柔らかいパンは、翌日は固くパサついてしまい、もったいなく思っていたそうだ。

 どっしりしたパンじゃないからこそ、卵液が浸みやすかったり、二度目も軽い食感に焼けるのだと説明すると、納得してくれた。




 夕食は、またも好評だった。

 練習で作った昨日のパンを活用できたと、嬉しそうにソランさんが言ってくれたのが、私も嬉しかった。


 ちなみに本日のシエルさんは、竜人族の人に案内され、魔道具を色々と見ることが出来て大満足だったようだ。

「あの手紙をやりとりする魔方陣は、転移の魔方陣とはまた違うものだな」

 そう話すシエルさんに、ザイルさんが目を丸くする。


「魔方陣の構造がもうわかるのか?」

「魔術解析と異世界言語と、ヘルプの情報で色々とわかるからな」


 シエルさんは得意そうだけど、ザイルさんの顔色がおかしい。

 え、どういうこと?




 様子のおかしなザイルさんを置いて、シエルさんの話は続く。

 お城では、魔法書や魔方陣の本を何冊も読ませてもらっていたそうだ。

「こちらの者は読めない言語でも、私は読めたのでな」

 異世界言語効果を満喫していた様子だ。


「しかも時間を忘れて読みふけってしまっても、腰が痛くならないんだ! こちらに来てから、やけに調子がいいと思っていた」

 うん。若返り効果だね。


「無理をしても腰痛が再発しないし、小さい字もよく見える。なんて快適だ!」

 年寄り発言が来た。

 シエルさん、けっこう腰痛に悩まされていたようだ。あと老眼か。


「本に記載された魔方陣は、魔術師たちもわからないものが多くあったんだ」

 それを読み解けるのが楽しかったとシエルさんは話す。

 賢者特有の『魔術解析』というスキルで、魔方陣の魔術効果がわかる。

 さらにヘルプ情報を見れば、どの項目がどの作用かなどが、わかったという。


 異世界言語で翻訳もされ、魔方陣の記述ひとつひとつが、どのような意味を持つかを理解して。

 魔術解析のヘルプで、基本的に必要な部分と、どんなアレンジかを理解して。

 実際の魔方陣を、スキルを使って見ることで、多くを学べたようだ。


 さらに自分で再現することも、理屈がわかれば簡単だった。




「それでもこの世界で以前から学んでいる賢者には、遠く及ばないだろうが」

 またもフリーズしかけていたザイルさんが、シエルさんに待ったをかけた。

「いや、そこまで知識をつける賢者は、そういないだろう」


「そうだろうか。賢者にはみんな、この魔術解析スキルがある。これで様々に解析しているので、この世界生まれの賢者は、もっと知識があるものだろう」


 不思議そうに言い返すシエルさんへ、ザイルさんはそうではないと話す。

「いや、解析スキルがあったとしても、魔方陣のどの部分がどう働いているかなどの詳細は、そこまで理解が出来ないだろう」

「ヘルプで出て来るから、理解は出来るだろう?」


 当たり前に言ったシエルさんの言葉に、あっとなった。




「シエルさん。ヘルプ機能は、異世界召喚された私たちだけが使える、特別なものみたいです」

「は?」

 きょとんとするシエルさん。


「この世界の人たちの鑑定には、ヘルプ機能がないそうです」

「そう、なのか。だがヘルプ機能なしで魔術解析を使うのなら、意味がわからないことは多いぞ」

「だから、この世界の賢者は、そうだってことですよね」


 ほう、ほうほうと、シエルさんは何度も頷いた。

「つまり私のこの魔術解析は、賢者の中でも特別なのか」

「でしょうね」




 そうかそうかと満足そうにシエルさんは頷く。

「だったらなおさら、たくさん知りたい。歴代賢者が出来なかった、すごいことも出来そうだ」


 どんなすごいことをしたいのだろうか。

 思考はともかく行動は慎重なシエルさんだ。

 考えるだけ考えて、実行しない可能性は非常に高い。


 でもまあ、楽しそうなのでいいかなと、思うことにした。


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