69 保存食ビスケット
商業ギルド長と会う場所は、竜人自治区の門近くの建物だ。
外部からのお客様と会うための建物だと聞いている。
マリアさんと一緒にそこへ行くと、ザイルさんとヘッグさんがいた。
「ミナ、おはよう。調子はどうだ」
「魔力が倍以上増えて、三十万近くになりました」
報告すると、ザイルさんが固まった。
固まったということは、予想外だったということだろう。
歴代聖女の魔力がそこまで多かったわけでは、なさそうだ。
「あと精霊魔法とか召喚とか、スキルが増えました。それと聖女の称号が表示されて、聖魔法の必要魔力が半減するそうです」
ザイルさんがフリーズしっぱなしだ。
ヘッグさんがこっそり笑っているのは、私に対してか、ザイルさんに対してか。
「その…これまでの聖女が、どうだったか聞こうと思ったんですけど、違う…みたいですね」
「いや…」
ザイルさんがフリーズをといて、ひと言だけ言って。
言葉を選ぶように考え込んだ。
「そうだな。まず聖女の魔力値は、わからない」
魔力値をはかる魔道具はあるものの、通常は人に使わない。
人の魔力値は使える魔法の威力や回数で、おおよそを計算する。
そして鑑定は、人のステータスがすべて見えるわけではないと説明された。
そもそも鑑定とは、物の判別や状態の確認をするスキル。
なので数値やスキルは見えず、称号や状態が見えるそうだ。
例えば今の私をザイルさんが鑑定すると。
料理人で聖女、異世界人、竜人族の番、健康体と出る。
魔力値やスキルなどのステータスは見えない。
ちなみに自分のステータスチェックも、一般的には出来ない。
ただ「こういった特殊能力が使える気がする」という自己申告の上で、集中して詳細鑑定をすると、スキルについて調べられることもあるそうだ。
普通に相手のスキルすべてが見えるわけではないらしい。
一方で、私たち異世界人の鑑定は、人の魔力値まで見えた。
召喚の場で、王様とその周囲の人を鑑定したら、最高で二千ほどの魔力だったのを覚えている。
あの場は緊急だったのでステータスを勝手に鑑定したけれど。
あれ以降は失礼かなと思って、人の鑑定はしていない。
人や物の鑑定以外に、魔法が使われたとき、その魔法を鑑定することが出来る。
なので私が結界を張ったり誓約スキルを使ったとき、何をしているかは見えた。
そこから私が聖女だと当たりをつけることは、ザイルさんにも出来た。
召喚の場で使われた鑑定石という魔道具は、特殊なものらしい。
能力を数値化したり、スキルを表示できる鑑定魔道具は、とても珍しいという。
ザイルさんも、あまり見かけたことがない魔道具だと言った。
あれで表示された、マリアさんたち異世界人のスキルは覚えているそうだ。
つまり私やシエルさんが非表示にしたスキルは、ザイルさんも知らない。
あとステータスを変更するという意識はないので、あのとき表示された私やシエルさんの職業欄が、変更されていたとは、普通の感覚では思わない。
ザイルさんは先に聖女ではないかと当たりをつけたので、職業欄などステータスの改ざんに気がついた。
鑑定は、弾くことも出来るとザイルさんは言う。
ザイルさんが私を鑑定した瞬間に、私は違和感を感じていた。
相手がザイルさんだから、そのまま鑑定してもらったけれど。
その違和感で咄嗟に弾けば、鑑定はされないようだ。
魔力に敏感であれば気がつくものの、魔力が感知できなければ鑑定に気がつかず、弾くことは出来ない。
あと鑑定など人のスキルを弾けるかどうかは、魔力量の差によるという。
結界を破壊しようとした、魔法無効化スキルの人のときも、そんな話を聞いた。
歴代聖女のスキルは、やってみたら出来たというものが多く、ステータスがきっちり判明していたわけではないそうだ。
代々の聖女は、鑑定スキルを持っていなかった。
ただ『状態判定』という、治癒のための鑑定みたいなスキルはあった。
なので鑑定を始め、私のスキルのいくつかは聖女由来ではなく、異世界から召喚された者ならではのスキルだろうと言われた。
召喚された全員が魔力値も高かったので、魔力値も異世界召喚補正が入っている可能性があるそうだ。
どういう条件の補正かは、わからないけれど。
たぶん、召喚された全員にあった異世界言語と鑑定、亜空間収納が、召喚された者に与えられる特殊なスキルなのだろう。
恐らくは召喚の魔方陣に、意思疎通が出来るように、異世界人が状況の把握が出来るようにという条件付けがなされ。
それにより、その能力がついたのではないかという話になった。
そのあたりは、召喚の魔方陣そのものを解析しないと、はっきり言えないという。
能力の話はそこで一段落して、ザイルさんからは納品書を渡された。
保存食ビスケットは、グレンさんとザイルさん立ち合いで納品してくれたそうだ。
お手数をおかけいたしました。
「番の儀の翌朝だから、君が起きることが出来ないと伝えると、残念がられたよ」
セラム様の護衛さんたちは、昨夜のフルーツタルトも、今回の保存食ビスケットも、とても喜んでくれたようだ。
「オレたち竜人族も、ダンジョンへ行くときはあの保存食だったから、これからは改善されると思うと、嬉しいな」
ヘッグさんがご機嫌な声で言う。
そういえば、以前言っていたね。保存食がおいしくなるのかと期待されていた。
そんな話をしていると、商業ギルド長とテセオスさん、ケネスさん、マルコさんが来られた。
四人だけだと思っていたけれど、他に四人の男性が来ていた。
ひとりは商業ギルドの人で、三人は保存食業者の人たち。
「申し訳ございませんな。どうしてもと、言われまして」
商業ギルド長に謝罪されたけれど、どうしても会わせてはいけない人は、来させないようにしてくれるだろう。
魔力も嫌な感じはしないし、大丈夫な相手だと思う。
そう思っていたけれど。
「なんだ、ちんちくりんの子供じゃないか」
暴言が来た。
久しぶりな気がする。
このところグレンさんに甘やかされ、可愛い可愛いと言われ慣れていた。
ちょっと調子に乗っていたかも知れない。
実はこちら基準だと、私は可愛いのかもなんて、思い始めていた。
錯覚だった。レティが正統派に可愛いみたいだから、あちらとこちら、基準は似たようなものだろう。
「可愛らしい人に可愛いと言えない、可哀想な人なのですよ」
商業ギルド長がフォローしてくれた言葉では、私は可愛いと認識されているみたいな言い方だ。
うん。お世辞でもやっぱり、そう言われると悪い気はしない。
こういう好感度の高い言葉での交流は、大事だよね。
嘘にならない範囲で褒める、社会の潤滑油。これ大事。
いちばん押し出しの強い、暴言を吐いた厳つい人が、ドランさん。
細身の人がメケルさん、堅太りの人がオゾさんと紹介された。
この三人が、保存食業者の方々らしい。
保存食ビスケットについて、なぜか耳に入ってしまったそうで。
ギルドに駆け込んで来たので、新レシピ登録者は既存業者にレシピ提供予定だと、テセオスさんが説明したところ。
その話し合いに参加させろと言ってきたそうだ。
「作って見せてもらって、食ってみねえとわかんねえな」
鼻息荒く、ドランさんが言う。
ギルド長を見ると、頷かれた。
こんなふうに言っているけど、目の前で実演しても大丈夫な人みたいだ。
ギルド長が、トラブルになる人をわざわざ同行させるはずはない。
マルコさんが隅で小さくなっているのが申し訳ない。
私のアドバイザー的立ち位置で来てもらったけれど、ここは商業ギルド長主導で、この人たちと対応するのが先だ。
よし、それなら実演してやろうじゃないかと、私も頷いて見せた。




