07 この国を出よう
女子にとってトイレは重要だ。
特に異世界。もし壺とかにしろと言われたらどうしよう。
そう怯えていたが、意外と水洗トイレだった。助かった!
「水洗! ちゃんと文明的なトイレ!」
感激していると、シエルさんに呆れられた。
「何を想像してたんだ」
「だって異世界ですよ。文明の程度がわからないんですよ。壺とかだったら、どうしようかと思ってました」
「壺…」
ぼそりとマリアさんが呟いた。
「それで、これはどうやって使うのですか?」
訊けば、ザイルさんが説明してくれた。
壁に設置された石に触れば、水が出るらしい。
魔法石というから、ファンタジーだ。
全員がトイレを済ませる間、シエルさんとマリアさんにはこっそり、亜空間収納のやり方をレクチャーした。
大きなスーツケースを転がしたままは、移動がしにくいので。
「待って。ミナさんは、異世界言語以外のスキルはなかったでしょう」
マリアさんの言葉に、てへっと笑ってみせる。
「異世界言語の横にヤバいのがついていたので、あれ以降の全部を非表示にするしかなかったんですよね」
「…非表示」
私が早々とステータスの改ざんをしていたことに、マリアさんが混乱された。
「だって誘拐犯たちに、素直に自分の能力をさらけ出すとか、マズイでしょう」
「あの鑑定石を使わないで、ステータスが見えるの?」
「ステータスチェックって念じれば、見えましたよ」
混乱しながらも、私のつたない説明で二人は魔力の扱いに挑戦してくれた。
けれどすぐに魔力を感じることは出来ず、ひとまず私が荷物を預かることにした。
ザイルさんからの視線が、生ぬるかった。
馬車への道々に、こちらの文明度合いを聞けば、魔道具はかなり普及しているそうだ。ただし富裕層に。
上下水は国による。
今から行くサフィア国でも、田舎やスラム街は、いわゆるポットン便所のようだ。
うん、まあ、かなり田舎とかそうだよね。わかる。
ただ異世界なだけに、下水から紛れたスライムとかがトイレから出てきたら、怖いなとは思う。
魔獣の大発生がどうのと言っていたし、スライムとか存在しそうだよね。
そういうのも、これから勉強しないといけないな。
考えながら歩いていたら、段差で躓きそうになった。
すぐにグレンさんが支えてくれた。
無口だが、支えてくれた動作、立たせてくれた動作は丁寧で優しい。
「ありがとうございます」
にっこりと礼を言えば、優しい目を向けられた。
うん、いい人っぽい!
顔が怖いと思う人もいるかもだが、私的には好みだ。
鋭い顔立ちのイケメン、いい!
馬車の傍には、他の護衛の人たちが待っていた。
合流したのは10人ほど。そこで最終チェックを行った。
街に寄らずに済むだけの食料はあるかとか、水があるかとか。
馬車には6人が乗れる。あとは騎乗だ。
私たち3人とセラムさん、ザイルさん、グレンさんが馬車に乗ることになった。
ザイルさんとグレンさんは、セラムさんの側近らしい。
おっちゃん護衛のケントさんは、護衛のまとめ役の人らしい。
セラムさんが「王都では手出しはされないはずだ」と言い、この場で食事をとることになった。
ケントさんが指示をして、ボソボソした保存食が配られた。
まあそうだよね。
ここで食事提供なんてしてもらったら、何盛られるかわかったもんじゃないしね。
噛みにくい保存食を噛みしめながら、提案した。
もちろん防音結界を張ってからだ。
「王都を出たら全力疾走とかして、追っ手や待ち構えている人をどうにか出来そうですかね?」
セラムさんが微妙な顔をした。
「出来なくはないが騎獣が疲れるから、すぐに休憩が必要になる。かえって機動力が落ちる」
そう。馬車と表現しているが、私たちの知る馬ではない。
馬車につながれているのは、馬っぽいけど巨大な山羊っぽい、異世界の馬。
あと護衛の人たちが乗る馬は、鹿をゴツくしたみたいなのとか、別の種類もいる。
「回復魔法が使えたら、どうですか?」
「夢のような話だな。使えたら確かに、奴らの裏をかけるが」
「じゃあ、それで」
にっと笑えば、なぜかザイルさんが笑った。
ザイルさんは何となく、私の中で『知将』と呼びたくなっている。雰囲気が。
その知将はどこまで予想しているのかなと、思っていれば。
「やはり君は聖女だな」
すぱっと言い当てられた。
「誓約のスキルを使っていたようだから、そんな気はしたが」
「誓約だと!」
セラムさんが大声を上げてから、周囲を見渡して慌てて声を潜める。
「高位の聖職者が使うスキルだろう」
おおう、レアスキルだったか。
「他にも結界魔法を使っていたな。今の結界も君だろう?」
ニヤニヤしながら、次々に言い当ててくる。
「防音効果の結界か。素晴らしいな」
「あれ、傍目にわかるものなんですか?」
「恐らく私以外は気づいていないだろうな」
その言葉にほっとした。
バレバレだったら、追っ手に気合いが入ってしまう。
「ずいぶんと大胆なステータスの改ざんを、していたんだな」
ニヤリとザイルさんに笑われ、へらっと笑い返した。
「あの頭の悪そうな発言で時間稼ぎをして、彼に改ざん方法を教えたか」
シエルさんを示されて、すべてを見透かされていたことが、何となくバツが悪くてそっぽを向く。
「見てたんですか?」
「我々以外は気づいていないだろう。今のこの結界もな」
我々、というとザイルさんだけではないらしい。
グレンさんやケントさんもかな?
セラムさんは、気がついていなかったみたいだけど。
「まったく、その見かけで食えない奴だな」
シエルさんが嫌そうに言う。
助けてあげたのにと、口をとがらせる。
「誘拐犯に食い物にされたくないですからね。あの王様たち、最初から信用の出来ないタイプだったし」
「ふふん、まあ助かったのは確かだ。礼を言う」
シエルさん、えらそう。
でも大人の男の人が、二十歳そこそこの女に指図をされたのだ。苛ついて当然だったかと思っていると。
「侮られて不満でも、損して得取れ、名より実、だったか。確かにあんな馬鹿どもに、正面からケンカを売るのは愚かだった。君みたいな若い娘に諭された自分が恥ずかしいよ」
どうやら自分への苛立ちだったらしい。わかりにくいな。
「正論も必要だったと思いますよ。あれは役割分担だったんです」
隣にいたマリアさんが、あらあらと頬を押さえる。
「私はあのとき、おバカな子が、おバカなことを言い出したと思っていたわ」
「そう思ってもらえたなら、狙い通りです!」
イエーイと拳を振り上げれば、シエルさんが溜め息を吐いた。
「そのおバカ口調から、一転した事務口調でステータス改ざん方法をスラスラと言われて、反応するなと無茶振りをされたわけだが」
えええ、それが不満だったの?
本当にわかりにくいね、シエルさん。
「むしろあの短時間で必要なことを言い切った私は、偉いと思ってますよ」
「無茶振りに応えて反応しなかった私も、偉いと思うぞ」
なぜか二人で睨み合い。
「シエルさん、賢者のくせに真っ正直だったから、ハラハラしましたよ」
ちくっと言ってやれば、嫌そうな顔をして、そっぽを向かれた。イヒヒ。
そんな私たちに、マリアさんが目を丸くしている。
「君は、召喚された直後で混乱しながらも、スキルや魔法をこっそり試して、いつでも動ける準備をしていたな」
ザイルさんは本当に最初の頃から私の行動を見ていたようだ。ちょっと気まずい。
「頭もいいし度胸もある。気に入った」
にいっと笑われた。
まあ、悪印象じゃないから、いいけど。
気に入られてどうなるのかは、予想がつかないので微妙だ。
「それでは先ほどの計画で実行だな。君が回復魔法を使えるから、騎獣に全力疾走させることは可能だ。その機動力で裏をかく」
ザイルさんの言葉に頷いた。
なるほどと、セラムさんがつぶやく。
「あと、範囲回復がもし出来れば、走りながら回復できるかも」
「範囲回復?」
「ゲームとかラノベのイメージで、魔法がカスタマイズ出来るみたいなので。範囲指定で回復魔法をするエリアヒールとか、使用できるかなって」
ほう、とザイルさんが面白そうに応じた。
「出来るかは、わからないか」
「やってみないとわかりません。魔力をかなり使いそうだから、ぶっつけですね。ダメなら一旦停止で、それぞれに回復魔法ですね」
なるほどと頷く知将。
「試してみる価値はあるな。どうですか、セラム様。それなら国境方向へ走ったあと、道をそれてバーデンに向かう手もある」
「遠くはなるが、裏はかけるな」
セラムさんが頷いた。
「ひとまず、それでいこう」
そんなふうに話がまとまって、食事を終えて馬車へ。
乗り込む直前、ケントさんに「頼むぞ嬢ちゃん」と肩を叩かれた。