68 番の儀のあと
翌朝ベッドの中で目が覚めて。
なんだかしばらく、ぼうっとしてしまった。
頭も体も、どこかふわふわしている。
何かが噛み合わないけれど、そういうものだという気もする、そんな変な感じ。
しばらくして、グレンさんはどこだろうと思った。
なんとなく、あちらだという方角を感じる。
そして遠いなと思う。
はたと、何だコレと思った。
どうしてグレンさんのいるらしき場所がわかるんだろう。
そういえば竜人族は、番の魔力を感じるという話は聞いたけれど。
え、この感覚、ずっとグレンさんも感じてたの?
人間GPS的なこれは、竜人族には当たり前なのだろうか。
これはそのうち、慣れるものなの?
いや、そもそもこれが番の魔力を感じるというものなら、居場所がすべて筒抜けで、番に内緒の行動は出来ないということか。
する予定もないけれど、出来ないのはちょっとどうかと思う。
番になったらプライバシーゼロなの?
混乱しながらベッドに腰掛けて髪をとかし、クローゼットから服を選んで着る。
ソファーがある方の部屋に出たら、窓の外がとても明るかった。
朝の日差しではない、真っ昼間の明るさだ。
「え、何時?」
窓から頭上を見ると、太陽はほぼ真上。
こちらでも朝に日が昇り、真昼に太陽が頭上にあり、夕刻に沈む。
だから今はお昼頃。
「え、なんで?」
普通に目覚めたつもりだったのに、えらい寝坊をしたものだ。
ガイさんとヘッグさんのパン提供は、今日が四日目。
今朝のパンについて事前に話せていなかったし、手伝いも出来ていない。
慌てて居間に駆け込んだら、マリアさんがいた。
「あら、おはよう。気分はどう?」
そう聞かれて、ちょっと止まって瞬きをする。
「気分、ですか?」
「番の儀のあとは、人族の女性は魔力や体の変化が馴染むまで、深く眠ってしまうものなのですって」
なるほどと、頷いた。私の寝坊は理由があったのか。
個人差があり、夜に番の儀をすれば、朝普通に目覚める人も、少し寝坊をする人もいるそうだ。
私は普通の時間より早く寝た気がするのに、ずいぶんな寝坊だった。
だから寝室で、ベッドの上で番の儀をしたのかと、今になって理解した。
「ティアニアさんのときは、特に異変というわけではなかったけれど、魔力が増えて戸惑ったそうよ」
なるほど魔力が。
頷いて、念のためにステータスをチェックしてみて。
「え、マジですか」
思わず低い呟きが出た。
マリアさんが首を傾げる。
「魔力が倍になってます」
「そうなのね。元はどのくらいだったの?」
「十万ちょっと」
あ、マリアさんが笑顔のまま固まった。
確か人族は数千、魔力の高いエルフなんかが数万と聞いた。
私の十万ってどうなのって思っていたけれど。
十万ちょっとと大雑把に言ったが、実は召喚直後から十三万近くあった。
他の人と桁が違いすぎるので、十万超という大雑把な認識になっていた。
召喚された皆は、マリアさんは六千ほど、他の人たちが七千か八千ほど。
いちばん多いシエルさんが一万五千ほど。
私はそんなシエルさんの十倍近く。どういうことだ。
それでもあの大規模瘴気溜りの浄化は、魔力が尽きる恐れがあった。
なのでセラム様の魔力量を増やして欲しいという要望に、頷いた。
昼間に水魔法や風魔法を使い、聖女スキルでパン種を増やしてみたり、夜に聖水を作ったりして。
番の儀の直前は十四万近くになり、今、三十万近い魔力値になった。
歴代の聖女は、魔力がこんなにバカ高かったのだろうか。
あと、私と魔力や寿命を分け合ったグレンさんは、どうなっているのだろうか。
「あ」
さらにステータスを見ていて、気づいた。
今まで称号欄なんてなかったけれど、『称号:聖女』と出ている。
ヘルプで詳細を確認すると、『聖女として覚醒した存在』とあった。
さらに称号の効果として、聖魔法の必要魔力半減とある。
魔力が増えたのに、さらに必要魔力が半減とか、意味がわからない。
それとスキルが増えていた。
精霊魔法とあるけれど、これってエルフが使うものじゃないのかな。
召喚魔法というのも増えている。これも精霊を召喚するみたいだ。
もしかして『異世界言語 ※知能ある全種族』って、これと関係する?
聖女が覚醒したら増える能力だから、異世界言語に他の人と違う表記があったとかは、考えられるよね。
ザイルさんに聞けば、わかるだろうか。
「まずは朝ごはん兼お昼ご飯、食べなさいね」
考え込む私をよそに、マリアさんはテーブルに色々と並べてくれた。
パンピザみたいなもの、スープ、炒め物。
言われてみれば、お腹はかなり減っている。ありがたい。
「朝のパン、ピザを作るつもりだと言っていたでしょう。いつものパンを平たくして、具を乗せて焼いたの」
おいしいわよと勧めてくれる。
私が不在でも、ソランさん主導でどうにかしてくれたらしい。
さすがソランさん、順調にパン職人の道を歩んでおられる。
お礼を言って食べると、記憶のピザとは違うものの、美味しかった。
パンピザとスープが朝ごはんで、亜空間に入れておいてくれたらしい。
炒め物はマリアさんのお昼ご飯のお裾分けだそうだ。
おいしく朝食を頂いて、ほっと一息。
そこではっと思い出した。
「ギルド長との約束!」
「大丈夫よ。午後の約束だったでしょう。まだ時間はあるわ」
そうして私を洗面所に促してくれた。
考えれば、顔も洗っていなかった。私の女子力が行方不明だ。
洗面所にはシエルさんの鏡がついていて、顔を洗ったついでに寝癖も直す。
きちんと鏡で姿を整えたあと、グレンさんの髪飾りを今日は自分でつけてみた。
うん。似合っているかはともかく、可愛い髪飾りだ。
輝きがゴージャスだけど、デザインが可愛い。
グレンさんの注文か、細工師さんの意向なのかはわからないけれど。
髪飾りの石からもグレンさんの魔力を感じて、ちょっとテンションが上がった。




