66 (ザイル)
グレンの番の儀が気になっていたせいか、早朝に目が覚めた。
眠るティアニアやテオを起こさないようにしつつ、そっと部屋を出る。
居間に行くと、グレンが朝食を食べていた。
腕の中にはミナがいる。
ミナの魔力は、無事に竜人族の番になっている。
どうやら番の儀はつつがなく終わったようだ。
番への変化は、女性が竜人族になるため、女性側の負担が大きい。
魔力や体の変化のため、深い眠りに落ちる。
番の竜人との魔力差など、何か変化が大きいほど、女性は長時間眠る。
ミナは元の魔力が高いものの、聖女としての覚醒だ。時間がかかるだろう。
「おはよう、グレン。おめでとう」
「ああ」
腕の中のミナを撫でながら食べている、グレンの手元に首を傾げた。
グレンが自分で作る大雑把料理とは違う、見慣れない料理だ。
大切そうに噛みしめているところを見ると、ミナが作ったものだろうか。
番の儀の翌朝、早い時間。まだ目覚める状態ではないと思うのだが。
「その朝食はどうした」
「ミナが昨夜、用意してくれていた。起きたらテーブルの上を見て欲しいと言っていた」
ほわりと口元を緩めるグレンは、幸せそうな顔だ。
なるほど。彼女は色々と気を回す。
旅立つグレンのために、精一杯の気遣いということだろう。
考えすぎる彼女と、大胆にまっすぐ進むグレン。
どんな相性かと思っていたが、彼女はグレンを信頼している。
グレンも彼女の気遣いを素直に受け止めている。
竜人族の番は、真逆の性格でも不思議にしっくり来るものだ。
別方向の考え方をしていても、番になれば意外と相性が良い。
グレンとミナも、あるべき形に落ち着いてくれたなら、何よりだ。
「ミナの部屋でそのまま食べたかったが、ザイルと話すことがあったので、こちらで待っていた」
私が早朝に顔を出しそうだと、思っていたようだ。
なので朝食を手に、ミナのことも抱えて、この居間に来た。
ミナはそのまま寝室に寝かせていてもいいだろうと思うが。
まあ、離れたくないというのはわかる。
番の儀を終えて、互いの魔力が体を巡った今は、特に離れがたいだろう。
グレンを行かせることに申し訳なさが募りはするが。
それでも今、セラム様への助力が必要だとは、グレンも理解している。
あの場で出た話以上に、聖女については酷い話が広められている。
その一部をミナが自ら口にしたため、いずれ彼女も知ることになるだろうと、国王夫妻やあの場にいた者は、気持ちが重くなったものだ。
あれらを払拭するには、聖水による浄化の実績が何よりだ。
セラム様が二ヶ所の浄化に出向くのも、万にひとつでも騎士団に手が回され、妨害された場合を考えてだ。
他が駄目でも、二ヶ所の浄化実績は作れる。
そしてグレンの助力があれば、早期の浄化が確実だと考えての要請だ。
番のためだからこそ、離れがたくてもグレンは行かなければならない。
まあ、今は、膝で眠る番を撫でながら、番の作った朝食を食べている。
竜人族の男にすれば、それはそれで至福と言えるだろう。
そんなことを考えていると、グレンが口を開いた。
「先代竜王は、勇者に殺された」
前置きもなくいきなり、とんでもない発言が来た。
「勇者の能力は、竜人の硬化を貫き、治らない傷を作る。聖女の魔力に惹かれて現れた状況も合わせると、聖女を奪い竜王を殺すための存在として召喚されたと考えられる」
しばらく思考が止まるが、ゆっくりと息を吐いて、その衝撃を飲み込む。
「それは、竜王として覚醒し、引き継いだ記憶で知った情報か」
「ああ。番の儀を終えてひと眠りしたら、自分の中に代々竜王の記憶があった」
竜王は世界の守護者だ。
その魂を継ぐ竜人が覚醒すると、代々竜王の記憶を引き継ぐ。
竜王という特別な存在に変化するかと思っていたが、伝えられる話では、覚醒しても元の竜人の性質に、それほどの変化はないという。
グレンも、表情や話し方、態度など、特に変化は見られない。
大胆に結論から口にするところも、グレンらしい。
竜王が世界の守護者なのは、世界の管理者たる聖女を番として守る存在だからだ。
聖女本人は、自身の役割を知ることはない。
伴侶の竜王が記憶を引き継ぎ、世界の管理者である聖女を守り、導く。
竜人族は聖女の眷属とも言える存在だ。
だから最強であり、欲にとらわれず、世界を見守る役目を果たす。
他種族に立ち入り過ぎず、世界の浄化に協力すべき。
それが竜人族に与えられた使命だ。
まあ、欲にとらわれないと言っても、生きる上での個人的な欲求はそれぞれある。
パンを食べたいと高額貨幣を出したのは、ガイやヘッグの意外な一面だった。
それでも拒絶されたら諦めただろうし、強硬手段はとらない。
あくまでも交渉の範囲で手を尽くす。
最強種族だからこそ、我々は自らを戒めている。
聖女と竜王は、歴代その役割を全うしてきた。
巡る魂が生まれ変わる際に発生する、情念の塊である瘴気を、浄化する。
そうして世界の平穏を守ることが、聖女の役割。
管理者とはいえ、神ではない。
浄化で世界の均衡を保つのが、その役割だ。
聖女の子供たちも、本人に及ばないながらもその力を持つ。
聖女が不在の期間は、子供たちがその役割を果たす。
けれどあるとき、まだ若かった竜王と聖女が、事切れた状態で発見された。
竜王が、胸から腹に複数の深い傷を負い、亡くなっていた。
そこから少し離れた場所には、聖女がきれいな姿のまま、亡くなっていた。
硬化の能力を持つ竜人が、深い傷を負わされ。
少し離れた場所で、異変がないように見える聖女が死亡。
犯人らしき者も見当たらず、何が起きたものか、まったくわからないままだった。
次の竜王が現れたとき、記憶の引き継ぎでその謎は解けるはずだったが。
一向に聖女が現れず、竜王が覚醒しない。
あれ以降の竜王の魂を持つ竜人は、なぜか自身を追い詰めるほど強くなろうとする傾向があり、無茶をして早死にをした世代もいた。
むしろ寿命を全うしたのは、ひとりだけだ。
それらもまた、最後の竜王の死に関する何かだろうと、言われていた。
そして最後の聖女がいた時代から、およそ千年。
グレンは先代竜王から数えて五人目だ。
強くなろうとする傾向は、これまでの者たちと同じだ。
ただ黒竜族の特性で、多少の無茶は、グレンの強さにつながった。
オルド爺の予言は、絶望的と言いながらも、わずかな希望を我々に与えた。
番と巡り会うのは絶望的であり、もし出会うとすれば、番の不幸でもある。
もし出会うとすればという言葉は、聖女が現れる可能性を示していた。
さらに予言はこう続く。
もし番ったなら、聖女と源を同じくする賢者と伴侶を頼れ。
彼らは聖女と竜王の安寧における、最大の助けとなる。
源というのが異世界であれば、異世界の賢者のシエルと、その伴侶になる。
シエルは独身だと言っていたが、伴侶はこちらで見つけるのだろうか。
シエルを連れ帰ることは、ティアニアに伝言魔法で知らせていた。
夕食のための知らせでもあったが。
何より賢者が城に残ったことを、心配する者も多かった。
出来れば賢者のシエルは、竜王と聖女の傍にいてくれることが望ましかった。
その彼が来る情報を、いち早く知らせたかった。
シエルは甘味にこだわりがありそうなので、そちら方面でメリットを感じれば、このままミナの傍にいてくれないだろうか。
どのような助けになるのかは、予言の内容にないので、わからないが。
彼らがやりたいことを、やりたいように。
それが恐らくは、竜王と聖女の安寧に必要だと考えている。
そして、異世界からともに来た、勇者。
ミナの話から、あの状況に勇者が関わっていたことは、わかっていた。
傑出した武の力を持つ勇者が、竜王をあの状態にした可能性も考えていた。
そこへグレンの言葉だ。
先代竜王は、勇者に殺された。
勇者のスキルは、確かに戦闘に特化していた。
見慣れないスキルも多くあった。
竜人の硬化を貫いたのは『突貫』というスキルだろうか。
治らない傷を作るスキルとは、何だ。
そういえば『不治』というスキルも、不吉な響きだったが、あれだろうか。
「先代竜王は勇者に襲われ、硬化を貫く攻撃で何度も刺され、深い傷を負った」
記録を読むように、グレンは淡々と語る。
自身の記憶ではなく、情報として知っているという状態なのだろう。
「聖女が竜王に治癒をかけたが、治らなかった。聖女はひどく焦っていた」
それでも鮮明な記憶として、引き出せるようだ。
他者の記憶を受け継ぐというのは、どのような感覚なのか。
「竜王は深い怪我で膝をつき、勇者が聖女を奪った。聖女は非力な女性だ。勇者に抗うことは出来なかった」
聖女を奪われた。
竜王の魂を持つ者たちが強さを求めるのは、それが理由だろう。
最強種族の竜人族が番を奪われるなど、他に聞いたことがない。
「竜王が最後に見た光景は、何らかのスキルを聖女が使った瞬間、勇者が消えた。そして聖女が崩れ落ちた」
グレンが痛ましげに眉を寄せる。
「番としての感覚で、聖女の魔力が尽き、命が尽きたことがわかった」
先代竜王は、そんな絶望の中で死んだ。




