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レシピ使用料は、マルコさんの意見も取り入れた上で。
通常の半分の割合で個別契約することになった。
今までよりも大きな商売になる話だ。
それなのにレシピ使用料が低過ぎる場合、私から彼らが搾取していることにもなりかねないと、ギルド長からも意見が出た。
半額なだけで大助かりだと、ドランさんからは言われた。
「あの、実は作ってみてから登録したいレシピがあるのですけど、それもそちらで扱って頂けますか?」
おずおずと、マリアさんが申告する。
説明してくれたのは、石鹸のレシピ。
「石鹸造りに必要な薬品が、どうやって作ろうかと思っていたら、シエルさんが、どうにかしてくれそうなの」
おお、シエルさん参入で、マリアさんの物作りが進みそうだ。
「あの石鹸も、手広く普及していく物なら、既存業者もだけど、障害者雇用の一環に出来ないかしら」
そのあたりは現物が出来て、レシピ登録をしてからの話になる。
「石鹸が既存業者だけとの調整になるなら、化粧水を普及させてもいいわね。あれはまったく新しい物だし」
うん。化粧水も早く欲しい。
今の季節は大丈夫だけど、冬場はお肌が突っ張ってしまう。
香油だけでは、いまいちだ。
私たちの話に、商業ギルド長やマルコさんは苦笑気味だったけれど。
ドランさんたちは、目を白黒させていた。
「異世界か。なんか、途方もねえな」
元の世界で当たり前にあった物が、こちらにはない。
マリアさんと私がそんな話をしたので。
異世界というものが少しイメージ出来た分、遠く感じたようだ。
「突然違う世界に放り込まれて、大変だったな」
私たちの話は、ドランさんからすれば、まったく違う世界、違う常識。
そんな中に私たちが放り込まれたことが、大変だっただろう。
そう労ってくれた。
それから実際にオゾさんたちが作るに当たっての、問題点を話し合う。
「さすがに冷蔵魔道具は手に入らねえな」
難しい顔になってしまわれた。
お城や竜人自治区では当たり前に使われている、冷蔵魔道具だけれど。
一般的な平民、特にスラムに住む彼らでは、魔道具は手に入りにくいという。
そこでザイルさんが、竜人自治区内で古くなった冷蔵魔道具なら、私に譲ることは出来ると提案してくれた。
「竜人自治区から無償でそちらに譲ることは、我々の立ち位置では難しい」
一部の人たちに、竜人自治区から魔道具を無償提供した場合。
理由があったとしても、それならこちらにもと、要求が来ることがある。
過去に実際、そういったトラブルがあったそうだ。
でも私個人がすることなら、何も問題はない。
個人の付き合いの範囲なのだから。
「ではそれでお願いします!」
ザイルさんと私で話がまとまり、ドランさんたちはまたも目を白黒させた。
「いいのかよ、その…聖女だからこうしろとか、今度はあんたが色々と言われるんじゃねえのか?」
本当に、ドランさんたちは真っ当だ。
そんな心配をしてくれるから、協力したくなるのだ。
「私けっこう口は立つので、ちゃんと言い返しますよ」
「まあな。その見た目で色々と一人前で、生意気なガキにも見えるけどよ」
グサッと来た。
今まで店番をそつなくやるほど、例の幼なじみから、「生意気」とか「小ずるい奴」とか言われていた。
それを思い出して、今更ながらに少し傷つく。
ちゃんと言い返したり、立ち回ることの、どこがいけないのか。
自分で自分の身をちゃんと守ったり、家族の店を守るのは当たり前だ。
そう自分でもわかっているけれど、可愛げがないという自覚もあるので、その点は今までけっこう傷ついてきた。
そんな意味でも、やっぱり奴が私を好きとかは、ないと思う。
「なんつーか、学があるって感じがする。頼もしいな」
密かに傷ついている私に、続いてそんな言葉が来た。
ああ、そっちの方でしたか。評価してくれているんだ。
それならまあ、いいけれども。
「ミナ様は、様々な方面への影響なども気配りをされ、きちんと考えて動かれる、優秀な方ですよ」
ギルド長からもそんなふうに言われる。
うん。そう言ってもらえると、頑張っている甲斐があるというものだ。
ドランさんたちの言葉選びが悪いことはわかっていたのに、ネガティブに捉えてしまった。
グレンさんがいないせいかな。少し不安定かも知れない。
個別契約の書類などは、ちゃんと持ってきてくれていたので。
この場でドランさんと個別契約を交わした。
分量や作り方のメモも商業ギルドから渡されて、手順は実演を見たオゾさんが理解している。
今日帰ってから、早速新しい保存食ビスケット作りを仲間と相談するそうだ。
ザイルさんがいないなと思っていたら、冷蔵魔道具の手配をしてくれていた。
まずは五つほど、この建物の前に運んで来てくれた。
「定期的に魔法石の交換は必要だが、ひとまず持ち帰るといい」
「ああ、ありがたい」
契約が済んで、ドランさんたちはほっとした顔だ。
「すまなかったな。あの保存食と似たレシピで、新しい美味い保存食を作った奴がいるって聞いて、押しかけてよ」
自分たちの仕事が取られる。その危機感で、必死になってしまったらしい。
そこから少し、ギルド長が事情を話してくれた。
あの保存食が生み出された当初は、栄養価が高く、きちんと日持ちのする保存食ということで、かなり広く活用された。
美味しくないというデメリットはあったけれど、体調管理が必要な騎士団などは、特に重宝した。
でも今、その当時ほど活用されず、騎士団でも代替品を使っている隊も多い。
それはスラムの者が作っていることが広く知られ、貴族たちが忌避したからだ。
美味しくない保存食として知られていたので、騎士団の中で代替品を利用する隊があることに、反発はなかった。
なるほど。セラム様は合理的だし、栄養面を重視した。
フィアーノ公爵家も、スラムだからと忌避する人たちではなさそうだ。
竜人族の人たちも、スラムだ何だとこだわることはない。
私の知る人たちが使っているから、一般的な保存食だと思っていた。
そうでもなかったようだ。
需要が減れば、事業は縮小するしかない。
ドランさんたちは既に仕事が減ってしまった経緯もあって、焦っていた。
「あの栄養価を保ち、しかも美味。それがスラム以外で扱われた場合を考えれば、彼らが危機感を持つのは仕方がないことです」
なるほどと、私たちも納得する。
その危機感で話がこじれるよりも、直接私と会わせた方がうまくいく。
ギルド長はそう考えたのだろう。
でもそこで、ギルド長は彼らに向いて厳しい顔をした。
「危機感は理解出来ます。しかしながら、ミナ様が寛大な方ではなかった場合、最初のやりとりでこじれる可能性もございました」
ギルド長に見据えられたドランさんたちが、目線を泳がせる。
「既存業者へ制作を委ねるという話が、逆に潰れた可能性があった。そこをまず、ご理解頂きたい」
最初の暴言のことかと、ちょっと遠い目になった。
確かにあれは、私でも不快ではあった。
こういうおじさんたちを知っているので、そういうものかで片付けたけれど。
「教えて頂きたい。あなたたちに、この新しい保存食の件を話したのは、商業ギルドの誰なのか」
どうやら彼らに私のことを漏らしたのは、商業ギルドの人みたいだ。
内部情報を漏らす商業ギルド職員など、あってはならないとギルド長は語る。
話しぶりから、ここに来る前に、既に彼らに問いかけていたようだ。
でも彼らは善意で話してくれたのだと、情報源を明かすことを突っぱねていた。




