表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/163

74


 私たちが話している間に、マリアさんがお茶を入れてくれた。

 さっき焼いた保存食ビスケットをお茶請けにして、おしゃべりをする。


 今日はあまりマルコさんが話さないなと思っていたら、目が合った。

 そして思い切ったように、口を開いた。


「その…シェーラが、ミナ様に会いたがっておりまして。こちらをお訪ねしても、よろしいでしょうか」

「シェーラちゃんが?」


 シェーラちゃんとは数日前、花祭りの納品で会ったきりだ。

 彼女がお店を開いて、私とマリアさんの商品を扱ってくれるという話もあったけれど、そのことだろうか。




 私が目を瞬いていると、マルコさんはまた口ごもる。

 しばらくして、また決意を固めたように顔を上げて。


「聖女様は竜人族の番であると、公式な情報として昨夜耳にしました」

 ああ、正確な情報を広めてもらおうとしたやつだね。

 そういえばマルコさんたちには、異世界から来た話はしたけれど、聖女だとは言わなかった。


「先ほどの話でも、ミナ様が聖女様だと仰いました」

「そうですね」

「シェーラと友達が、聖女について話した結果、その友達をミナ様に引き合わせたいという結論に、なりまして」




 そのお友達が、広まっている聖女の噂から、聖女は悪女だと言っていたそうだ。

 彼女には先天的な病気があって、これまで治らないとされていた。

 でも聖女なら病気を治せるかも知れないと、家族が盛り上がっている。

 彼女自身は、あんな聖女に頼むのは嫌だ、どんな無理無茶を吹っ掛けられるかわからないと、言い放った。


 シェーラちゃんは、今朝マルコさんが話したことで、グレンさんの番の異世界人、つまり私が聖女だと気がついた。

 私が噂の悪女だとは思えない、噂が間違っていると、友達と口論になった。


 結果、それなら直接会って話せばいいと、シェーラちゃんがその友達に言い。

 友達もそれなら会わせろと言った、と。


 うん。なんか、ごめんなさいね、巻き込んで。

 マルコさんが身を縮めているけれど。

 前の軍務大臣派閥の人たちが広めた噂で、友達間のケンカが勃発したなら、巻き込まれ被害だよね。ごめんね。




「そのシェーラの友達は、伯爵家の令嬢でして」

 マルコさんが伯爵領の特産品を扱っている関係で、幼い頃に会う機会があり、親しくなったそうだ。

「色々と恋物語などを書かれる方なのですが」


 その言葉に反応したのは、商業ギルド長だった。

「もしやシーモル伯爵令嬢でしょうかな」


 ギルド長の言葉に、ザイルさんが前のめりになる。

「それはいい! ミナに会ってもらえれば、理解してもらえる。グレンとの恋物語として彼女に書いてもらえたら、何よりだ!」




 そこからギルド長が、私に向き合った。

 シーモル伯爵令嬢が書くお話は、貴族の方々がこぞって書き写したがるほど魅力的なのだという。

 何その紫式部なお友達。


 実話で興味を持った話を書き、最初に書いたのは先祖の恋物語。

 それが評判を呼び、貴族の間で有名になった。


 次に興味を持ったのは、社交界で密かに流れた噂のカップル。

 敵対している家同士の二人に、噂の事実を確認して、本人たちと交渉して物語を書いたら、それに感動した両家が認めてくれたことがあったそうだ。

 何そのロミオとジュリエットなお話。




 暢気な感想を持つ私に、真面目な口調でギルド長が話してくれた。

 聖水が本格的に納品され、お城から公的な情報開示があった。

 今まで流されてきた噂は消えておらず、噂と事実が入り乱れて、とんでもない誤解に発展しかねない状況だ。


 全面的に聖女と名乗らなくても、この世界で暮らすなら、変なイメージは払拭しておいた方がいい。

 あれほど酷い噂を覆すには、インパクトのあるイメージ戦略が必要だ。


 本当なら、今回の保存食レシピでドランさんたちに協力したことを広めれば、私にとってかなりの美談になる。

「しかしながら、スラムには良いイメージを持たれない方も多く、あの方々の活動に賛同されたことは、残念ながら広めにくいのです」

 新しい保存食とスラムを結びつける噂は、広められない。




 お城はいい人たちばかりじゃない。

 ギルド長の言うことはよくわかるので、なるほどと頷いた。


「ですが彼らに賛同して頂けたお気持ち、誰もが幸福になるようにと考えて頂けるその聖女としての意向を、皆様に発信することは、大事だと思います」


 なんというか、ギルド長はずいぶんと、私の悪い噂を気にかけて下さっている。

 正直を言えば私自身は、噂に直接向き合う機会はなかった。

 なんなら竜人自治区にいれば平和だし、酷い噂があっても、直接被害はない。


 あちらの世界でお店の酷い噂が広まるのは、直接被害が出そうなので困ったけれど、今回は噂がどう影響するのか、よくわかっていない。




「噂を広められるせいでこの国に居づらいなら、竜人の里に行くことも出来る」

 もうグレンさんの番なのだから、あちらに行ってもいいとザイルさんは言う。

「だが君は、フィアーノ公爵家の令嬢と友達になり、この国の生活を楽しんでいるだろう」


 噂で本格的な被害が出るなら、ここを去ることも出来るけれど。

 その場合は、この国で知り合った皆さんとお別れすることになる。


 そりゃあ、いずれはこの世界を色々と見て回りたいし、竜人の里にも行きたい。

 でも今はこの国で、この場所でまず生きる基盤を整えようと動き出している。

 商業ギルド長だってこの国のギルド長だ。

 他の地域に行けば、また違った人と関係性を築くことになる。


 マルコさんとの縁も、ここにマルコさんのお店があるからだ。

 シェーラちゃんもいる。レティやセラム様たちとの縁もある。

 竜人族の人だって、この自治区の人は、ここで暮らしている。

 竜人の里に行ってしまったら、簡単に会えなくなる。


「ここで暮らすなら、あの噂はいずれ何かと不都合になるだろう」




 正しい情報を流したけれど、悪い噂は消える気配がない。

 あれとこれとを結びつけて新しい噂が流れそうというのが、今の状況だという。


「奴らはわざと聖女の悪い話を広めて、君の行き場所をなくそうとしている」

 彼らは私を噂で追い詰めて、自分たちでなければ助けられないというふうにして、私の力を取り込もうとしているそうだ。


 以前、お城で取り調べられた人たちはそう証言して、ガイさんの真偽判定スキルで確認している。

 残念ながらその計画は、今も続いているようだ。


「聖女を利用しようとしている。そういう連中を捨て置くことは出来ない」

 ザイルさんは真剣に諭してくれる。

「聖女を悪し様に言って、いいように使おうなどという連中を、竜人族としては許せない」




 竜人族として許せないという言葉に、少し引っかかったけれど。

 人族にはない聖女のことを、竜人族としてザイルさんは知っている。

 それに関係するのだろう。


「我々竜人族と聖女については、グレンが帰ったら話そう」

 続いてザイルさんはそう言ってくれたから、教えてくれない文句は飲み込んだ。


 今はよくわからないけれど、とにかくその伯爵令嬢に会うことで、聖女の悪い噂を効果的にどうにかできそうだと言っている。


 シェーラちゃんとは、花祭りの屋台の納品以来、会えていない。

 お友達がどういう人かがわからないけれど、一緒に会いたいというのなら、会ってみようと思う。


 今の私をひとりで会わせるわけにはいかないらしく、ザイルさんも同席で会う。

 明日こちらに訪ねてきてくれるそうだ。

 シェーラちゃんとそのお友達なので、マリアさんも一緒に会おうと話した。




 それで本日の用件は終了。

 ギルド長やマルコさんのお見送りをしてから、私たちは竜人自治区の中を歩く。

 下宿ではなく、今からソランさんのパン屋予定の建物へ行く。


 ザイルさんとマリアさんは、このあと別の用事があるので、ヘッグさんと一緒だ。

「ついでに焼き立てパン、また食わしてもらおうかな」

 この言い方は、今日だけじゃなく顔を出して、パンをせしめていたようだ。


 一緒に行っていいのか、ちょっと不安になった。


前作は劇作家、今回は物語を書く伯爵令嬢。似た展開ですみません。

「何その紫式部なお友達」という台詞を思いついたら、書きたくなりました。

シェーラちゃんのお友達らしいオチはご用意しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ