表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/164

65 番の儀

新章です。第二部的な感じです。ようやく話の本題に入ります。

でもペースは変わらずゆっくり描写です。


 さて、ビスケット作りが終わり、聖水も作った。

 お互いに渡す魔力水はグレンさんと一緒に作って、交換した。


 グレンさんは魔力水を持ち運ぶ予定なので、高濃度の魔力水を密閉容器で渡した。

 薄くていいというのなら、これを薄めて活用してもらえばいい。


 私の方は、初日の水瓶にグレンさんの魔力水を作ってもらった。

 亜空間に収納しておけば、場所もとらないので。




 魔力水交換を終えると、各自で歯磨きなど寝る準備を整える。

 このあと私の部屋に、グレンさんが来る予定だ。


 少しだけ時間が出来たので、冷めても食べられる食事を作ってみた。

 グレンさんは早朝に旅立つ。

 出来れば部屋のテーブルの上に、朝食を用意しておきたい。

 ひとりで早朝出発予定の雰囲気だけど、せめて朝食を食べてから行って欲しい。


 スパイスをきかせた炒め物や、洋風の煮物。

 あと薄い生地でおかずを包んでみたりする。

 蓋の出来る容器に入れて、亜空間に入れて部屋に戻り、テーブルに置いた。

 亜空間に入れてしまって起きられなかったら、渡せないので。




 約束の頃合いが迫り、急いでパジャマ的な服に着替えた。

 元の世界から持ってきたスウェットだ。

 最近お気に入りの部屋着だったので、帰省の荷物に入れていた。


 ちょっと緊張気味で、ソファーに座って待つ。

 グレンさんも部屋着でこちらに来て、寝台で番の儀とやらをするらしい。


 どうしよう。寝台ですって。

 ちょっとアダルトな雰囲気を感じてしまう。




 そうだ、朝食にメモをつけようと、紙に簡単なメッセージを書いた。

 ただ待っているのは、色々と困る。


 紙とペンとインクは、ザイルさんからもらった。

 こちらの一般的な筆記具は、植物紙とインクをつけて書くペン。

 ボールペンや万年筆的なものはなく、いちいちインクにつける必要がある。


 お手紙を書いて、テーブルに朝食を並べ直して、メモを置いて。

 そこでノックの音がしたので、うひゃっと肩が跳ねた。




 扉を開けると、いつか見た部屋着のグレンさんがいた。

 グレンさんには以前のように、靴からスリッパに履き替えてもらう。

 履いてから、またも足元を確かめるのがちょっと面白い。


 テーブルの朝食は、あとでお知らせして翌朝見て貰えばいい。

 なので、そのまま寝室にお通しした。

 実は寝室に男の人をお招きするという事態に、頭がアワアワしている。


 以前お招きしたときは、さすがに寝室は見せていなかった。

 掃除で寝具がなかったときの様子は知っていても、寝具があるお部屋は、また印象が変わる。


 グレンさんは家具と寝具を見て、うんうんと頷いていた。

「同じ造りなのに、可愛い部屋だ」


 チェストのデザインや布団カバーの彩りなどが、私らしいと褒めてくれる。

 相変わらず無口っぽいのに、私を褒める言葉は惜しまないグレンさんに、キュンとなる。




 まずは二人ともベッドに腰掛けた。

 えええと、ここからどうすればいいんだろうか。


 と、グレンさんが立ち上がると、私の足元に跪いた。

 あれ、何コレ。


「オレの真名は、グレンバーツヴェルドだ」

 低音の美声が、複雑な発音をなさった。


 え、これ正確に私が口にしないといけないやつだよね。

 なんかハードルが高い。思ってたのと違う。

 いきなり別の試練がやってきた。噛んだらダメなやつだよね。




 竜人は、生まれたときに真名を与えられ、それは名付け親と本人のみが知る。

 伴侶を得て、初めて伴侶にのみ共有される。

 今グレンさんは、私に真名を明かした。

 竜人たちのプロポーズにあたる行動らしい。


 なるほど。

 私は今、跪かれてプロポーズをされているのか。

 うわ、改めて緊張してきた。


「ミナミ・ミナ」

 グレンさんにそう呼ばれて。

「ストップ!」

 思わずそう言ってしまったら、愕然とした顔をされた。


 あ、プロポーズを遮ったことになっちゃった?

「違います。あの、私の名前、ミナミミナじゃないの」

 グレンさんが動きを止めたまま、瞬きをした。




「あれは、咄嗟につけた名前です。こっちの世界で、名前を知られることで面倒があったらと思って」

 最初にそう思ってつけた名前のまま、ここまで来てしまった。


「では」

「小さいときの友達に、名字の一部でミナって呼ばれてたから、そのままにしてたけど。本当の名前は違うの」


 そうして彼に教えた。

 家名にあたるのがミナツキ、個人名がシホリだと。


 お店の名前は水無月庵。名字は皆月。名前は志保理。

 私の名前は、皆月志保理だ。

 小学生のとき、店の名前がミナヅキで名字がミナツキだと自己紹介をしたところ、「ミナでいいじゃん!」と言われて、そう呼ばれるようになった。


 シホリだって、普段はしーちゃんと呼ばれている。

 シオリと聞き間違えられることはよくあり、特に訂正もせず、正確に名乗ることはあまりない。

 こんなふうに名前が大事になるなんて、思ってもいなかった。




「今まで嘘ついてて、ごめんなさい。皆にも、本名を言わないままになっていて」

「言わないでくれ」

 低音の美声が、懇願の響きになる。


 顔を上げると、グレンさんはうっとりとした顔になっていた。

 イケメンのうっとり顔、ヤバイ。

 間近から向けられると凶器だ。


「オレだけが知る、番の真名だ」

 声が恍惚とした溜め息交じり。

 こっちもヤバイ。低音のイケメンボイスの恍惚な響き、ヤバイ。


「オレだけのものに、させて欲しい」

 頷く以外に選択肢はなかった。




 そうしてグレンさんは仕切り直しのように、改めて真名を名乗る。

「オレの真名はグレンバーツヴェルドだ。シホリ・ミナツキ」

 グレンさんの低音美声で呼ばれると、なんだか私の名前が特別なものに思える。

「どうか、番になって欲しい」


「はい、グレンバーツヴェルドさん。喜んで!」

 なんとか噛まずに返せた。

 発音しにくい名前だと、プロポーズに別のドキドキが入るのが困る。

 ちょっとグレンさんの名付け親に物申したい。


 プロポーズの返事がどこぞの居酒屋風になったけど、はっきりと喜んでお受けすると主張した結果だ。

 グレンさんは口元を緩めて頷いてくれたから、オッケーだ。




 ここからが番の儀の本番だ。

 正直手順がわからないので、グレンさんにお任せだ。


 互いの指を切り、傷口を合わせて、血の中の魔力を混ぜ合わす。

 その状態で互いの真名を呼ぶ。

 それが番との契りの儀式らしい。


 グレンさんは自分の指を思い切りよく切ってから、私の手にナイフを当てる。

 そのまま動かない。傷つけるのをためらっているようだ。


 私はそのナイフを取り、自分の指の皮をすぱっと行った。

 グレンさんがちょっと慌てたけど、調理関係で指の怪我は慣れている。

 特に今は治癒で治せるとわかっているので、抵抗が少ない。


 血の出た指を差し出すと、グレンさんがそこに自分の傷口をあてがった。

 そこから魔力を互いに通すというので、目を閉じて集中した。

 温かく力強いグレンさんの魔力が深い場所まで入って来る。

 安心感と心地よさに、ザワリと敏感な場所を撫でられるような、不思議な感覚。


 そう思っていると、その流れが激流に変わった。

 気持ち良さがキツいって、初めてだ。うっかりすると気絶する。

 グレンさんの胸板に縋りついて、必死に耐える。




「グレンバーツヴェルド、と」

 グレンさんの声も、熱に少し掠れている。

 少し荒い呼吸も聞こえて、私と似た感覚になっているのだろうか。


 そしてもう一度、発音しにくい名前を呼ばなければならないようだ。

 この感覚の中であの発音は、かなりの無茶振りだ。

 しかも間違えたらダメなやつ。


 緊張感に包まれながら、正確に発音しようと慎重に口を開く。

「グレンバーツヴェルド」

 ちゃんと言えて、ほっと息を吐く。

 グレンさんから微笑みとともに、また魔力が流れてくる。




 ちょっと、え。さらに段階が上がるの?

 ようやく少し大丈夫になってきた矢先に、どういうことだ。

 声も出せなくなり、ただグレンさんにしがみつく。


「シホリ・ミナツキ」

 今度はグレンさんの、私を呼ぶ声。

 大切そうに呼んでくれるけど、なんかエロい声だ。どういうことだ。


 互いの混ざり合った魔力が、私たちの中を駆け抜けていく。

 いろんなものが混ざり合う。

 事前に言われていた、たぶん寿命だとか、竜人族の性質だとか。

 体の奥深くに、甘い熱みたいな感覚が渦巻いてる感じが、色々キツい。困る。




 いつの間にか、二人で抱き合ってベッドに転がっていて。

 グレンさんの眉根を寄せた色っぽい顔が、目の前にあった。


 いかん、本当にこの顔面凶器でこの表情はいかんですよ。

 鋭い顔立ちのイケメンの、色気のある顔。事案です。

 私自身もなんだか気持ちいいのが、さらに困る。


 やがて魔力の渦がお腹の奥深くだけになって、体中の激流は収まった。

 グレンさんがほうっと息を吐き、私も息を長く吐いた。

 ちょっと、なんか、休憩させて欲しい。




 なのにグレンさんがエロい顔で、きゅうっと抱きしめてきた。

「オレの、番。可愛い、シホリ」

 低音エロボイスで感極まったように囁くのは、やめて欲しい。

 限界突破で下手をすると気絶する。


 でも私もグレンさんに抱きつき返した。

 筋肉に阻まれて、背中に手を回すとかいうより、しがみつく感じだけど。

 なんか、色々困った感じもあるけれど。

 これでグレンさんの正式な番になれたというのは、感慨深い。




 そしてこのまま官能のエロ展開へ、とはならなかった。

 中学生くらいの体だと、こちらでもアウトらしい。助かった。


 魔力が高いと成長が遅いこちらの世界では、高魔力者は二十五歳くらいでようやく、そういった年齢とみなされるそうだ。

 つまりレティがセラム様に嫁ぐのも、そのくらいの年齢になるらしい。

 セラム様、ファイト!


 私としても、この顔面凶器と低音エロボイスのコンボで迫られたら、ヤバかった。

 為す術もなく流されそうだ。

 タオルだかロープだか、セコンドに助けを求める案件だ。




 息が整ってきた頃に、私は治癒魔法でお互いの指を治した。

 私の魔法に、グレンさんがまたうっとりとした顔になる。


 さっきの、グレンさんの温かく力強い魔力に体の深くを撫でられたような感覚。

 治癒魔法でも、そういった感覚になるのだろうかと、ふと思って。


 あれ、待って。私、治癒魔法使いまくったよね。

 あの国を脱出するための強行突破な馬車の中。

 けっこう短い間隔で、エリアヒールを使いまくったよね。

 あのときグレンさん、何かを耐える顔だなって思っていたけれども。

 まさかまさか。いや待って。


「あの、魔法を使われたら、気持ちいい、ですか?」

「シホリにされる治癒という意味なら、番の魔力で気持ち良くなる」


 ダメなやつだった。

 初対面の日に、すっごいやらかしてた。

 グレンさん、ごめええええんっ!




 謝り倒した。

 グレンさんからは、あの治癒魔法で慣れたので、魔獣の血の穢れを浄化されたときは、けっこう平気だったと言われた。

 いや、それやっぱりダメなやつ。


 魔力を直接通される感覚に比べれば、指を舐める方が、まだ軽めの慣らし方だったと思う。

 ちょっとあちらの常識からは、変態っぽかったけど。


 グレンさんなりに、最大限に気遣ってくれていたのだろう。

 確かにあの慣らし行動がなければ、名前を口にする前に気絶していた。

 番の儀が出来なかった可能性を考えれば、必要だった。


 むしろ私のセクハラの方が酷かったと判明。

 本当にごめんなさい。




 広い胸板に顔を埋めて唸っていると、だんだん眠くなってきた。

 グルグル体の奥で渦巻く魔力に、眠りに引き込まれる感じだ。


 大きな体に抱き込まれて寝落ちする寸前、かろうじて思い出して言った。

「朝、テーブルの上、見て下さいね」

 ほぼ寝てる声になったけど、伝わったのだろう。


 朝起きたら、ひとりで寝ていて。

 テーブルの上には、おいしかった、ありがとうとメモが残されていた。




 改めてベッドに寝かされて、キスされたような記憶もおぼろげにあるけれど。

 まあ、夢だろう。

 ベッドで寝て、ベッドで目覚めたのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
つまり、まだ致せないのに、その前段階の儀をした。と。 ……生殺しひどぉい……。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ