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ドランさんたちの気持ちが落ち着くのを待つ間。
ギルド長とテセオスさん、マルコさんと話が出来た。
レシピ料をまるっと貰わないというのは問題だけれど、個別契約でレシピ料の大幅割引はアリらしい。
「強制があれば問題ですが、お互いが合意すれば、何も問題はございません」
私が彼らの活動に協力したいと説明すると、ギルド長は目を細めて頷いてくれた。
「あの木の実は本来、貧しい生活をする方々が主に食べるものです」
それをなんとかお金にしようと努力して、保存食を作り出した人がいた。
それまでの保存食は、お腹は膨れるけど栄養価はあまりないものだったらしい。
ドランさんはその保存食作りの事業を引き継いで、先代からの理念を貫いている。
貧しいスラムの人が食べる食材で、お金になる物を。
ひとりでも多くの人が助かるように。
なるほどと、納得した。
あの木の実は、異世界のスーパーフードだ。
あれだけで色んな栄養素が補える。
加熱しても栄養素が壊れないみたいで、ロースト後もビタミンなどが豊富だ。
あれさえ食べれば生きられるんじゃないかというくらいに、すごい食材だ。
ただ、まずい。
煮ても焼いても噛みにくい食感。
特に際立った味というものはないけれど、漠然と美味しくない。
砕いてビスケットに入れた従来の保存食では、あのまずさが目立っていた。
なので私は粉にして、ミルクやバターの風味を際立たせて、あのまずさを隠すビスケットにした。
ギルド長にそんな説明をする私の言葉を、彼らは聞いていたようだ。
「なるほど。色々考えて、美味しくなったんだなあ」
オゾさんが感心してくれた。
「私が考えたと言うよりも、異世界の知識というだけです」
へろっと私が言ってしまったことで、ギルド長が目を剥いた。
「ミナ様、あの、それは」
「大丈夫です。この方たち、大丈夫な方々です」
魔力感知で、三人とも悪意はまったく感じられない。
魔法が使えないと言うけれど、魔力は感じる。
口が悪くても、障害者雇用に真剣に向き合うだけあって、心地良い魔力だ。
ようやく落ち着いてきたドランさんが、困惑した顔を向けてきた。
「異世界って、まるで聖女みたいだな」
おっと、聖女の話って、どこまで広まっているのかな?
「私が聖女です」
気負いなく言ったら、今度はドランさんが目を剥いた。
「嘘だろ。この見た目で魔性の聖女とか!」
何その魔性の聖女って。
「え、私がセクシー路線な美女だなんて噂が流れてるんですか?」
驚いて口にした言葉に、皆様の微妙な視線が突き刺さる。
このところ、グレンさんに甘やかされ過ぎていたようだ。
あんなカッコイイ人に可愛いと愛情を注がれて、浮かれていたようだ。
調子に乗った言葉に、微妙な視線がいたたまれない。
グレンさんがいないと、なんだか味方がいない気がする。
「ミナちゃんはセクシー系じゃなく、可愛い系よ」
あ、天使がいた。マリアさん、天使!
「それに魔性のって、褒めてるんじゃなくて、悪意のある噂じゃないかしら」
ギルド長が、言いにくそうに話してくれた。
聖女の噂はとんでもなく広げられ、男性にだらしない、とんでもない聖女像が出来上がっているそうだ。
男漁りの聖女とか、魔性の聖女とか、言われているらしい。
「そんなセクシー系なことが、この私に出来ると思われているとは」
私が言うと、この場の全員に頷かれた。
「この場で話しただけだが、あんたがあの噂と同一人物なはずがねえな」
しみじみと言われたけれど、ちょっと引っかかる。
自分で言ったものの、私にだってちょっとくらいは、色気らしきものもあるのではないでしょうか。
うん。ないってわかってるけどね。中学生に戻ったしね。
あと噂については、かなり濁した言い方をしてくれていることが窺える。
ギルド長はソフトに要約してくれたみたいだけど。
本当にどんな噂になっているのやら。
「私は彼女を、お菓子の聖女様とお呼びしておりますよ」
ギルド長がドランさんたちに話す。
私が異世界のお菓子レシピを広めたがっていること、菓子職人であること。
「商売っ気もおありではない。職人気質の方ですね」
「あ、生活していくための収入は、ちゃんと考えたいと思ってますけどね」
「それは瘴気を浄化すればいいんじゃねえのかよ」
「聖水の収入って、なんだか悪い気がするんですよ。人の安全のための物が、とても高額で売買されるって」
終わった話ではあるけれど、あの聖水の預かり証を現金化するのに、まだためらいはあるんだよね。
そんな話をしたら、商業ギルドの人たちと、ドランさんたちが顔を見合わせた。
「噂と大違いの、無欲なもんだな」
「なんだか善良過ぎると、ハラハラしますね」
「竜人自治区に囲われていて、正解だな」
口々に言われた。
噂の話は、あまり詳細を聞けなかった。
そしてふと、マリアさんから質問が来た。
「ミナちゃんって、グレンさんが初めてお付き合いした人?」
私は素直に頷いた。
「そうですね。男性とお付き合いとか、したことなかったです。友達も女友達ばかりだったし」
周囲の男性といえば、父と職人さんたちと、お客さんと。
「男友達は幼なじみがいたけど、なんだかウザ絡みしてくるようになって」
こっちが忙しいときに、あれに付き合え、これに付き合えと。
しつこかったので追いやっていた時期がある。
その話をすると、マリアさんが状況を知りたがったので、説明した。
「例えば新商品の家族コンペをすることになって、アイデアを必死に練ってたときに、校舎裏に呼び出してきて」
うちは和菓子屋で、和菓子の知識や技術は幼い頃から少しずつ身につけていた。
高校生の頃には、新商品のアイデアを出して、採用してくれることもあった。
季節の変わり目には、家族でアイデアを出し合うコンペもしていた。
そのアイデアをノートに書き込んでいるときに、しつこく言われてウザかった。
「いいだろ付き合えよとかって、こっちは全然良くない、忙しいって追い払ったのに、また来て」
「ミナちゃん、その付き合って欲しいっていうのは」
男女のお付き合いのことだったんじゃないか、と言われた。
ええ、そうかな。だって小さいときにチビ猿とか散々言われた相手だよ。
うんと子供の頃は、身軽に高い場所など平気で登っていた。
そのせいか彼からは、「おいチビ猿」とよく呼ばれていた。
そこから恋愛対象になるとか、ありえないと思う。
「子供の頃の男の子って、そういうことを言うものよ」
「お母さんもそう言ってたけど、普通に悪口でしたよ」
私がむくれると、マリアさんが苦笑する。
「まあ、あちらで既にお付き合いしている人がいたら、グレンさんと拗れた可能性もあったから、結果的には良かったわね」
よくわからない結論を言われた。
「少女マンガの鈍感系主人公は、マンガだからこそモテるのよね」
マリアさんは、少し口を尖らせて言う。
「現実だと草食系日本人男子相手に、ロマンスが生まれることはないわ。おひとり様街道まっしぐらになると思うの。うちの娘もそうだったけど」
まるで私が鈍感系みたいに言うけれども。
そしてあのままだったら、おひとり様まっしぐらだったみたいに言うけれども。
「グレンさんと出会えて良かったわね、ミナちゃん」
それには同意するけれども、納得いかない!




